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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
34/174

028 準備

 げっそり。

 一晩、夢の中で走り回って疲れた。

 リチャードの中にいる父親人格トマスって、思ったより負けず嫌いな体育会系なんだね。

 貴重な情報を知ってしまった。


 とにかく。

 拳を何度も握りしめて確かめると、両手を上に突き出した。


「アイム・サバーイブ!!」


 決め台詞のフラグを打ち砕いてやったぞー!!

 単純に何をされても死ななかっただけとも言う。

 なんでかな。不思議だね。

 でも、連日連夜、夢のなかで殺人鬼に殺され続けるなんて……ただのご褒美ですね。

 寝ている間にもミス・トリ関係の夢が見られるって控えめに言って最高なのでは?

 あれがリチャードの精神世界だとすると、もしかするとリチャードに会える可能性もあったりして。

 オーケーオーケー、俄然やる気がわいてきた。できれば明日も一戦よろしくお願いします。

 

 朝食が終わり、さっそくネリーさんによる晩餐会特訓が始まった。


 さて、晩餐会において気をつけなければいけない事とは何だろう。

 よく言われるのが「身だしなみ」「客同士での楽しいお喋り」「そして主人ホストに対しての礼節」だそうだ。


 だ、そうだと言っているように、もちろん伝聞である。

 付け焼刃な貴族知識でどこまで相手を騙せるか、レッツトライ。


 ひとつ、身だしなみに気を付ける事。ドレスコードは忘れずに。この点だけは、心配していなかった。お屋敷の皆さんの活躍により、風呂に入ってから二時間で、僕は人前に出られる格好になった。

 あまりの劇的チェンジに思わず「大改装」という単語がよぎったくらいだ。また一つ、ダニエル・ハーグローブ(リチャードを演じた俳優さん)氏の可能性を見つけてしまったな。ふふふ。


「上手くできましたわ!」


 と嬉しそうなエルメダさんの言葉の通り、行われた奇跡はもはや土台工事と言う他なく。(たくみ)の手でも何とかできなかった僕の性根と英語力、そして地味オーラは全て高級夜会服タキシードが何とかしてくれた。


 一着は良いスーツと靴を持っておくべきだという助言は誇張表現ではない。背筋が伸びて見えるし、動いても座ってもスーツに皺がよらない。その上、脚が長く見える。履いているのがシークレットシューズだという説明がなければ、きっと心から喜べた。白いアスコットタイの位置を調節しながら顔を引き締める。問題は、どこまでこの外見印象を保たせることができるか、だ。


 顔の半分を覆っていた眼鏡は没収され、鼻に挟む小さな丸眼鏡を渡された。何というお洒落眼鏡。インテリジェンスが溢れている。ただ、下を向く時にしか視力矯正器具として使えないのが難点だ。


「リチャード様、じっとしてて下さいね」


 そう注意されても落ち着かない。視界の下半分が明るい。顔はぼやけるのに相手の下半身はバッチリ見える。自然と視線が下向きがちになるが、その度にエルメダさんから厳しい姿勢チェックが飛んだ。乗馬鞭でも持っていれば、完璧にお店の人。彼女の名誉のため、何の店かは敢えて言葉にしないでおこう。


 次のレッスンは楽しいお喋りだ。身も蓋もない言い方をすればコネ作りの仕方。

 これが一番難しい。どれくらい難しいかと言うと、今すぐエベレストに登ってこいと言われているも同じ。入念な準備もなければ、体力もピッケルも登山靴も無い。けれど立派な案内人シェルパはいる。


「助けて、ミスターネリー!」

「共通の話題を振れば良いのですよ。後は勝手に相手に喋らせておきなさい。相槌のタイミングさえ間違わなければ、大丈夫です」

「ドライ過ぎる助言をありがとう!」


 執事のネリーさんは穏やかに笑みを浮かべた。顔つきが平穏そのものだから勘違いしそうになるが、この人、酷い。

 ネリーさんのお母さんはインドの王族に連なる血をもつ何とかかんとか。要するに、お姫様だったらしい。だから彼には半分インド王族の血が入っている。


 そう言われてみれば黒いカールがかかった髪とか、浅黒い肌とか。睫毛を含めて顔面が毛深いあたり、インド系の特色を見事に受け継いでいる気がする。時が時なら、彼は王子様。物静かな老年である彼も、エンディングで豪快に踊るのだろうか。見たいです。


「エルマー様とリチャード様が顔を会わせるのは今回が初めてでございます。他の招待客のリストは此方に。全部で六名です」


 商会の開く晩餐会だというのだから、てっきり百名単位の客が来ると思っていた。僕の疑問を読み取ったのか、ネリーさんが付け加える。


「六名と言っても、それぞれが悪い意味で有名な方ばかりです。その影響力は、下手な小物を当たるよりもずっと大きいでしょう」 


 悪い意味で有名な方に、僕もカウントされてます?

 もの言いたげな僕からの視線を無視して、ネリーさんは一枚の紙を取り出した。


「まず招待主のジェラルド・エルマー様とキャロライン・エルマー様ご夫婦でございますね。エルマー氏は英国有力の商会、マーシュホース商会の現会長であらせられます。彼の代から中国との貿易を初め、特に美術工芸品と茶の販売に力を入れているようです。阿片の密売で利益をあげ、ロンドン裏社会のトップの座を脅かしているとの噂もありますが証拠はありません。ですが、火のないところに煙は立たぬものです。ちなみに夫婦揃って大層な食道楽で、お二方ともそのご立派な体型にしっかり反映されております」


 一人目から色んな意味で言葉につまる説明を受けた。マーシュホース商会が阿片取引をしているという証拠は、数時間前に見つかったばかりだ。今夜、晩餐会の最中に大捕り物が開催されたらどうしようか。答え、嬉しいです。


「マーシュホース商会、なぜ、僕を招待したの」

「あくまで予想となりますが、コネクションを作るためではないでしょうか。リチャード様は引きこも、横の繋がりが薄い割に、有力貴族ですから」


 ネリーさんの意見が真実なら、僕はもしかして最悪のタイミングでラスボスへ宣戦布告しちゃったのだろうか。

 だってスーさんを殺そうとした方が悪くない? うん、僕わるくない。

 彼女の誘拐にジェラルド氏が関与していたという証拠が出れば良いのだけれど。

 いっそ、今回の来訪で探しちゃう?


「やめてくださいね」 


 ネリーさんに綺麗な微笑みをむけられた。彼の背後にヒグマの如き威圧感が見えるのは気のせいだろうか。や、やっぱり探すのはやめておこう。敵に殺される前に味方に殺されそうだ。


「ネリーさん。今夜招待された人について、どうおもう? 貴方の率直な感想フランクリースピーキング、聞きたい」


 ネリーさんが悪い意味で有名と言っていた、他の招待客も気になる。僕からの申し出に、彼は「ぶっちゃけろフランクリースピーキング、ですか。かしこまりました」と了承してくれた。


「三人目はキャロライン・エルマー夫人のご実家、アシュバートン男爵家よりアビゲイル・アシュバートン嬢。本来なら当主であるヘンリー・アシュバートン様がお見えになる予定でしたが、鹿狩りの途中で体調を崩されたとのことで、ご息女であるアビゲイル様がお見えになるそうです。歳は十五。後先考えない性格で、強い冒険心と独立心と軽い頭をお持ちです。流行に敏感で、良くも悪くも影響を受けやすい。現在はオカルトやホラーといった心霊現象に嵌っておられるようですね。彼女への招待はエルマー家とアシュバートン家との結びつきを強くする、いわば身内への探りを入れるために行われたのではないでしょうか」


 年頃の女の子に向かってなんて感想だ。そう思う前に、口の端がひきつっていた。力が入ったせいで痙攣しつづけている。

 第一作目、家出娘のアビゲイル・アシュバートンの名前をまさかこんな所で聞くなんて。


 手足を縛られた裸の少女。レンズに映し出されるのは恐怖に見開かれた彼女のブルーアイ。BGMに使われた鎮魂歌はモーツァルト。悲鳴は聞こえない。飛び散った朱でテラテラと光る銀色の盆。人間で、アジの開きは、ダメ絶対。


 リチャード視点で語られる生々しいアビゲイル殺害シーンから脱却すべく、僕は拳を握った。大丈夫。アビゲイルも死ぬことは無い。僕関係の被害者にはなるべくノータッチでいこうと決めた。心理的にも、物理的にも。


 いずれ彼女が家出するのは間違いないので、あとは誘拐せずに放っておこう。レイヴンはアビゲイルを探す途中で、暴漢に絡まれていたシスター・ナンシーと出会う。殺人が起こらなくても、ちゃんと主人公達は合流できる……筈だ。たぶん。


「四人目は聖メアリー女子修道院長であるマザー・エルンコット様。趣味はガーデニング。見目は枯れ木のような老婆ですが、腹黒い女性です。彼女がいたからこそ、聖メアリー女子修道院は財力と権力を手に入れたと言われています。併設された聖メアリー病院でも彼女の発言力は強くようですね。毎週日曜に無料の施しを行っているため、労働者からの信頼もお厚い。彼女の後ろだてさえあれば、あらゆる階級層に繋がりを持てるでしょう。しかし、けっして彼女に隙を見せないように。逆に利用されますから」


「オウ」

「ご存じでしたか」

「はい、ご存じです」


 聖メアリー女子修道院に隣接している孤児院はリチャードの狩り場ですね

 リチャード関係者の打率が高くて嬉しいけど、続くと怖い。

 中身が僕である限り女子修道院の炊き出しに来ていた孤児が消える事はないけれど、気を付けるにこしたことはない。

 なぞなぞが答えられなかったからという理由で子供を鎖につないだり、三枚におろしたり、吊り下げる予定は無いよ! 未来永劫ございませんよー!!


「次、おねがいします」

「五人目はロンドン警視庁署長のアルバート・バグショー様。ロンドン市街の犯罪を一手に仕切っておられます。性格は気難しく厳格。冬の荒野のような御方です。痩せていて顔色が悪く、骨がはっている点はリチャード様とご同類かと。特筆すべきは正義に燃える警察官と堕落に身を落とす警察官、双方の手綱を上手く握りバランスを取っているという点です。あれは清濁併せて飲み込むことを知っていますね。家族揃って大の猫好きと言われています。彼を抱き込めば、文字通りロンドンで『自由』に権力を振るえます。ただし、物凄い自信家で、一度決めたら他の考えをよせつけなくなるようです」


 うっかり推理のバグショー署長だー!

 バグショー巡査のお父さん。大好きな猫を膝に乗せて撫でている姿は、どう見てもキングオブザ悪のボス。

 そう見えるのはビッグネームな悪役が揃って豪華な背もたれ付きの椅子に座り、膝の上で猫を撫で続けた弊害かもしれない。

 魅力過ぎるボスのイメージも考えものだよね。って、また七の影響か。今度は前にダブルのゼロが並ぶ七か。


 ともかくバグショー署長は探偵の一味と数えていいだろう。顔は怖いけど勝手に味方と考えてしまおう。今朝の一件で、彼はエルマー氏が阿片の密売に関係していると知ったはずだ。

 僕の代わりにエルマー氏をぎゃふんと言わせてほしい。


「そして最後の参加者がリチャード様になります」


 取り乱したりもしたが、出席者の紹介は終わった。

 確かに大物ばかり。よくぞここまで濃いメンバーを集めたものだ。今夜は何が起こってもいいように、心の準備だけはしておこう。もしかしたら昨日のリンドブルーム船長の一件みたく、先の事件とリンクするかもしれない。

 

 心配なのはバグショー署長だ。彼はマーシュホースの企みを知っている。それが今後にどう影響するのか、正直に言って未知の世界だ。

 ジェラルド・エルマーが部下を使って帳簿を取り返しにくる可能性もあるので、ネリーさんに頼んで、バグショー家を見張るように頼んでおいた。


 あとはそうだな。必要以上にはしゃがないようにしよう。そう心に誓った。


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