014 会合
「吐きまくったら楽になるッスよね」
「わかるー」
欧州では殆どの人がアルコール分解酵素を持っていると聞く。
この時代に酵素やアレルギーなんて概念があるかどうかは知らないけれど、僕みたいに「お酒が飲めない」という体質は珍しいを通り越して、今も種として残っているのが不思議だそうだ。
椅子に座る彼らはコップ一杯のビールが僕の死因に繋がると理解していた。だから、そろそろ次の話題にうつってくれ。
「たった一口の酒が凶器になるとは……もしかしたら、我々が気付いていないだけで、身体の拒否症状を利用した事件が起こっていたかもしれんな」
「酒ならどこでも買えるし証拠隠滅も楽々ッスね。例えば砂糖やケーキ、薬なんかに酒を混ぜ込んでおけば、直接手を下さなくても殺れちゃうッス!」
「注射で血管にアルコールを流し込むのもいいな。そのまま海に放り込めば間違いなく飲酒事故で片づけられる」
これ以上死亡フラグを作らないで!
今、色とりどりの旗を、バースデイケーキのろうそく並に刺しているからね!
すでに二十本くらい聳え立っていて、土台が今にも潰れそうだからね!
この素敵な夢について色々と分かったことがある。
僕はリチャード・ライン卿として此処にいるが、この体は演者であるダニエル・ハーグローブ氏のものでは無い。昨夜から今に至る酔い方や二日酔いの症状は覚えがありすぎるほどあるものだ。シャンパンのCMに出ているダニエル氏のボディがあの程度のアルコールに負けるとは考えられない。
リチャードが精神的な影響を肉体に受けやすい人であったことを考えるなら「高畑章」の思い込みに引きずられて酒に酔った可能性もある。
昨晩のピーター・ハルトマンは演者と同じ名前だった。
しかしリチャードは演者であるハーグローブとは別個の存在。
現実世界と映像世界は、どこまでこの世界に影響を及ぼしているのだろう。
それから、一番個人的には重要なのだけれど、僕が意識を失っていてもリチャードの人格は出て来なかった。リチャード・ラインは二重人格だ。そこに「僕」としての人格が加わり「三重人格」になっているはず。けれど僕が酔って眠っても「リチャード」どころか「父親」も出て来た様子はない。
警官に囲まれているからだろうか。とにかく良いことだ。起きたら昨日会った人たちの死体に囲まれていたとしても笑えない世界なのだから。
僕たちを最初に見つけたのがジャクリーン巡査部長で良かったと思う。
おかげで寝起きのジェイコブ先生や雨に濡れたジャクリーン巡査部長といったレアな光景をおがめた。
「朝早くからたたき起こされ、何かと思えば飲み過ぎた酔っ払いのバカを診ろときた。妹がいなけりゃ叩きだしていた」
ジェイコブ先生のありがたい第一声である。一見して分かる程、彼は寝起きで、半分以上開いてない目に寝間着のガウンを羽織っていた。
「ドブみたいな面をさらすな。すみで煤に塗れていろ」
そう言うと彼は立ち上がり僕の分のお茶を淹れにキッチンへ入っていった。
「いまのは『顔色が悪い。寒いだろうから暖炉の傍にいたら良い』という意味だな」
ジャクリーン巡査部長が微笑む。彼女の翻訳がなければジェイコブ先生との意思疎通は難しいものになっていただろう。見ると経験するとは大違いだ。
先生、なんて行動と言動が一致しない人だ。分かっていたけど実際目の当たりにするとひどい。
「スーさんは?」
「安心しなさい。君以外はみんな無事だ。今頃家に戻っていることだろう」僕の質問にジャクリーン巡査部長が答えてくれた。
「暖炉に火ぃついたスよ!」
若い警察官が、暖炉前の椅子をすすめてくれる。良い子か。
ここにいる三人……まずは家主であるジェイコブ・ハートフォード先生。
歳は三十四。奥さんとは昨年離婚して、今は独身の男性。開業して五年目の新米内科医で、蜂蜜色の豊かな髪と、穏やかな物腰と、綺麗な見た目と、喋る言葉が全て毒舌になる誠実な紳士だ。
ミステリアス・トリニティ第一作から第四作まで登場。主人公レイヴンとシスター・ナンシーを取り合うライバルで、なんと、ジャクリーン巡査部長の義理のお兄さんでもある。第四作目「崩落の劇場」にて死亡。
お次に好青年、コートニー・バグショー巡査。
新人の警察官で、歳は二十四歳。プラチナブロンドを短く刈りそろえた好青年だ。大学時代に名クロッケー選手として活躍したらしく、足の速度はメンバー随一。反射神経には目を見張るものがある。お父上はなんと警察署長のアルバート・バグショー。陰気な父とは真逆の育ち方をした、陽気な青年だ。
彼は警察と探偵の連絡係としてミス・トリシリーズにちょこちょこ顔を出していたものの、第七作目「蜜蝋の晩餐会」にて殉職。読者は全員「マジかよ」と言ったに違いない。少なくとも僕は言った。
最後に、僕の左隣に座っているサラサラの金糸を一髪乱れぬお団子にまとめた超美人。
彼女はジャクリーン・ハートフォード巡査部長。二十七歳。女性では珍しい……というか、本来ならありえない巡査部長。化粧っけが無いのに真っ白い肌、バッサバサと長い金色のまつげ、意志の強い空色の瞳。漆黒の警察官の制服がビシッと決まっていて凛々しい。もう一度念押ししたいくらいに、美人だ。
彼女は元孤児で、同じく孤児だったシスター・ナンシーと共に育った。そのため一作目「七つの謎々」に登場するやいなやシスター・ナンシーとの息の合った連携を見せつけ、彼女たち姫と白騎士コンビは読者と視聴者双方に絶大な人気を得た。けれど彼女は第一作「七つの謎々」の中であっさりと殉職してしまう。本当に残念すぎる最期だった。
追伸、リチャード・ライン。第一作「七つの謎々」の犯人。最期は主人公のレイヴンに射殺される。
この部屋の死亡率を考え、ちょっとしたお通夜モードになってしまう。
みんな良いキャラだったよ。
「気分が悪いのか?」
勘違いしたジャクリーン巡査部長に心配された。映画の神様ありがとうございます。
「横になってもいいッスよ?」
「死なれるよりかはマシだからな」
ジェイコブ先生と、バグショー巡査。二人はいわゆる「優しくて人徳があり、あまり目立たないわりにはキャスティングが豪華な若い医者/警察官」で、被害者、加害者のどちらかに分けられることが多い。
僕は彼らがすでに被害者になる未来を知っている。だから警戒を緩めているけど、ここに「人徳があり顔が良く、主人公に協力的な若い味方の聖職者」を加えると「ぼくのかんがえる、さいこーにあやしい容疑者四天王キャラクター(男性版)」が揃ってしまう。観ている方からすれば、誰を集中して疑えばいいのか分からなくなること間違いなしだ。
なお、ぼくのかんがえる、さいこーにあやしい容疑者四天王最後の一人は「おっちょこちょいで、草食系でニコニコしている間抜けポジションの眼鏡」である。
初代犯人タイトルホルダーとして、「こいつは犯人の中では最弱」「犯人四天王の面汚しよ」と言われたい。