ドラマ版NG集 悪夢の百貨店(後編)
「すいません。お土産選ぶの、手伝ってもらっちゃって」
「構いませんよ、今日は暇でしたから」
観光客にありがちな風景。ショウは両手いっぱいの袋を提げ、満ち足りた笑顔を浮かべていた。コヴェントガーデンにあるアップルマーケット。高いアーチ状のマーケットビルディングから出ながらも、硝子窓の向こうに並ぶ世界に一々目を輝かせている。
「そろそろお昼にいたしましょうか」
「あれ、もうそんな時間なんだ」
エルメダとショウ。黒髪同士、並んで歩く姿は仲の良い友人か親戚同士だった。少なくとも恋人同士には見えず、ある者から見た「好奇心旺盛な犬の散歩」という表現が相応しかった。
エルメダのような男装の麗人に惹かれる者も多く、人通りの多い地域に入ってからは何人かの観光客に写真をねだられては丁重に断っている。
道脇に並んだランチタイムを宣伝する黒板には挽き肉のパイや白身魚のフライの文字が白いチョークで値段と共に書かれ、豆のスープ、玄米とパプリカのサラダ、レモンタルトやチェリーチーズパイといった様々なニーズに応えていた。
ピーコックブルーの有名なボディケア用品店から溢れる甘いソーダとオレンジ、ラベンダーの匂いを避けながらエルメダは奥を指差す。
「この先に、行きつけがあるのでそこにしましょう」
行きつけ、常連、お馴染み。言い方は違えど、趣向の似た知人同士、行きつけが被ることはままある。
「おーい」
店の窓ごしに手を振る女性と、驚いて目を見開いている女性。見覚えのある二人の姿にショウは驚いた。
「ジャクリーン巡査部長……とジェイコブ先生?」
のけぞったジェイコブに気がついたのはエルメダだけであった。
『良ければ二人も一緒にどうだ?』
相席を身振りですすめてくるジャクリーンの顔はキラキラと輝いていた。
「ダニエルから聞いたぞ。昨日は大変だったらしいじゃないか」
「本当に大変でしたよ! まさか、姉ちゃんが来るなんて」
「はは、君にとっては人質にされたことより、姉上が来たことの方が大事だったようだな」
フィッシュアンドチップスに残り少ないひしゃげたトマトケチャップをひっくり返す。ひねくれた顔でざっくりと揚げられたポテトを口の中に放り込むショウを見て、ジャクリーンは何やら微笑ましいものを見たといわんばかりの表情だ。
一方でジェイコブは安い白ワインをちびちび舐める目の前のエルメダに、どう会話を切り出すべきか悩んでいた。
(確かに今日休みにしてくれと言われて了承したがショウとは一体、どういう関係なんだ。いや、私にはそんなことを聞く権利がない。エルメダが幸せであればそれでいいが、レイヴンはどう思う。あいつはまだエルメダに未練があるのか?)
「ジェイコブ様」
「あ、あぁ。何だ?」
「ジャクリーンから聞きましたが、今から百貨店に行くそうですね。私たちもご一緒してよろしいですか?」
「いいだろう。兄さん」
断りの文句を考える前に、ジャクリーンの懇願が思考を妨げた。けっきょく、ジェイコブは歯切れの悪い返事を返すことしか出来なかった。
昼食を取り終った彼らは大通りを揃って歩く。
見目麗しい美女が三人。何かの撮影かと観光客はカメラを探し、離れたところで動画を撮影するなよなよとした男を見つけた。種類は違えどユニセックスな雰囲気をまとった三人の女性に「ヅカ=タカラかよ……」と呟く者もいたが、さりげなく四人目の男装主義者がカメラマンとして存在していることには気がついていない。
「ハロッドの雑貨屋が、ここまで大きくなるとはなぁ」
「アフタヌーンティなんて一時的なブームで終わると思ったんですけれどね」
妙に時代錯誤な発言を交わすこの集団は一体何者だ!?
うっかり会話を聞いてしまった通行人に、妙な疑念を植え付けているとも知らず彼らは歩いていく。
そして、冒頭に戻る。
△▼△
クッキーの会計を済ませる二人の若い女。そして相対する二人の老人。外野は……わちゃわちゃしていた。
「よっこいしょ。あ、やべ。先生ってば見た目より重い」
「ショウ君。女性に対して重いなどと、軽々しく口にしない方がいいぞ?」
「思ったよりナイスバディ」
「ならば良し」
ショックで幽体離脱しそうなジェイコブを抱えようとして、ショウが潰れた。
「……いや、待て。二人とも待って欲しい」
肩を貸すか、お姫様だっこするべきか。それとも無理せず二人で運ぼうか。ジェイコブの運び方を迷っていたショウとジャクリーンに待ったがかけられる。
ジェイコブは、不思議そうな顔で己の掌を見つめていた。そのまま目の前のショウのシャツをべたっと触る。
感想としては、無いものがある。
ジェイコブはそのまま自分の胸にも手を当てた。
感想としては、有るものがある。
「君の胸になぜ肉がある」
あまりに哲学的な問いかけだったので、ショウは返答に窮した。もしかしたら謎々かもしれない。かの有名なヴェニスの商人も胸の肉を所望したという。むしろ無かったら死ぬ部位であるとショウは考えている。そのまま思考は脱線を繰り返し、ササミは美味しいよね、というところで落ち着いた。
「ササミだから」「兄さん、それはショウ君に対して失礼だぞ?」
常識的な言葉で相手をいさめたのはジャクリーンだった。
混乱した頭でジェイコブは考えた。白に染まった思考に、徐々に亀裂が入っていく。
「そこまでショック受けるかな」
「受けるわよ!?」ウィリアムの仮面が剥がれかけた少女から、間髪いれずにツッコミがはいった。
「おーい、兄さーん」
ジェイコブはこの世に絶対などないということを思い知った。自分の中の常識というものが足元から崩れて落ちる。
自分が信じる世界など、最初から無かったのかもしれない。固定観念の檻の中に囚われ、本当の世界を見ていなかったのだ。触るまでおっぱいは存在しないが触ることによっておっぱいの存在は認知される。男であると信じてきた十九世紀の自分が百年以上たって女になったように、絶対などないのだ。
おっぱいの有無に比べれば、感情の、恐怖の有無など些細なことではないだろうか。
おっぱいのせいで、ジェイコブの中では壮大な概念改正が行われていた。今しかあるまいと彼は思う。変革するなら、今しか。
がりと鳴ったのはヒールに踏みつけられた床の悲鳴だ。ジャクリーンとショウが、揃って背筋を伸ばす。突然再起動したジェイコブについて行けず、頭上に!?マークを大量に飛ばしている。
ジェイコブはネクタイを緩めようと首元に指を当て、普段と違う身形であることに気がつき乱暴にシャツのボタンを外した。見物人からおぉーっと歓声があがる。
ジェイコブがキレた。受け止めきれないショックが限界を超えると、この性根が生真面目な医者は暴走する。
例えば従妹にフラれたショックで失踪したり、母が死んだショックで絡んできたヤクザを半死半生にしたり、ジャクリーンの危機で二十人の暴漢を地に這いつくばらせたりするのだ。
エルメダの解説に、見物人からおぉーっと歓声がまたしてもあがった。
「父さん……いや、前ライン卿。あなたに言いたいことがある」
声をかけてきたジェイコブに、トマスが振り返った。事情を知っている者は一斉に口を噤んだ。事情を知らない者は「え、あの婆さん元男?」とざわざわしている。
「ジェイコブ」
静寂。トマスが何を言いたかったのか。ガラスの奥の小さな目は口ほどに物申していた。シャツの胸元、じっとそこに注がれている。そのボリュームは母ゆずりなのか、父ゆずりなのか。それが問題だ。
親子の対面は実に何年ぶり、いや何百年ぶりだった。
「大きくなりましたね」
「ええ、大きくなりました。あなたの後継となるべく努力したにも関わらず、一度は捨てられた私が。這い上がってここまで来るのに、生きるのに、どれほど苦労したか……」
トマスの目が細くなる。いや、大きくなったって、そっちの意味ではなく……まぁ、いいか。トマスは静かに目を閉じる。性別が変わっても、男女問わず小さいとこをパカッとするのがトマスは好きである。ジェイコブは続けた。
「今更、何のためにロンドンに姿を現したのかは知りませんが、現在のライン家は私のもの。そしてこの場にいる者は、私の家族です。もちろんエルメダ、ネリーも私の従僕。先ほどの非礼は謝罪しますが、それ以上の事をするならば当家への敵対行為とみなし、高い代償を払ってもらいましょう。当代ライン卿が存在する限り、もう誰も奪わせない! 私はもう、あなたを親とは思わない! 今日こそ言わせてもらうぞ、この……放送禁止用語に次ぐ放送禁止用語の悪魔のような怒濤の放送禁止用語野郎がッ!!!!」
おぉぉぉぉーっ!?
初めて見るジェイコブの当主らしさにパチパチと拍手をするジャクリーンとショウ。一番良いところが倫理規程で聞こえなかったが、雰囲気と迫力で伝わった。「オレのことは無視かよ」と小さく毒づくシャーロット。空気読みましょうとエルメダが口を塞ぐ。背景のせいで今一締まらないものの、トマスとジェイコブは互いに睨み合った。
「すでにラインの名はあなたにくれてやった。それ以上、何を欲しがるかと思えば……クックッ、君は本当に愚かな子だ、ジェイコブ。私が、今更何のために出てきたのか。それすら理解していないと見える」
節くれだったトマスの長い指がすっと持ち上げられた。
「今日は老人会の日です」
きらりと輝く会員証。ちなみにネリーも一緒のクラブらしい。いつの間にかキラリと光るカードを掲げている。トマスからは、殺意が消えていた。
「私もトマスも引退して長いですからねぇ。新しい趣味が出来たんですよ。今は悠々自適な老後生活を楽しんでおります」
今日こそ負けませんよ。おや、幾ら賭けますか。
先ほどまでのにらみ合いなど無かったかのように、穏やかに会話する二人。ネリーは穏やかにジェイコブへと語りかける。
「ジェイコブ様、先ほどの対話はちょっとした日常茶飯事です。けれどここに居る全員、感動したと思いますよ」
「いや、オレは別に」とシャーロットが再び呟こうとして、またしてもエルメダに口をふさがれる。
今度こそジェイコブは意識を失ったが、誰も彼女を責めなかった。
△▼△
「父親さんもネリーさんも、重要キャラの割には出番が無いですからね」
能天気なショウの言葉に、トマスがたおやかな手振りで頬に指を添えた。
「……ショウさん、でしたか。私、どこかの世界であなたに容姿を丸ごと盗られた恨み忘れていませんよ。随分と父親を舐めた発言をして下さったそうですね。せっかく女性として来英されたのですからロンドンでの就職先として鉄の処女なんて如何です? 年齢はともかく見かけはかなーり低年齢なので大切に長期調整しますよ」
「はははまさかの僕ですか予想外すぎて隣の席に座っちゃったの今さらすごく後悔中だけどこれだけは聞きたい。拷問器具の中に入っちゃう系ですか。それとも拷問器具にされちゃう系ですか?」
「されちゃう系ですね。折り畳み式の肋骨にすれば良い針がわりになりそうではありませんか。ところであなた処女ですか? 名前に偽りがあっては困りますから教えてくださらないと」
「ははは助けてエルメダさんネリーさんこの太ももに手を置こうとする婆ちゃんマジもんの父親だ。僕が知ってるラスボス形態にプラス十年足しちゃったヤツだ一体誰だこんな最終兵器生み出したの」
「だから気をつけろと忠告しましたのに」
「……ショウ様の場合、いつか本当に行方不明の欄にいそうで怖いですね」
「おや、失礼ですね。七割は老人の戯れ言ですよ」
「残り三割は」
「本気です」
百貨店近くのティーショップ。ナチュラルテイストを基調とするカフェで彼らは会話をしていた。
ジャクリーンはマグカップを買えてほくほく顔であるし、ジェイコブはいくぶん落ち着き今は紅茶に口をつけている。が血の気が引いたままだ。
店の従業員は異様な空気のテーブル、日本語に直訳すると妖気が立ちのぼる立ち入り禁止のテーブルを、遠巻きに見つめることしかできない。
「シャーロット、口にスコーンのカスがついています」
「うるさいっ、今更姉貴面するんじゃねえ!」
「とってあげましょうか、お嬢ちゃん」
「嫌味はやめろ!」
エルメダと、焦ってウィリアムとして振る舞えなくなったシャーロットの攻防は、先程からずっと続けられている。
ショウは思った。ああ、イギリス来て良かったな、と。
頭の片隅で「姉ちゃんも来たら楽しかっただろうな」と思ったが、「いや、向こうは向こうで楽しんでそうだ」と考えを改めることにした。
もしかしたら、この場にいない人物が姉の元に集結しているかもしれない。いや、させられているかもしれない。紅茶を楽しみながら、ショウは胸ポケットを叩いた。
ああ、録音機材がある現代って、素敵。
「では。時間ですので、そろそろ行きましょうか」
「そうだな、みんなも集まっている頃だろう」
腕時計に視線を落としたエルメダにジャクリーンが同意する。
「オレは行かないからな」
「私は行きましょう」
「じゃあウィリアムも行くー」
ニヤニヤ笑う父親と態度を豹変させるシャーロット。
「やれやれ。これでようやく監視ともおさらばですな」
「アレ、本当にやるつもりだったのか?」
清々しい表情のネリーに不安そうなジェイコブ。
ショウだけが一人、首を傾げていた。
△▼△
「ハーバーとゴドウィンは、ショウやリチャードの名前を知っています」
『ユニコーンと盾』で黒ビール杯を重ねながら、レイヴンがポツリと呟いた。きめ細かな泡は喉ごしが良く、いつまでも飲んでいられそうだった。こくのある苦味が鼻から抜けていく。
「なのに『観察対象』だの『茶色い目の女』だの、あえて名前を出さなかった。それでピンと来たんです。ああ、わざとそうしているんだな、と。そこからショウが茶色い目の女だと推測するのに対して時間はかかりませんでした」
「そうだったんですか。僕まったく分かりませんでしうわああああああたよ」
一瞬だけ発狂したリチャードが、何でもなかったかのようにエールを頼む。四角い顔のマスターが慣れたものだと無言のまま、一度頷いた。
『本日貸し切り』
油性ペンで殴り書きされた紙が外に貼りだされている。ぱたぱたと風に吹かれて、今にも飛びそうだった。
「いやはや、アンナ通信で依頼され、替え玉として努力はしたつもりだったんですがね。さすがは探偵さんと言うべきでしょうか。鴉対決は見事探偵の勝利! そうでなくっちゃ困ります。ミスター・グッドフェローはモノマネ鳥、たゆまぬ努力をする頭の良い鳥類ではありますが本職にはかないません。それにしても、みんな同じ事を考えているとは思ってもいませんでしたよ。我ら類友ですかな、類友ー」
「クリストファーさんは、カラス姿止めたんですね」
「先日、オリンピックがあるからってこいつ役所に駆除されてたんですよ。リチャードくん」
「たいてい、皆が知らない内に、知らないところで死んでるよね。僕って」
「自虐ネタがブラックすぎる」
シスター・ナンシーが、鳩を頭に乗せた手品師の青年をつついた。
「けっけっけ。やるじゃねえか。姉ちゃん」
「そっちこそ、なかなかやるわね」
「しかし、まだまだ甘い」
「な、そこで更にリーチ……だと!?」
店の中心で壮絶なビンゴバトルを繰り広げる杏菜とエリザベス。感性や身長に大して違いがない二人だが、年齢差は一回り以上ある。それを口に出したものはいない。口に出して笑ったが最後、向こうで物言わぬ屍と化した第二のデルマン・トナーとなるのは目に見えている。
「そもそも」
レイヴンは店の中を見渡し、拳でカウンターを叩いた。
夕方のビンゴタイム。ミートパイを頬張りながら数字の玉を回す李、店の中心ではマイクを持ったマットが出た数字を吟じ、カイルとデクワンが黒板に数字を書き連ねていく。
「この場にいる人間、既に全員、百鬼夜行!! 常識にとらわれていた自分が情けない。幽霊相手にはどんなトリックも意味がない!」
「「生きてます」」
はいっと手を挙げる杏菜とナンシー。二人ははっと目を合わせた。そして互いにじっと見つめ合うと、何故か力強く頷いた。
「それで、当人はまだ来ないのかしら? 私、こう見えて忙しいの」
苛々とした様子のアビゲイルがトントンと腕時計を叩く。
「そろそろ来ると思いますよ。エルメダ女史が時間を間違えるはずないし」
ひょっこりと顔をのぞかせた酒場の看板娘、リリーがそばかすの散った顔で笑う。
「遅くなって申し訳ありません、連れて来ましたよ。余計なのも一緒に」
噂をすれば、エルメダが現れた。その背後から雪崩こんで入店した一団に向かって、花火のようにクラッカーが鳴らされる。ある者は仏頂面で、ある者は満面の笑みで、ある者はめんどうくさそうに。
「これは一体……」
「あら、ショウさん。遅かったですね。お疲れ様会ですよ。お母さまが企画してくださったんです」
驚くショウに、炭酸水を渡しに来た少女がポニーテールを揺らしながら微笑む。
「えっと、君は」
「ミステリアス・トリニティの登場人物なら全員分かる」そう豪語していたショウが言葉を無くす。
「ウェンディです」
名前を告げて、少女はあっという間に見えなくなってしまう。はるか向こう、隅の方に座る二人の栗毛の少年がショウを見て手を振った。
ウェンディ。誰だろうとショウは疑問に思った。
彼女の存在は謎のまま、思い出さない方がいいのかもしれない。
ジャクリーンの元には警察官の制服に身を包んだ一団がわっと集まった。鷲のように鋭い目付きの女性が嬉しそうに顔を綻ばせている。
「皆さまの尽力のお蔭で、無事に終わりを迎えることができました」
グラスをスプーンで叩く音に、ざわついていた群衆があっという間に静かになっていく。中心で微笑む、ウィンプルをかぶった若い女性に視線が注がれた。彼女はこの場にいる全員に似ており、全員に似ていなかった。
「それではっ。僭越ながらこれより登場人物による慰労会、そして新たに加わる日本メンバーの歓迎会を行いたいと思います。乾杯!」
マザー・エルンコットが高々とグラスを掲げた。
「「「乾杯!!」」」
夜の酒場に、歓声が響いた。
【Mからの指令:日本メンバーのサプライズ歓迎会、原作完結慰労会を開こうと思います。みんな、無事に、事件を起こさず、十八時までに『ユニコーンと盾』に集まって下さいね。追伸:どんな手を使っても良しとする。追伸2:なおこの指令書と不参加者は数日後に爆発する。では諸君らの健闘を祈る】
▼△▼
「って事があったんですよ。羨ましいでしょう、アンデル監督」
『いまさらっとバグショーの爆発予告が交ざってなかったか?』
国際通話回線のまた向こう。ありえない世界からかかってくる電話というのは死の宣告と相場が決まっている。
修羅場につぐ修羅場、疲労困憊のアンデル・バーキンダムがようやく自宅に帰って聞いた最初の留守番メッセージ。それは確かに死の宣告だった。
ショウの次に録音されている二件目のメッセージ。アビゲイルの皮をかぶったミシェル・ウェリンガムから、同じ内容の自慢が入っているとアンデルは知らない。知っていたら再生ボタンを押さなかっただろう。
アンデル監督がミシェル監督に怒りの鬼電をするまで、あと五分。