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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
35/174

029 晩餐

「ヒャッフー!」

「リチャード様」

「テンション上がってきたァー!」

「とても緊張(テンション)しているようには見えませんが」


 僕達の乗った馬車がジェラルド・エルマーの邸宅、小洒落たワイリンガムハウスに到着した時には、もはやテンション爆上げな状態だった。

 真っ黒なイギリスのホワイトハウス、なんて皮肉を言うつもりはないけれど、前庭に置いてある羽の生えた青年の彫像や、前衛芸術過ぎる植木剪定(トピアリー)の群れは、持ち主の感性を疑うには十分すぎるほどの役目を果たしていた。


 馬車の御者はカイルが勤めている。よそ行きのおすまし顔を浮かべた彼女は、相変わらずサイズの合っていない服で現れ、晩餐会モードの僕を手放しで褒めてくれた。

 エルメダさんは心なしか得意気な表情になり、一方僕はもの凄く照れた。


 御者台に女性を二人、ボックス席に男一人を乗せた馬車は玄関前のロータリーで緩やかに止まる。

 主人であるジェラルド・エルマーとキャロライン・エルマーは僕達が玄関に向かうよりも先んじて扉を開けていた。二人とも子供のようにふっくらとした頬に、歓迎の笑みを浮かべている。

 二人とも、僕のよく知っている顔だった。俳優のデイビッド・オドネルと、女優マチルダ・カッシーニ。

 太っていると聞いていたから「出演ジャンルが違うから登場する可能性は低いけれど、出てきたら超嬉しいねーハッハッハ」程度に考えていた超大物俳優のキャスティングに、息をのむ。


 今夜、来て良かった。

 最高のプレゼントですはい。そんな彼らを前にして冷静になれるか!? 断言しよう、無理でした!

 独断と偏見によるデイビッド・オドネル出演作ランキングは自分用と紹介用にちゃんと分けて作ってあるくらい好きなのだ。オススメは有名ニュースキャスターが賄賂を受け取って報道をねじ曲げる社会派サスペンス「メディアバイアス」なんだけど、やはり初見の人にはとっつき易いヒューマンドラマ「魚屋と彼の花畑」を推したいよね。頑固者で怒りっぽい魚屋の老人の秘密を暴いてやろうと三人の男の子達が学校帰りに魚屋さんの家に忍び込む話なんだけど、フィンランドで撮影したかいがあって映像も音楽も素晴らしい名作にしあがってい……おや、いつから脱線したのか。まぁ、いいか。


 さあネットだ。ともかく、今すぐ、ASAP、僕にネット回線をくれ。この驚きを共有できる場をくれ!! でも、このキャスティングって、いわゆる僕の妄想かもしれないんだよね。

 ならダメか! でも素晴らしい想像力だと賞賛するよ、ありがとう僕の脳みそ! 最高のセルフサービスだ!!


 とか、そんな事を考えながら降りていた僕は、馬車の降台で足を滑らせた。


「お怪我はされませんでしたか?」

「はは、お見苦しいところをお見せしました。問題ありません。ご招待感謝いたします」


 誤魔化そうとしたが無理だった。エルメダさんを引き連れ、涼しい顔で玄関に向かった僕を心配の言葉が出迎える。

 我ながら白々しい演技だった。力を込めた頬が痙攣しなかったのは奇跡だ。表情が崩れた瞬間、僕の努力も壊れる。勝手に出てくるニヤァとかニタァとした不気味な笑いが、今にも溢れだしそうだった。


 このままではリチャードの英国社会における尊厳が、立場が、折角作って貰ったクールなキャラクター像その他諸々が、崩れ去ってしまう!

 推しのためならとギリギリ堪え、僕はジェラルド・エルマーと固い握手を交わした。

 少し力が入ってしまったのは仕方ないといえる。

 だってファンだもん。サインくださいと言わなかっただけでも褒めて欲しい。


「そっ、それではっ、ご案内しますね!」


 エルマー夫妻はメイドの女の子に僕を案内するように言い付け、彼女は僕を見上げて頬を赤くした。


 ふふふ、そうでしょう、そうでしょう。

 もっと見惚れてもいいよ。リチャード推しの仲間が増えるのは大歓迎です。演じてるの、僕だけど。


 エルメダさんの本気モードで着飾ったリチャードは、痩せているせいもあって知的な繊細さが溢れているからね。写真撮って現実の僕に送ってほしい、家宝にするから。喋ると僕なので絶対しゃべらんぞ。解釈違いです。

 

 ところで、メイドのスカートがロング丈であることにそろそろ言及させて欲しい。

 素晴らしい。彼女のスカートを凝視していたのはやましい気持ちからではなく、眼鏡が小さいので視線がついつい下を向いてしまうのだ。

 エプロンドレスも良いよね。フリルがたっぷりですごく可愛い


 僕とエルメダさんは玄関を通り抜け、すぐ右手の応接間に通された。既に到着していた来客が、僕を見て夜の挨拶を口にした。僕もシルクハットとコートをメイドさんに渡しながら、軽く会釈をしてみせる。


「私は、カイルと共に台所で待機しております」


 エルメダさんはそう言い残し、メイドの女の子に何か耳打ちをして部屋を通り過ぎて行った。可哀想に。メイドの子は真っ赤だった顔を更に赤くしている。エルメダさんは女性ですよと、一応念を送っておいた。


「リチャード様ですね。お会いできる日を、心待ちにしておりました」


 暖炉前に置かれた椅子から少女が立ち上がった。何枚も薄い布が重ねられたボリュームのあるドレス。色は常緑樹のような緑。小麦色の金髪をバレリーナみたいにまとめて、硝子かダイヤの付いた豪奢なシルバーの髪飾りを幾つもお団子につけている。同じくキラキラしたイヤリングと首飾りはセットなのか顔の周囲をぐるりと囲っていた。

 咄嗟に総額幾らだと思った僕は根っからの貧乏人。それにしたって未成年者に与えるアクセサリーとしては過剰ではないだろうか。

 初めて間近で見るアビゲイル・アシュバートンの顔は幼く愛らしかったが、唇にたっぷりと塗られたどぎつい色の紅が、色々と台無しにしていた。


探偵と犯人リチャードを繋ぐ家出少女。

 シスター・ケイトリンの旦那さんの実家、アシュバートン家のご令嬢。

 そして、僕の被害者。


「これは、アビゲイル嬢。ご機嫌麗しく」


 死ぬ気で特訓した付け焼刃英語を披露すると、彼女は花が咲くような笑顔をみせた。


「どうぞ、此方に」


 アビゲイルの向い側に座っていた人影が、ゆっくりと振り返った。

 マザー・エルンコットだ。修道女がかぶるベールの黒と白のコントラストがはっきりと見てとれた。きっちりと一部の隙なく着こまれていて、彼女の髪の色は分からない。アイスブルーの瞳の周りには深い笑い皺が何本も刻まれている。

 マザーは車輪の付いた椅子に座っていた。そして、その後ろには美しいシスターが無表情で佇んでいる。

 僕がぎくりと固まった理由が彼女の存在だと、誰もが気付いただろう。


「足を悪くしてしまいまして。彼女は付き添いです」


 申し訳なさそうにマザーが告げると直立不動のままシスターが目礼をした。魂が出かけた僕もぺこりと目だけでお辞儀を返す。


 シスターナンシー(ヒロイン)が、そこにいた。

 パニックを極めると、むしろ何も行動できないものだ。


「あら、貴女。ぼうっと立っているだけで、自己紹介もできないの?」


 黙りこくった僕とは正反対にアビゲイルが不機嫌に告げた。アビゲイルが生きている今、僕にとっては幻のツーショットなのだが、二人の相性はあまり良くなさそうだ。


「シスター・ナンシーと申します。本日はマザー・エルンコットの付き添いとして同席致します」


 機械的な口調で、僕の方に視線も向けず。シスター・ナンシーは早口にそう言った。


「リチャード・ラインと申します。今夜は美しい女性に囲まれる栄誉を頂き、エルマー殿には感謝致しております」


 恥ずかしがったら負けだとマインドコントロールの如く繰り返し、ネリーさん直伝の「みんなレディ」作戦で覚えたフレーズを口に出した。それ以外を口にしたら、百パーセントの確率で噛みそうだ。


「リチャード様は、私のそばに来てください」


 甘えた声のアビゲイルに従って僕は彼女の隣に座った。暖炉を正面にして、丸テーブルをかこむ二脚の一人用ソファは焦茶色の革張りで、少しクッションが固いように思えた。どう体重をかけても沈みこまない椅子に落胆し、諦めて浅く腰かける。 


「食前酒はどうなされますか」


 先程とは別のメイドさんがやってきて、僕に問いかけた。


「酒は結構。アレルギーなので」


 アレルギー? とメイドさんが不思議そうに首を傾げる。


「……酒が嫌いなんです」


 必死に絞り出した言葉を聞いたメイドさんは「お前正気か?」と驚きに満ちた顔を浮かべた。が、一瞬で何事もなかったかのように「失礼いたしました。では紅茶をお持ちいたしますね」と言って下がっていく。プロだ。


「アレルギーって、どういう意味ですの?」


 悪気の無いアビゲイルがそんな問いかけをしてきた時、僕は何でそんな単語使ってしまったんだろうと後悔していた。アレルギーの説明だなんて日本語でもできないよ!


「僕も医者から名前を聞いただけなので、詳しいことは。マザーはご存知ですか」


 病院を経営しているマザー・エルンコットなら説明できるかもしれない。僕の無茶ぶりに、マザーは微笑みを崩さないまま「ええ」と応えてくれた。


「免疫の機能が――」

「そんな事より、最後の人はまだかしら」


 マザーの答えをアビゲイルがわざとらしく遮り、そこでようやく気がついた。彼女はアレルギーに興味があったわけじゃなくて、ただ僕の気をひきたかっただけなんだ。

 会話を広げようとした試みは失敗だった。まあ、素人なので仕方ないと自分に納得させる。結果アビゲイルにもマザーにも申し訳ないことをしてしまったけれど、許してほしい。


 窓の外に視線を向けたアビゲイルの隙をついて、僕はこっそりマザー・エルンコットに耳打ちをする。


「気を悪くされたら、すみません」

「お若い人。そんなに簡単に謝ってしまったら、この先乗り切れませんよ」


 小声でそう応えてくれたマザーは、助言めいた言葉と共に悪戯っぽく僕に笑いかけた。良かった。お婆ちゃんが、良い人で。


「あら、ようやく来たわ」


 アビゲイルの言葉通り、最後の客の来訪を告げる呼鈴がけたたましく鳴り響いた。



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