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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
特典
167/174

付属ドラマDVD ヒースロー空港人質立てこもり事件 5

 胸に手を当て、うっとりと自分の妄想に酔いしれる。そんな異常者に対し、態度を変えないジラフもまた普通とは外れていた。


「一番『犯人っぽくない人』が犯人のパターンっていいよね。まるで実家に戻ったような安心感」

「ショウ君、と言ったかな。君の荷物なら、カート車の近くにばら撒いたよ」

「なっ」


 ゼブラは絶句した。ジラフが荷物の場所を答えた。つまり、そこでラビットの死体を詰めたと遠回しに認めたも同然だ。

 臆病者だと思っていたジラフが、ラビットを殺した。ゼブラは知らず拳を握りしめる。


「ありがとう! それじゃあ失礼しました」


 ショウは立ち上がると、すたすたと元来た道を戻って行く。


「……」

「……」

「いや待てっ、眼鏡本当に帰るつもりか!?」

「え? だって荷物取らなきゃ。明日から仕事あるし」

「荷物取りに行くってマジかよ!」


 ゼブラは突っ込みであった。剃りこみを入れていようが、タトゥーを入れていようが、サドっ気があるように振る舞っていようが、ボケの放流だけは許せぬ男であった。

 ショウは(わきま)えていると言わんばかりに両手を突き出す。


「ふっ、僕のことはお気になさらず。どうぞ先程までのギスギス会話を続けて下さい」

「いや、続けらんねーよ!? 俺達今ネクストステージに立ってんだよ。お前に無理やり立たされたんだよ。ほら、色々言うことあンだろ、この状況!」


 ゼブラが示す先には、小口径の銃をショウへと向けたジラフの姿があった。その背後で、エレファントがM60を構えている。

 一触即発の緊張。部分的に分かっていない輩もいるが、内部分裂は決定的だった。


「彼らをかばうのか、エレファント。君に得などないだろう」

「ジラフ、お前の凶行を見すごしちまったのは俺のミスだ。そっちこそ、そんな銃では誰も殺せないと分かってるだろうに」

「そう、銃ではね。だが私の手に握られているのは銃だけではない。左手のボタン一つで、空を飛ぶ巨大な船の腹に仕込まれた爆弾が一斉に爆発する。人質が三十人? はっ、まさか。現在フライト中の七便、その乗客すべての命が私の手の中だ。それでも撃てるのかい」

「ジラフ、お前という奴は!」


 激昂したエレファントが反射的に引き金に手を伸ばした。しかし、すんでのところで止まる。何らかのはずみでジラフがボタンを押せば、旅客機の中にいる人々が犠牲になるのだ。冷や汗がこめかみに伝わり落ちる。


「これ、やばくない?」

「言っておくが、着火して油注いだのはお前だからな。責任とれよ」


 こっちとあっち。酷い温度差であった。緊張状態の中、ショウはゼブラに囁く。


「ふっ、ゼブラさん。まさか僕が何も考えずノコノコついてきたとでも思ってるのかい? 史上最大のネタバレの為、犯人とは口が裂けても言えませんが、そろそろ近接戦闘に定評のあるリチャード先生や探偵のレイヴンがやって来るタイミングなんだよ。登場シーンとしては完璧だし、そろそろ誰かが……」

「あの女か?」

「そうそう、あの」


 振り返った先には、一人の若い女が立っていた。


 緑がかった黒髪。黒のビジネススーツ。神秘的な雰囲気を小柄な体に纏い、絹のような長髪を肩から払いのける。彼女は不機嫌さを隠すことなく、片手を腰に当て廊下の真ん中で眉をしかめていた。


 ゼブラは隣のショウを見た。

 この世の終わり、または絶望の体現がいる。そんな顔をしていた。



△▼△


「ショウ君ぜーったい危ないことしてるよ。間違いないよ。助けに行ったほうが良いよ!」

(か弱い小市民ですのでー、危ない事はしませーん)

「死んじゃったらどうするの!」

(世界の胃が救われる)


 沈黙。認めたくはないがそれが真実であるとリチャードは悟っていた。

 リチャードとトマスの言い争いは、周囲から見れば無言で宙を睨んでいるに他ならない。

 ふと。視界の隅に黒いスーツの小さな影を見つけて振り返った。ショウだと思ったのだ。

 しかし誰もいない。


「あれ、今」

(自分が不利になったから、話をそらすんですかぁー) 

「ち、違うよ。いまショウ君っぽい人が、向こうの廊下に」

「リチャード!」


 その向こうから来るのは、ショウではなくモデルと見間違うばかりの眩しい男だった。

 短く刈られた金髪、隆々とした筋肉、影で生活している人間にとっては目が潰れそうなほど眩しい。

 映画情報雑誌に上半身裸姿特集を組まれそうな甘いマスクが、肩で息をしている。


(誰だお前は)

 つい、トマスが突っ込んだ。


「無事ですか!? 色々(エロエロ)な意味で!」


 その「色々」部分が分からず、リチャードは首を傾げた。


「あ、兄さ、レイヴンさん。僕は無事です。殺人は起こりましたが爆発やテロは起こりませんでした。さすがのショウ君でも全部を大事にするほど器用じゃないですよ」


 レイチェルを「リチャード」と呼ぶのは、数人だけだ。あの謎めいた激動の十九世紀を、共に駆け抜けた人物だけ。顔は正義属性でも中身はレイヴンのまま。リチャードはある意味、大変失礼な納得の仕方をしていた。


「そうですか。ショウは、いや違った。犯人グループはまだ近くにいるのでしょうね。脱出経路、人ごみ、あっさりと諦めた金銭要求……他にも何か裏がありそうで」


 考え込んでいたレイヴンがその場に一人いない事に気付き再度、沈黙した。

 気まずさから、リチャードは誤魔化すように笑みを浮かべる。


「えーと。それが、何と言いますか……」

「いや、いい。分かりました。この事件、まだ終わってない事だけは嫌というほど理解しました」


 レイヴンの目から光が消えた。



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