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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
27/174

022 人形

 本棚にひしめく革張りの全集。廊下と同じ真紅の壁紙。緻密な紋様のペルシア絨毯、天蓋付の寝台。

 部屋の中央に位置した煉瓦組みの暖炉は生の薪が置かれたまま。煙突の途中に格子がはめ込まれ、外からの侵入を防いでいた。天井近くに小さな出窓が三つ。


 そして、人形。

 壁ぎわに並べられた膨大な数の人形が、死体の並んでいた地下牢ダンジョンさながら、そこに置かれていた。


 レースのドレスを着たフランス人形。骨格標本のようにぶら下げられた道化師の操り人形。その辺の人より良い服を着せられた腹話術人形。下手をすれば壁面すべてを埋め尽くさんと並ぶ玩具の群れ。大小問わぬなかに、ひとつの奇妙な統一感があった。

 並んだ人形を順に見ていく。そのほとんどが青い目と金髪の人形だ。


「おちつきましたか」

「そんな」


 こんなびっくり人形館で落ち着ける人なんて存在するの!?

 問われ、思わず否定する。少なくとも僕には無理だ。よく順応性が高いと言われるけど、ここは一生かかっても慣れることなんて無いと思う。


 この人形たちはいったい何だ?

 もしや……身内が一人死ぬごとに一体ずつ減っていく方式っ!?

 そういうの好きだよ! 自分が最後の一人にならなければね!


 リチャードの関係者で金髪青目の組み合わせは仲のよくなかった母親のマリア・ラインだけ。

 彼女は小さなリチャードの目の前で死んだ。そのことが、彼の精神形成に大きな影響を与えたのは間違いないだろう。彼女の死体の描写には「流れるような金の髪と、雨上がりを映した空の目」という文言があったはずだ。


 しかし、とフランス人形の一体を手に取る。

 母が恋しくて女性の人形を集めるのは百歩ゆずって理解できるのだが、男性の人形も集めている理由は何故だろう。

 どことなく主人公レイヴンに似ているが、この時点で主人公二人と犯人の面識はないので、多分気のせいだ。


 人形を元に戻す。触れた髪は人間の髪と変わらない質感だった。

 青い無機質な硝子の目。ドレスには「アナベル」と名前が刺繍されている。

 花婿と花嫁人形はチャッキーとティファニー。少年の人形はブラームス。

 向こうで椅子に座っているタキシード腹話術人間。


 どれも金髪だが不吉なことに変わりはない。

 人形にはぜったい近づかないからな。そう決意するには十分すぎるネーミングだった。そっと距離をとる。


「それでは、失礼いたします」

「うん」


 ネリーさんが部屋のドアを閉める。

 直後、がちゃりという鍵のしまる音。外から鍵がかけられた。


「……」 


 え、閉じ込められた?

 ヤバイ人形と一緒に?

 マジで?


「動いたらどうすんだぁー!!」


 パニックになって扉に近づけば、ドアの内側にはカンヌキがついていた。

 内側から鍵の開閉ができるらしい。試しにカンヌキを引き抜いてドアを押すと、あっさり開いた。

 勘違いしてしまいました、お恥ずかしい。怖いから開けたままにしておこうね。

 密室よりドア全開フルオープンの方が心情的に殺る気が失せると思う。


 扉についた前方後円墳のような鍵穴をのぞけば、外の風景が見えた。レバータンブラー錠。盗賊や怪盗が、曲がったヘアピンで中の仕掛け板をよく上げているあの鍵だ。


 昨日、リチャードはここから抜け出した。

 書き物机に近づいて引き出しを上から順に開けていく。

 部屋のなかに隠し扉があるという説も魅力的だけど、ここはやはり、扉から出て鍵を閉めたという説が有力だ。

 何故なら、外側の金具部分には真新しい引っ掻き傷がついていたから。ふふ、見逃す僕ではありませんとも。


 リチャードは部屋から出て、外から何らかの方法で鍵を閉めた。

 たとえば細い先端の曲がった針金のようなものがあれば、鍵穴の中にあるバネを押し上げられる。内側に取り付けられたカンヌキがスライドして鍵が閉まれば、鍵が無くても密室が作れるだろう。


 持ち物は濡れたシャツにズボン、チョッキにレインコート。革靴は厚底のシークレットブーツ。

 所持品は小銭、止まった懐中時計、時計留めのチェーン、眼鏡。


 眼鏡のフレームは……ヘアピン代わりにするのは難しそうだ。壁代わりの書棚、中段の本を抜き取るとと小さな鍵穴に懐中時計のねじ巻を差し込む。奥につっこんでガチャガチャ回すと、金属越しにバネの弾ける感覚が伝わってきた。


 押し込めるようになった本棚をドアのように押し開け、机の上に置いてあった花のつぼみを模したランプの中に火をいれてから持ち、小部屋の中に入る。


 部屋の奥に置いてある研究机の上にランプを置き、ぽん、と手を叩く。


 そうか。今みたいに懐中時計のねじ巻きを使えば、部屋の外からでも錠を閉められる!


 懐中時計と時計留めのチェーンはバラバラになっていた。使い終ったあと急いでお屋敷を出たなら、留める時間もなかったはずだ。昨日は雨だったし、お屋敷は使用人が少ない。黒い外套を羽織れば見つからずに移動できる。


「それはさておき……」


 無意識って怖い。勝手に体が隠し部屋を見つけていた。


 

 手近にあった本をめくると、一枚の紙が床に落ちる。

 モニャモニャ、秘伝、レシピ? 何のレシピだ。達筆過ぎて読めない。

 材料、卵……、ウイスキー、コショウ、トウガラシ……お酢。


 書かれていたのは何かの飲み物の調合であるらしい。

 見なかった。封印しよう。嫌な思い出しかない。

 それにウイスキーと酢を同量混ぜるものを飲みたいとも作りたいとも思わない。


 他にも『精神構造と脳の密接な関係について』『人狼の変異を科学的に証明する法』『おこりとマラリア熱、黒き疫病の死体』『属性と血液、精と膿に類似する魔術素』など凄い顔ぶれが棚に並んでいる。オーケー、オーケー。中を開くのに覚悟がいる系だね。貴様らの検証は後回しにしよう。

 

 机の上には羊皮紙を数枚束ねたものもあれば、鈍器になりそうな本もあった。

 素直に一番上に置いてあった便せんを手に取る。

 それは、リチャード・ラインからの手紙だった。


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