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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
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001 開場

 金曜日の二十時半。

 何本もの路線が入り組んだ駅の改札はいつにも増して混んでいた。街の冷たい空気に交じって聞こえるクリスマスミュージック。立ち並んだ巨大な複合商業施設は競い合うようにイルミネーションを体に巻き付けている。


 馴染みのコーヒー店。品ぞろえが素晴らしいレンタルビデオショップ。誘惑全てを通り過ぎ、表通りから人気のない細い裏路地へ駆けこむ。


 古いレンガに時代錯誤なネオンサイン、階下から響いてくるベース音、すれ違うカラフルな髪の毛たち。

 近未来的(サイバー)地下都市(アンダーグラウンド)。そんな空気が色濃いこの通りの名はライブハウス通り。正式名称ではないけれど、名は体を現すというなら、これほどふさわしい名前は無い。


「タカちゃん、チケット余ってンだけど、聞いてかない?」


 道の脇から声をかけてきたのはスチームパンク・バンド「Julesジュール」の皆だった。革で出来た妖精女王に、歯車の隻眼、煙を噴き出す燕尾服の鳥。この通りを象徴するバンドメンバーに声をかけられるのは光栄なことだ。なにより、いまどきジュール・ヴェルヌを本気で語り合える友人は貴重である。


「ドリンク別で三千円なンだけど」


 ベースのキィ君が赤い髪とチケットを海藻のように揺らめかせる。普段ならば喜んで彼らの音楽を拝聴したが今夜は先約があった。両手を合わせて謝罪のポーズをつくる。


「ごめん、今夜はパス!」


 走る僕を見て彼らは肩をすくめた。見た目は異形でも、本来の姿は気の優しい大学生。

 いま、この時間、この場所でだけ、異界の姿を演じる彼らはスターであり音楽家だった。


『ミステリアス・トリニティ上映会にご招待します?』


 二週間前。自宅に届いた一通のハガキ。カバンに入ったそれを大事に抱えて、僕は坂道を駆ける。

 ネオンサイバーシティを抜けると、今度は昭和の匂いかぐわしい郷愁的レトロな建物が建ち並ぶ通りにぶつかった。その奥の、奥。税金対策のため使用されなくなった旧式街燈が門番のように両脇にそびえる建物が、目的地だ。

 歴史と味のある外観。素直に言ってしまえば廃墟風映画館。裸電球に照らされた看板には『キネマ パレス座』の文字が踊っている。

 大通りにある最新鋭の複合映画館シネマコンプレックスもいいけれど、昔ながらの映画館も素晴らしい。

埃臭くて設備が古くて椅子の座り心地が悪いミニシアター。趣味が一致していれば問題ない。

外気温との差で曇った窓ガラスには「ミステリアス・トリニティ 七つのなぞなぞ上映会 二十一時より」と印刷されたコピー用紙が貼られている。

 重い劇場の扉を潜ると、そこはもう夢の世界。埃っぽく、暖かな空気に鼻先が赤くなる。

 佇む人影を見つけて手を挙げた。


「こんばんは、西山さん!」

「こんばんは、高畑さん。間に合いましたね」


 チケットブースに座っていた西山さんは、とびこんで来た僕を見て笑いながら時計を見上げた。

 ノリのきいた黒のスーツに、襟には支配人の金バッジ。顔は皺だらけなのに、立ち姿は青年のようだ。

 パレス座は西山さんが一人で切り盛りしている映画館だ。この映画館の歩みは彼自身の歴史と言っても過言ではない。

 老朽化が激しくて、劇場のあちこちにガタがきている?

 古くてマイナーな映画ばかり集めて上映している?

 集客が少なくて薄暗くて埃臭い?

 そういうのが嫌いな人もいれば、好きな人もいる。

 もちろん僕は後者だ。でも、出来ればお客さんは多い方が嬉しい。その方が同志と一緒に感動を分かちあえるから。


「いい席、残ってますか?」


 コートを脱ぎながら尋ねた。少し水滴が付いている。もしかしたら雪が降っていたのだろうか。急いでいて気づかなかった。

 呼吸の整わない僕の横で西山さんは肩をすくめた。その表情には見覚えがあって……なんだか嫌な予感がする。


「今夜は高畑さんの貸し切りですよ」


 ガランとしたホールにはポカンとした僕以外、誰もいなかった。

いない。一人きり。つまり貸し切りだひゃっほー。いや、違うそうじゃない。


「なんで!?」

思わず叫んで、扉に貼ってあるチラシを指さした。

「今日はクリスマス・イブですよ!?」

「そうですねぇ」

「ミステリアス・トリニティ新作の試写会が世界一斉で行われる日ですよ!? 他に何を見るってんですか!」

「もう少し世間一般の認識はミス・トリから離れていると思うんですがね」

「抽選に外れた人間はシリーズ第一作目から見直したいと思い劇場に足を運ぶものでしょう?」

「はっはっは、そう思っていたのは私と高畑さんだけのようです」


 のんびりと西山さんは首を縦に振る。目が、目が遠い。達観した師匠の姿に、僕は落胆を隠せない。

 

「そんなぁ」


 そう、僕は試写会の抽選が外れたメンバーと傷を舐めあおうと思って来たのだ。

 なのに誰もいないなんて。

 インターネットの友達も、みんな抽選に当たっていたし。

 もしかして、抽選に外れたの……僕だけ?

 いや、僕だけじゃない。少なくとも、西山さんも今夜は新作を見る事はない。そう思ったら少しは気が楽になった。何とも酷い話だ。


僕は座席で、西山さんは映写室でミス・トリを楽しもう。それに、遅れてくるお客さんがいるかもしれない。

 いなかったら大問題。パレス座の本日の売り上げが僕一人になってしまう。

 

「西山さん、あの」

「のど飴と、ホットコーヒーですね?」


 注文を言う前に、注文が来た。

 西山さんの手には、湯気がたちのぼる紙コップが握られている。


「今日は乾燥していましたからね。先ほどから視線が売店に向いていましたし、恐らく音が気にならない飴を選ぶかと思いました。それと高畑さんはミステリーやホラーを観る時はコーヒーをいつも頼まれるでしょう?」

 そう言って彼は悪戯っぽく片目をつぶった。身近にとんだ名探偵が潜んでいたものだ。


「ありがとうございます」

 紙幣と引き換えに紙コップから伝わってくるコーヒーの温もり。

 小さな劇場の良い所は沢山ある。沢山あり過ぎて、伝えきれない。

 たった数百円でも、少しは売り上げの足しになったらいいな。

 弾んだ足で階段を駆け上がる。「パレス座」は、いつまでも此処にあって欲しい。



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