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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
36/174

030 署長

 入って来たアルバート・バグショーは、陰鬱な顔で広間をじろりと一睨みした。彼に慣れていないアビゲイル嬢は怯えを見せ、僕の腕にしがみついた。


「こんばんは」


 各々が彼に挨拶をしたが、あの精魂つきた表情を見て、あれこれとちょっかいをかける気にはなれなかった。


 彼は窓際に座り葉巻を取り出した。三つの穴が連なった特徴的なリングを指に通し真ん中の穴に葉巻の先端を差しこむと手慣れた様子で切り落とした。マッチで火をつけると、ふわふわときつい煙草の煙が室内を覆った。


「お飲み物は?」

「食前酒を」


 手慣れた様子でバグショー署長がメイドにオーダーを告げる。先程アレルギーについて疑問を持っていた彼女はわきまえた様子で退室していった。


 目を閉じ、食前酒をちびちびと舐めるバグショー署長。アビゲイルがそっと耳打ちした。


「あの人、変わってますわね」


 随分と控えめな声だった。僕はあいまいに笑った。うまく答えられる自信が無かったからだ。


「きっとお疲れなのです」とマザー・エルンコットはバグショー署長をさりげなく気遣った。


「昨晩は何やら大きな捕り物があったようですから」


 彼女の台詞に反応しそうになるのを抑え「笛の音がずっと鳴ってましたものね」と軽く同意するにとどめておいた。


「私も、高い笛の音を聞きましたわ。まぁ、それじゃあ。其の犯人達を彼はいままで尋問していたのですね!」


 アビゲイルのバグショー署長に対する好感度を上げる事に、無事成功したようだ。マザーと目配せを交わして、互いの健闘をたたえ合う。


「料理の準備が出来ましたので、皆さま食堂に」


 僕を案内してくれたメイドの女の子が、待合室と食堂を繋ぐドアを開けた。


「私達は移動に時間がかかりますので、先に行って下さいな」


 手を貸そうと立ちあがった僕を、車椅子に乗ったマザー・エルンコットがとどめた。シスターは無表情のままであったが、何回もミス・トリを見た僕には彼女が「むしろド素人が手を出すと邪魔ですので引っ込んでいて下さい」オーラを出していると感じ取った。


「先に参りましょう?」


 アビゲイルにエスコートを求められ、僕は彼女に腕を差し出した。そんな僕達をバグショー署長はチラリと見て、何も言わずにマザーの傍に膝をつく。


「本当に女性お二人で平気ですか?」

「はい」

「そうですか」 


 それ以上言わず、バグショー署長は立ち上がった。

 僕達は腕を組み、最初に食堂へ足を踏み入れた客となった。エルマー氏は熱烈な歓迎の言葉を述べ、キャロライン夫人はアビゲイルを抱き締めた。


 アビゲイルと僕の席は隣同士に配置されていた。彼女が座りやすいように椅子をひいてエスコートすれば、彼女も自然に椅子へと座る。これで、マナー教室の第一関門は突破したと言えるかな?

 まだ始まったばかりだ。ここはフルマラソンで言うと最初の給水地点に過ぎない。よし、頑張ろう。

 僕達に続いてバグショー署長が食堂に入り、彼はアビゲイルの正面の席へと案内された。


 最後に入って来たマザー・エルンコットは僕の前に座ったが、シスター・ナンシーはテーブルをぐるりと回ってアビゲイルの隣の席に案内された。バグショー署長が彼女の椅子を引こうと一瞬腰を浮かせたが、シスター・ナンシーはわれ関せずといった顔を崩さずに自分で椅子に座っている。

 アビゲイルはシスターナンシーの方を見向きもしなかったし、シスター・ナンシーの目はひたすらまっすぐテーブルの上に向けられていた。


 何故シスターはマザーの隣に座らないんだろうという疑問を抱いたのは僕だけだったようだ。全員が席に座ると主人であるエルマー氏に自然と視線が集まった。


「お待たせして申し訳ございません。しかし、待たせただけの事はありますよ。当家のシェフは一流ですから、きっとご満足いただけます」


 お誕生日席に座りながらエルマー氏が機嫌よく笑い腹を揺らした。


「貴方、お待たせすると折角の料理が冷めちゃうわ」


 エルマー氏とは逆側のお誕生日席にキャロライン夫人が座り、そう言った。エルマー氏は「おお、そうでしたな」と言い、太った体に似合わぬほど素早くグラスを手に取った。壁側で待機していた二人のメイドが素早く僕達のグラスにシャンパンを注いでいく。ここで断ると、流石に角が立つので飲んだふりをしよう。


「私共のお招きに応じて頂き、ありがとうございました。今宵が我々の友好を確かなものになればと思っております。それでは、ここはマザーにお願いできますかな?」


 主人ホストの申し出に、修道女は笑顔で頷いた。


「主よ、この食事を祝福してください」

「アーメン」


 マザー・エルンコットが感謝の祈りの言葉を口にするやいなや、すぐに料理が運ばれてきた。スープやローストビーフは美味しかったけれど、現代の食事に慣れた舌にはどれも不思議な味に思える。

 美味しいけれど、知らない材料ばかりだった。かけられた奥深い味わいの肉のソースはコールタールみたいな色で、煮詰められた豆や人参、それに滑らかな芋のピューレはクリームみたいに滑らかだった。

 最初は恐る恐る食べていたけれど、三皿目には慣れた。謎味でも、美味しいものは美味しい。


 水をメイドさんに頼んだ時、不思議な味である原因が少しだけ判明した。グラスに注がれた水は飲み慣れている軟水ではなく、どこか舌に残る味だ。硬水の話を聞いたことはあるけれども、こんなにもはっきり分かるものなのかと水を凝視する。消毒液の匂いがして、とても無味無臭とは言えない。ちょっとのおかしさでも気になるのは、現代日本の清潔さに慣れた弊害だろう。


 鼻をつまめば飲めなくもないけれど、それ以上口をつける気にならずグラスを置いてしまった。


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