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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
特典
168/174

付属ドラマDVD ヒースロー空港人質立てこもり事件 6


「ばかな、来るのが早すぎるッ!!」


 戦慄くショウを女は見た。死んだボラのように生気のない眼だった。この辺に、と自らの胸元を示しながら女は言う。


『【現地時間:16時 ヒースロー空港】ってテロップ出しときゃ、移動できるもんよ。フツー』

『無理だね。フツー』


 間延びしたようで忙しない不思議な言語。

 閉鎖的な島国の言葉が通じたのは、幸いにも一人だけである。

 首を傾げる女性の姿は、仕草と相まって小動物を思わせた。ひんやりと、冷蔵庫でもないのに周囲の空気が冷えていく。

 歩いて距離を詰めた女は、頭を下げ続ける男の肩に手を置いた。


『それが、心配して日本から来てあげたお姉様への言葉?』

『あざーッす!』

『お姉ちゃんねぇ。可愛い()がまた事件に巻き込まれたんじゃないかって、心配したんだー』


 ギリ、と音が鳴る。

 一見すると二人は親密な関係だ。

 一人が震えあがり大量の汗をかいていても。

 一人の目がまったく笑っておらず額に青筋が三本浮かびあまつさえ声のトーンが二つ下がったとしても。

 ギチギチと肩に置かれた手からカミキリ虫の鳴き声みたいな音がしはじめていても。


 端から見れば仲良しに見えた。


『せっかくだから、私が嫌いなものを言うね。一つ、試写会組とライター記事によるどんでん返しネタバレ。一つ、上映中の私語メール椅子蹴り座席から頭思いっきり突き出てる人に人のひじ掛けドリンクホルダー勝手に使うヤツ。一つ、明らかな誤訳。一つ、原作へのリスペクトと考証とキャラクター理解が足りてない投げやりなドラマ。一つ、他人の人気に便乗してちやほやされているのを自分の手柄のように錯覚して調子にのった監督。一つ、無理やり入れておいて制作陣が自分でつまらないと認めたオリジナル要素。一つ、説明がない、もしくはカットされた重要な伏線。そして、考えなしに行動する馬鹿(かぞく)の尻拭い』


 ノンストップでにこり。

 素敵(じごく)な笑顔だった。


『つまり、この場にいる全員が処刑対象なの』


 この場にいる全員、日本語分からなくて良かった。


 安らかな表情のまま、ショウは背負われた。一体いつ、投げのフォームに入っていたのか分からない。それほど自然な動きだった。投げ飛ばされる方も慣れたものである。諦めの境地とも言う。


「あんたは毎回毎回詰めが甘ァい! 知ったかぶりを気取るなら『もしかしたら警察関係者の中にジャクリーンたんと、ダニエラたんが居る可能性が高い。何とかして連絡をとらねば』くらいはするわよね、それがどうよ、ミストリ好きの癖に全員集合フラグ折ってんじゃない。今こそ絶好のチャンスでしょうがその上こんだけ美味しいシーンでさっさと荷物取りに行くとかあんた馬鹿なの死にたいの主役ポジションなめてんの? 少しは役にたたんかあ!」


 その日、ショウは二度ほど(そら)を飛んだ。

 二度目の着地は禿げたキリンの上だった。こういう場合もアニマルストライクと言うのだろうかと、驚愕したジラフの顔を目前にショウは思った。


「天井ガラス張りは、国際線搭乗口」


 最初の犠牲者の行く末を見届けていたゼブラの首に、ほっそりとした指がかけられた。まるで貴婦人が白百合を手折るように、そっと。次に空を飛んだのはシマウマだった。


「あんた達一体どこで人質取ったのよ。搭乗口、到着口、どっちよ。税関過ぎた場所にはちゃんと屋根付いてるでしょう屋根どこに消したのよ。それにカルティエ映しすぎ、ここはパリですかシャルル・ド・ゴール空港でしょうか。いいえ違います。英国ですヒースローです素直にハロッズ映しなさいよそういう部分的な英国らしさが見たいのよモヤっとするのよこういうサブリミナル的なNotUK!」

「ヒャァァァアー!?」


 ゼブラは見た。鬼を見た。次の瞬間に見たのは呆気に取られたエレファントの顔だったが、笑う気にはなれなかった。何故ならとても間近に迫っていたから。


 エレファントは横にスライドすることによってゼブラとの顔面衝突を避けたが、見越したかのように目の前に立っている女からは逃れられなかった。

 女は微笑んでいる。キレた時特有の笑顔と知らない彼は、一瞬見惚れた。構えていたマシンガンに、手が添えられる。  


「M60はUSA陸軍の装備」


 下から持ち上げられた銃身がエレファントの顎を打つ。二度、三度、ガンガンと強かに打ち付ける骨の音はエレファントが鼻血を出して床に倒れるまで続いた。


「なんで米軍装備使ってんの此処はどこだUSAか違うでしょUKでしょせめてロシア製にしなさいカラシニコフ先生の利便性とコストの低さを甘く見てんじゃないわよ。軍用盗んだ流用したって伏線持たせたいのなら潔く元米軍って設定にするのが筋でしょうが。舞台が英国で元軍属の切れ者キャラに持たせるならSA80ファミリー勢揃いさせるくらいの皮肉は見せなさいそしたら潔く見るわ!」


 動かなくなったエレファントからマシンガンを奪い取る。身長の半分以上ある獲物を手慣れたように構え、アンナは立ち上がりつつあったジラフに銃底を振り下ろした。


「そしてアンタ。ポッと出のくせに黒幕面とは何事でしょーか。あまりのことにヘソで茶が沸いたわ。自己紹介代わりのせめて前一話登場してから出なさい。突然出てきて最強気取りとか、ついていけない視聴者がどん引き案件よ。さすがの私も引いた。引いたついでに抹消を決意した。しかもどこから出て来てんのよ、どこ出身よ、二次創作が最強名乗るといいことないの。供給方法間違えるとファンは冷めるの。原作組から見れば存在の伏線あるつもりでまるで出せてないわよいきなりウザイおっさんが訳知り顔で出て来ただけなのよ。答えを知ったところで激怒案件よ!」

「こ、この、糞アマ……」


 好好爺然とした表情をかなぐりすて、むしろ無理やり捨てさせられ、ピンポイントで顔面を狙われ続けたジラフは、左手にあるスイッチに力をこめた。

 しかし何度押しても反応はない。彼が必死の形相で握っていたのはボールペンだった。

 ジラフの背後で高々と腕が掲げられる。溶鉱炉に沈むサイボーグの如く。突きだされた親指の代わりに輝くのは爆破スイッチだった。そのまま落ちた。


「うちの元馬鹿弟、やる時はやるの。三回に一回くらいの頻度で」


 背後の腕がパタリと力尽きたのを見届け、アンナは鈍器(マシンガン)を手から離した。床に尻餅をついたジラフの身体に跨がり、大きく拳を振りあげる。


「最終手段で爆弾出すなら、事前に離陸する飛行機のカットを入れろ。そうそう、あとね。もしリチャードたんが一話くらいでサラッと死んで、あんたの顔がシーズン最後で出てきたら私殴るわ。オーケー出した経営陣、殴り続けるわ。でも現実的に無理そうだから今殴るわね」


 

△▼△


 レイヴンとリチャードが着いた時、動いていたのは一人の女性だけであった。人質の中にはいなかった、若いアジア人の女性だ。

 犯人グループとされる男たちに意識はない。意識が戻った瞬間に目の前の女性に刈り取られていたからだ。

 約一名、犯人グループではないのも倒れていたが、こいつは気絶していた方が安心だと満場一致で放置が決定した。


 ミステリアスな女性は黒い瞳で二人を見上げている。まるでフクロウのような、猛禽の目だとレイヴンはそんな印象を抱く。女はそっと唇を開いた。


「貴様は誰だァー!?」

「貴女こそ誰ですかー!?」


 立てば黒百合、座れば瑪瑙、口を開けばV8。


「えっ、ちょっと待ってその声……何があったレイヴンどうした辛いことでもあったのそのイメチェン斬新過ぎてご馳走なのに、イケメン筋肉なのにダメだ拒否反応で直視できない。あたしとしたことが目の前に好みの筋肉がいるというのに女に囲まれたハリウッドセレブ見ている気がして何だか胸焼けが」

「その闇には触れないで頂きたい」

「分かった。あと一分待って。落ち着きたいから。レイヴンじゃなくて、レイヴンって名前のセクシーなたんぱく質と思うことにする。そしたら大丈夫かも。やっぱりだめ受け入れられない。一緒にしたくないから、貴方のことラインさんって呼ぶわ」


「……すいません。心が死にそうなので席を外します。あとは頼みましたリチャード。こういう方はあなたの専門です」

「無理難題」


 ジラフへの八つ当たりコンボが更に10ヒット重なってから、ようやくアンナはすっきりした面持ちで立ち上がった。


「初めまして。章の姉、杏菜です」

「はじめまして、よろしく。リチャードです」


 ショウ君の関係者だと思いました。

 握手を交わしたリチャードは、言いかけた言葉を必死にのみこんだ。危険を察知したためだ。アンナの視線は先ほどから一点に注がれている。


「あのー、なにか?」

「うん」


 杏菜は不格好な笑顔めいたものを浮かべ、一見ボールペンに見える不思議な細い円柱をリチャードへと手渡した。


「これ爆弾のスイッチなんだけど、その谷間に挟めるか試してもらっていいかしら。ルパン八十八世の富士峰子っぽく。この心の痛みはおっぱいでしか癒されない」

「お断りします」

「ふわふわした柔らかいものか、アドレナリンたぎる世紀末世界プリーズ」


 断られた杏菜の目は完全に死んでいる。犯人グループとの戦いより、レイヴンの方がショックであったらしい。


(リチャード。お客人の対応は任せました。こういう動物(タイプ)は君の担当です。一人が二人に増えたところで問題ありませんよね)

「待って待って見捨てないでトマス! 僕この人もてなす自信がない!」



「はっ」


 ショウは目を開けた。放り投げられた時はgood-bye現世を覚悟した。リカバリーは成功したのだろうか。掠め取った爆弾のスイッチが手元にない。


「ようやく起きましたか」

「ま、眩しいっ。正統派正義面ァー!?」


 目を開けた瞬間、庭のプールでプロテイン飲みながらホームパーティーしていそうなガタイの良い青年を見たショウにダメージが入る。


「誰だ、ちょっと待って。その声は、そんなまさかレイヴンなのか。現実とイメージ齟齬の修正にお時間頂きます!」

「全員揃って一体何なんですか。此方からしてみれば知り合いが全員魅力的な女性になったんですよ。私がアメフトに居そうなタイプになり煌めいたくらい、染色体が変化したことに比べれば些細なものでしょうよ……」


 眼鏡ごと目を押さえるショウ。次第に項垂れていくレイヴン。


「いや、それでも。男性メンバーが増えたのは良かった。本当に良かった。このままでは私一人が男のままという、世にもストレンジな物語になるところでした」

「そりゃ大変でしたね」


 三人称地文に金を渡し、指示語を男のままにしてもらった人間がいた。

 そのせいで乗り換えの空港で身体検査に時間がかかり、一便ほど乗り過ごしたが気にしてはいなかった。

 リチャードのように体型が変わったわけでもない。

 眼鏡をかけているので顔が変わっても問題ない。

 トリックに関係して性詐称するなら、むしろ男のまま過ごしても良いだろう。

 幸いにもレイヴンの節穴アイは発動したままだ。


「これで男二人ですよ」


 このまま黙っていようとショウは思った。そうでなければ探偵が謎をとく前に自殺しかねない。


 こうして、色んな人間を勘違いさせたまま高畑姉妹の英国滞在が始まった。

 いまだ、レイヴンは黒一点である。 



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