表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
犯人は僕でした  作者: 駒米たも
特典
169/174

ドラマ版NG集 悪夢の百貨店(前編)

「……」

「……」


 竜虎相搏つと言うが、実際、勝敗はどうなったのだろう。竜が勝ったのか、虎が勝ったのか。少しばかり気になった。


「なんで、お前がこんなところにいるんだよ。エルメダ」

「それは、此方のセリフです。ウィリアム」

 

 カールしたカフェオレ色の髪の毛、琥珀のブローチの瞳、陶磁器の人形のごとき滑らかな肌。野の花を摘む可憐な少女であったろう女性は、今や見る影もない。

 ファンキーツーブロックに施された大胆な紫と赤のメッシュ。全身を黒と棘に包まれ、今にもガムを路上に吐き捨てそうな表情の彼女は、時計をモチーフとする一流百貨店の中で少しばかり浮いていた。


 対するのは一点の歪みもない長い黒髪に黒真珠の如き瞳、健康的に日焼けした頬を持つエキゾチックな魅力の女性。

 こちらも、少しばかり特徴的な恰好であった。社会進出が進み、女性がスーツを着る姿も珍しくはない。しかし、上下共に黒のパンツスーツ、締めるネクタイの色も黒、装飾品は銀一色。葬式か執事を思わせるスーツの女性というのはかなり珍しい部類に属する。


 麗しき笑顔をかなぐり捨て、挑発的な顔で見つめあう二人の女性。整っているので顔面事故にはならない。安心。

 間に火花が散っているような、獣の縄張り争いを見ているような。珍しい幻影すら見えてくるしまつ。二人の手の中にあるのは可愛い水色のクッキー缶。残りひとつ。それをめぐっての殺し合いが始まっても不思議ではない。が、止めてほしい。


 僕の隣でその争いを見つめる美女がいた。悩まし気な溜息を吐き、熱に浮かされた甘い青の瞳を潤ませる。染められた金の短髪を後ろに撫で付け、経営者然としたカリスマが目に見えるようだ。施された隙のないフルメイクは彼女の完璧主義の一端。落ち着いた象牙色(アイボリー)の服装は、靴と合わせてフル・オーダーメイド。肩にかけたカバンは長い間使われた革特有の飴色の光沢を放っていた。

 

「目の保養だな。一時は絶望しかけたが、神は私を見捨てなかった。レイヴンと貴様が男のままというのは気に食わんが、LGBTやSM、複数プレイが認められた現代、女ばかりの世界も、なかなかどうして。素晴らしい」

「ジェイコブ先生。疲れているんですね。今の発言は聞かなかったことにします」

「疲れてなどいない。ただ心の底から天気の良い南の島で裸の美女に囲まれていたいだけだ」

「大丈夫? 紳士淑女成分失った? むしろ父親の人格入ってない?」

「誰のせいだと……ッ」


 妙齢の美女の口から出るのは、男らしさが溢れた口調アクセント。次第に、人の流れはこの周辺を避けるようになる。君子危うきに近寄らず。それでも近寄って来るのは命知らずか、警備員か、身内だけである。


「おーい!」


 量販店で買える柔らかい生地のカーディガンと白のシャツ。ジーパンとショートブーツ。シンプルな薄手のメイクは、彼女の愛らしさを上手く引き立てている。長い金髪を腰まで流した、私服姿のジャクリーン巡査部長はテディベアのマグを両手に持ち、満面の笑みを浮かべていた。


「兄さん、ショウ君。見てくれ、こんなに愛らしいマグカップが向こうに置いてあったんだ! どうした、二人とも同じような格好をして」


 隣のジェイコブ先生も、どうやら僕と同じ心境らしい。恐らく、胸の奥深くから込み上げてくる叫びを必死に押さえつけているのだ。ここがアルプス山脈のてっぺんなら、人目も気にせずに叫んでいただろう。

 ジャクリーン巡査部長、どうかそのままの癒し系でいて。


「ジャクリーン、分かった。それが欲しいのだろう? 買ってやる」


 恩着せがましさ五十パーセント増しな言い方で、震えているジェイコブ先生が手を出した。


「販売員を呼べ。マグの在庫ありったけもってこいとな」

「落ち着いて先生」


 元精神科医の肩書とは何だったのか。本人に一番カウンセリングが必要だ。もしかしなくとも、筋金入りのシスコンに金を持たせてはいけなかった。


「いや、これは自分で買うよ。ショッピングの楽しみは兄さんも分かっただろう? 私から奪わないでくれ」


 ジャクリーン巡査部長が苦笑いしながらつけくわえた。


「しかし本当に嬉しいな。兄さんの……いや、姉さんの服を私が選べる日が来るなんて。いつも選んでもらってばっかりだったから、少しだけ寂しく思っていたんだ。女の姉妹もいなかったし」

「ショウ、私は姉になる。止めてくれるな」

「落ち着いて先生。それより、エルメダさんとウィリアムの方を何とかしないと……」


 さっきより人数が増えていた。


「パパ、あいつ何とかして!」


 二人の女性の背後に、それぞれ初老の人影が付いている。一人は眼鏡をかけ、知的な細身のマダム。なのに、パパと呼ばれている。ウィリアムに。認めたくないので思考を止めた。


「おやおや、誰かと思えば。妹をさらった糞奴隷野郎ネリーではありませんか。ふふ、お元気そうで何よりです。娘の苦しむ顔が長い間みられてよかったですねぇ」


 落ちた。

 正確には僕ではなく、隣の美女(ジェイコブ)が、だ。


 もう一人は穏やかな微笑みと屈強な体躯を持つダンディだった。

 どちらも正反対の方向で需要がある。俗に「いけてる爺婆」と呼ばれる別惑星の種族であった。


「助力いただき感謝します、ネリー様」

「誰かと思えば。はは、実の妹に暴力を働いた屑豚野郎トマス様ではございませんか。自然死で亡くなったと聞いておりましたが、寝ている間にうっかり、苦しまずに死ねてよかったですねー?」

 

 竜虎相搏つの、もう一つ上の表現は何だろう。地球対火星かな。


 しかも、そっちの層に本気過ぎる。

 年金もらいつつ田舎で農作業する元軍人の爺ちゃんと、毎日悠々自適に読書やオペラ巡りをして過ごす貴族婆ちゃんの接近戦闘が見られそうだ。胸が熱いぜ。いや、ちょっと待って。楽しそうだけど、今日は吐血する人が一緒なんだっけ。


 さわぎを耳打ちされ、フロアマスターと思わしき店員が遂に動いた。通報するなら今だ。スーツに身を包んだ「トロリー」という名札をつけた中年男性(ミドルエイジ)が、迷いなく渦中へと突撃する。


「お客様。もうしわけございませんが、他のお客様のご迷惑になりますので、もう少しお静かにお願いいたします。こちらのクッキー缶は、まだ在庫がありますのでおだしましょう」

「「お願いします」」


 四つの声が重なった。

 勇者だ。アンクル・トロリーは勇者だった。


「父さん、なぜ生きて、あ、この場合は父さんが母さんになるのか? あー、じゃあ本当の母さんはどうなるんだろうな。父さんになるのか?」

「落ち着け兄さん! 余裕そうに見える時が一番危ない。ショウ君、すまないが兄さんを一度外に連れ出すぞ」

「がってんだ!」


 

 そろそろツッコミも限界だ。

 全てが終わった世界。全てが異なる世界。

 数多のIFをブロックにして積み上げられた世界で、登場人物キャラクターアイコンは自由に動く。

 ここでは死者も生者も、設定すらも混じり合う。誰かがどこかで想像した、もしもの性格。死者は蘇り、生者は笑う。まいにちがハロウィン。幕の裏で休憩する僕たちは、時折、こういった奇跡に出会ってしまう。



▽▲△


「SleeperWake(めざめよとよぶこえあり)! ショウ、今日、あたし別行動するから!」

「午前六時にたたき起こして、一人称変えてまで強調するようなことなの。それ?」


 目をキラキラさせてベッドに飛び込んで来た姉ちゃんに、半ば寝ぼけた頭で返す。

 はて、ホテルの部屋は別にとってあるはずなのだけれど。この人、どうやって僕の部屋に入ってきたんだろう。いや、いいか。姉ちゃんだし。考えるだけ無駄なことだ。


「ちょっと、あんたの部屋。何でベッドがキングサイズなのよ。ずるくない。リチャード君に金でも出してもらったの」

「違うよ。昨日、ぐうぜん空港での出来事をテレビで見ていたホテルの受付さんが『災難でしたね』って、ちょっと良い部屋に変えてくれたんだ。寝心地いいよ」

「……ホテルで突然、しかも個人の裁量で部屋が変わるって、どういうことか分かって……まぁ、そんなことどうでもいいか。ちゃんと、起きて聞きなさい。どうやら私ね、ギャルゲー主人公の適性が出て来たようなの」

「おやすみなさい」

「嘘じゃないわよっ、さっさと立て。立たんかこのぉ! あっ、座った方がやりやすいわね」


 再びベッドにもぐりこんだ僕の襟をつかみ、無理矢理垂直に座らせる。


「はい。言い分を聞きます」

「完全に起きてない顔ね。いいわ、杏菜さんの素晴らしい偉業に腰をぬかしなさい。これを見て」


 そう言って姉ちゃんはキングサイズのベッドの上に立ち、自分のお腹を指でなぞった。眼鏡をサイドチェストから取り、ぼやけた部分に焦点をあわせる。


【選択】

→レイヴンと共に行動する

→ジェイコブと共に行動する


「すごいでしょ!?」

 ぴょんぴょんとベッドの上で飛び跳ねる姉の無邪気な笑顔に水をさすようで悪いが、これだけは言わせてもらおう。


「NG判定ぃー!!」

「な、なによ。大声出して」

「なによも何も、見逃せないでしょう危険案件(ゲームネタ)は! いますぐ誘拐場所ヒロインに選択肢を返してらっしゃいっ! 下の矢印なんて、恐怖で罫線震えちゃってるでしょうが!」

「べつに誘拐もいだりなんかしてないわよ。今朝起きたら自然と出てきたのよ、この選択肢。ふふふ、これで姉の方が乙女度が高いと証明できたわね。見たか!」

「乙女度とか競ってないから! 何なら全部あげるから!」


 ドンッ!と壁が叩かれた。早朝の大声に対する、隣人からの無言の苦情だ。


「そういう訳で、今日はレイヴンと行動するわね。あんたはジェイコブと一緒にいなさい」

「まいったねー、昨日、あれだけ新規レイヴンをこき下ろしておいて、この言い分ですよ。この人」


 だって、好きなんだもんと姉ちゃんが口を尖らせる。


「分かった。それで、姉ちゃんはレイヴンとデートしたいんだね」

「は?」


 空調がきいているにも関わらず、室温が数度下がった。

 瞳孔の開ききった姉が、少しだけ、肩を鳴らす。


「貴様は神に触れたい願う愚か者か? 見返りを求め信仰する罪深き信者なのか? 身の程を知らず、天へと飛び立つ者の末路は破滅だ。いいか。姿形は変われどもレイヴンと共に歩めるのは彼と対等に並べる存在だけだ。つまり神だ。レイヴンとの絆を築き、交流を深め、彼という存在にとってひとときの安らぎになる存在だけだ。もう一度だけ、チャンスを与えてやる。貴様、いま何と言った?」


「分かった。それで、姉ちゃんはレイヴンのストーキングをしたいんだね?」

「そうなのよー」


 良かった。室温が戻った。でも僕は震えが止まらない。これだから原作主義者は、なんて軽口でも言えれば良かったんだけど、そんな余裕なかった。


「だって、いまジェイコブは女でしょう。だからあんたがフラグ立てたらいいじゃない」

「待って待って。色々ありすぎて頭痛がペイン。ちっとも良くないんですけど……ねぇ、聞いてる?」


 顔をあげると、ベッドの上には誰もいなかった。忙しない姉を持つと、まったく苦労する。


「恋愛ゲームの選択肢は普通『レイヴンと一緒に行く』と表記されて、『共に行動する』はサスペンスアドベンチャーの選択肢によくあるパターンなのですが、言わぬが花ですわね」


 椅子に座り、上品な仕草で紅茶カップを口に運ぶエルメダさん。


 いつからそこに居たのとか、どうやって入ったのとか、何でそういうこと知ってるのとか。

 聞かない、聞かないぞ。変な人は身内ひとりでじゅうぶんだ。


「部屋の鍵……」

「嫌ですわ、ショウ様。鍵は開くものですよ。開かない鍵なんて不良品です」

「そうですね。そうなんですけど……」


 正論(そう)だけど、正論(そう)じゃない。


「いえ、わたくしの選択肢を持ったまま杏菜様が飛び出してしまったので、慌てて後を追いかけて来たのです」

「いま朝の六時なんですけど、とか。姉ちゃん追いかけられるのとか凄いね、とか。なんで選択肢出せるの、とか。色々あるけど、おはよう、エルメダさん」


 珍しく長い黒髪を垂らしたままのエルメダさんが、素敵(ふおん)で、神秘的(なにかありそう)な笑みを浮かべた。


「おはようございます。ショウ様。朝のお茶はいかがですか?」






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ