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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
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031 沼馬

 晩餐会は終始和やかだった。陰湿でもなければ、相手の裏をかこうと手札を出している様子もない。少なくとも、素人目にはそう見えた。

 僕は残念だと思うと同時に、このまま何事もなく終わってしまえと強く願っていた。だって必要以上に気をはり過ぎて、晩餐会も半ばだと言うのに疲れ果てていたから。

 むしろデイビッド・オドネルが隣に座っていて、緊張しない人間がいるなら教えてほしい。


 マザーが修道院での炊き出しの規模を拡張する話や、アビゲイルがハマっている新聞の怪奇小説の話が話題にあがり、これがなかなか面白かった。僕とバグショー署長は女性陣の汲めども尽きぬパワフルなお喋りに相槌を打つのが大半で、これは当初の計画通りであった。

  

 僕達に給仕をしてくれたのは、最初に出会った二人のメイドさんだけだった。

 案内してくれたメイドさん。この子はふわふわの綿あめみたいなキャメル色の髪の毛を必死にお団子の形に纏めていたけれど、歩くたびに、纏められずにはみ出した短い前髪が揺れていた。


 手際が悪いともう一人のメイドさんに叱られている声が何度か廊下の奥から聞こえてきたが、けしてそんな事はない。歳はアビゲイルとそんなに変わらないだろう。十四か、十五あたりだと見当をつけていた。若いのにこんな時間まで働いているなんて大変だ。お疲れさまです。


 もう一人のメイドさんは、深い赤色の髪の毛をキッチリと結いあげた女性だった。成人したてのようにも思えるけれど、きつい釣り目と真一文字に結んだ口元、それとキビキビ動く様が彼女の歳をもっと上に見せていた。職業に高い誇りを持った人特有の、完璧な所作と完璧なタイミングで、彼女は淡々と飲み物や食事を提供している。僕、エルマー夫妻、バグショー署長への配膳は、殆ど彼女の担当だった。その働きぶりは出来る人材に仕事が集まる典型例だ。お疲れさまです。


 話はマーシュホース商会の歴史に変わり、その中で名前についての質問が誰かから出た。確か、マザーだった気がする。


「不思議な名前ですよね」


 僕の言葉に、エルマー氏が満足そうに頷いた。


「私の祖先はスコットランド人でね。商会を始めた時に家の近くの沼に住んでいたケルピーを捕えて馬車馬代わりに働かせたという逸話があるんですよ。だからマーシュホース商会」

「それはそれは」


 何が凄いのか分からないけれど、とりあえず驚いておいた。お酒のすすんだエルマー氏は満足そうに頷いている。反応としては間違っていなかったとホッとする。


 スコットランド、沼、馬と言われて、僕が想像するのはネス湖の怪獣ネッシーなんだけど、多分違うんだろうな。


「まあ、ケルピーを? 人を水に沈め喰らうような暴れ馬を、一体どうやって捕まえたのかしら。それにケルピーを捕獲した者は子孫代々呪われると聞きますけれど、それは本当?」


 アビゲイルが僕の心を読んだよう良い質問をしてくれた。ケルピーというのは積極的に人を呪ったり食べたりする獰猛な馬らしい。不思議な馬といえばユニコーンぐらいしか知らないので驚いた。

 肉食の草食動物の化け物かぁ。英語で言える気がしない。


 アビゲイルは怖い話が好きなんだろうな。エルマー氏に向ける目がすごくキラキラしているんだもの。

 あれは狂気に恋している時の顔だ。僕知ってる。ホラー観てるときの姉ちゃん、あんな顔してるから。

 こういう目をしている人が居る時は、素直に聞き役に徹するのが一番いい。僕は諦めた。何事も決断するのは早い方が良い。


「ハハハ! 呪いが本当ならば、私どもは今頃存在しますまい。お嬢さんはエルマー家の豪胆さを知らないのですね。馬にとっては残念なことに、私達は未だ栄えております。かつて村の人間はケルピーを手に入れようと何人も勇敢な者が挑戦しましたが、その全員が失敗し、生きたまま水の中に引きずりこまれ皮を剥がれました。数多の内臓を抜かれた死体が、沼の周りに壁を作ったそうです。しかしエルマー家は違った。神への信仰心を胸に抱き、沼のほとりに現れたその馬の首をぐいと掴むと、その巨体を引きずり倒し……」


 身振りを交え、どうやってご先祖様が化け物馬を退治したのか語るエルマー氏の話を、アビゲイルは目を輝かせて聞き入っていた。


 マザーはまったく変わらない笑顔で話を聞いている。

 バグショー署長とシスター・ナンシーは無表情のまま食べたり飲んだりしながらも、興味はあるようだ。さきほどから二人ともチラチラ視線をエルマー氏に向けている。


 キャロライン夫人だけが「またその話?」といううんざりした表情を一瞬だけ見せ、僕からの視線に気が付いて慌てて笑顔を取り繕った。


 主人の家の事とあって、たしかに話は盛り上がった。


 ここで唐突に懺悔をしたい。行儀の悪い話だが、僕は映画を見ながらご飯を食べる。ジャンルは問わないから、ゾンビ映画やホラー映画を見ながら昼食を食べるのも普通だ。晩御飯の最中に犯罪もの映画の感想に熱が入って、詳細な現場を語り、姉ちゃんに殴られた事も一度や二度ではない。


 そんな僕でも、血の腸詰が入ったパイを食べながら村人の内臓がどう食べられたのか直に討論したのは初めてだ。あの時殴ってきた姉ちゃんの気持ちが初めて分かった。


 えぐい。紳士淑女の発想が血なまぐさい。フィクションとしての殺人に慣れきっていた僕には、ワンクッション置かない表現が、必要以上に生々しく聞こえてしまう。気弱なテレビっ子としての側面が否応にも顔を覗かせていた。


「慣れてしまうと、他の人が嫌がる事を忘れてしまう」と云うけれど、そうだね。今回の案件は教訓にしたいと思う。反面教師として気づかせてくれてありがとう。


 僕は、馬なのに鱗があったり、沼地に棲んでいたり、人を食べたり、乗った人を水の中に引きずりこんだり、捕まえた人は富と繁栄を手にする代わりに子孫代々呪われ、いずれは家の血筋が途絶えたりする、悪魔みたいな馬について詳しくなった。


 別に、幽霊やお化けが出てくるホラーは嫌いじゃない。むしろ好きな部類に入る。怖いし、絶叫しながら見るのは良いストレス発散方法だ。

 犯人が人間のホラーも嫌いじゃない。グロテスクなシーンも慣れたらハンバーグ食べながら見ることができる。だって死んでいく人が、本当は死んでいないと分かっているから。


 でも、面白いと感じるかどうかと、怖いと感じるかどうかは、全くの別モノの思考だ。この画面に映っているものは全部丹念に造られた虚構フィクションという前提があるからこそ、娯楽として楽しめるし自分は死なないという安心感に浸れる。


 しかし、それが取り払われた状態ならどうだろう。例えるなら、今の僕は脱落有りの体感型お化け屋敷にいるような感覚だった。


 ケルピー怖いんですけど。外、暗いんですけど。訳ありの人を悪の総本家に集めた状態で見立て殺人が起こりそうな情報を与えてくるのは、本当に、止めて欲しいんですけど。



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