表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
犯人は僕でした  作者: 駒米たも
特典
166/174

付属ドラマDVD ヒースロー空港人質立てこもり事件 4

「これで今頃、警察が突入しただろうよ」


 通話終了のボタンを押したゼブラの表情はさえない。

 誰とも目を合わせないゼブラ、動じた様子を見せないエレファント、怯えるジラフ。

 疑心暗鬼。三竦み。腹に抱えた互いへの疑念を口にすれば、彼らの立つ薄氷は崩壊する。


 ラビットが死んだ。殺された。


「手筈通り、裏口に回り逃走するぞ」


 淡々とエレファントが告げた。黒の戦闘服を裏返すと白で縁取られたロンドン警視庁(MPS)の文字が現れる。警察関係者に紛れ現場から逃走する。何の捻りもない古典的な手だ。だが効果はある。


「手筈、通りだぁ?」


 ゼブラの眉間に、深い皺が刻まれた。


「ラビットが死んだんだぞ」

「その件については後にしよう。今は逃げることだけを考えろ」


 普段通りエレファントが命令する。その高圧的な物言いに、遂にゼブラが限界を越えた。


「お前、やけに落ち着いてるよなァ!? エレファント」

「騒ぐな、平静を装え」

「おまえが殺したンだろ!」

「ふ、二人、とも」


 保たれていた均衡を取り戻そうと、ジラフが割って入る。そうでもしなければ、ゼブラはエレファントに向かって掴みかかっていただろう。


「善人ぶんなよ、ジラフ。本当は疑ってんだろ。ラビットは、エレファントに殺されたんじゃねえかって」

「わ、私は、そ、そんなこと」

「それとも何かァ? お前がやったのか」

「ち、違う。私は、その、エレファントより君の方がラビットと行動を共にしていたと……」


 ジラフは、もぐもぐと言葉にならない呟きを漏らした。


「ふぇっふぇっふぇっ。いいよね、仲間内での疑心暗鬼。『こんなグループやっていられるか、俺は抜けるぞ』までいけば最高です」


 肯定か、否定か。奇妙な笑い声が全てを中断させた。

 廊下の壁に背をつけ、頬杖をついたまましゃがんでいる男がいる。三人の争いを最初から見ていたのか、完全にくつろいだ姿勢だった。


 眼鏡をかけた、よれた雰囲気のビジネスマン。

 例の死体の入っていたスーツケースの持ち主。ショウという名で呼ばれていた。エレファントは即座に記憶を掘り起こし疑問に思う。


(どういうことだ、人の気配は無かったが……)


 視線を走らせたエレファントは、近くに茶髪の女がいないことを確認し安堵した。

 この男の連れは難敵だ。エレファントほどの手練れであっても、彼女から無傷・・で逃げることは難しい。エレファントは下ろしかけていたマシンガンを構えた。


「それより、僕の荷物はどこですか」


 スーツを着ていなければ、ふてくされた子供に間違われるだろう。そんな振る舞いと物言いだった。しかし彼にとっては当然のことらしい。恥じた様子もなければ、怖じ気づいた様子もない。眼鏡越しに見える茶色の瞳は、どこまでも真剣だ。本気で荷物の行方を案じている。


 何を考えているのか分からないとは、表情がない相手によく言われることだ。


 時として、笑顔にも同様の評価が下される。

 笑顔とは『相手の好ましいもの』を計る目安だ。そのため、『明らかに好ましくない状況』での笑顔は無と同義になる。

 

 銃というイニシアチブを取っているにも関わらず、エレファントは戸惑っていた。ゼブラの怒りも一時的に収まっている。父や教師に助けを求めるように、エレファントを見た。

 原因はショウから説明を求められた男にある。


「さぁ、何のことかさっぱりだ」


 子供のような質問と眼差しを一身に受けながら、ジラフは冷静(・・)に答えていた。その表情には薄く笑みめいたものが貼り付いている。


 ゼブラが一歩、身体を引いた。

 理由の分からない、しかし目前の男が内包している気味の悪さが、酸素に交じりつつあった。


「エミリオ・ハーディ、元海兵で株式仲買人。ザカリアス・ワイル、多分、証券アナリストでパソコンオタク。それから、搬送貨物運搬係のライオネル・ジェファソン」


 突然、名指しされたゼブラ(ザカリアス)は銃を構えることも忘れて唖然とした。蒼褪めるエレファントエミリオも同様だ。今まで動揺を見せなかった男が、初めて目を見開いた。


現代版・・・なら目的も空売りマネーショートなんかに変更されているのかな。改変しても基本の流れは同じだもんね。時代が違っても犯罪なんて変わらないんだなぁ」


 自らを納得させるためか、男は二度ほど頷く。


「問題は、なんで金融犯罪チームの中に見覚えのない人がいるのかってこと。新キャラクターかなと思ったけど、ようやく思い出せたよ、ジラフさん。あなた連続爆弾魔のギブソン・エインカーハムだね? 二次創作(パスティーシュ)版の犯人を原作にぶっこむなんて」


 推理も何もあったもんじゃない。相手も事件も前に見ている。ショウにとってはそれだけの事だ。ふっと眼差しを遠くに向ける。


過激派(ねえちゃん)が見たらマジギレするとこだった」


 脳を再起動させたエレファントは目前の男に対する認識を改める。

 あの時。いくら不意をつかれたとは言え、自分に避けられなかった拳を、こいつは避けた(・・・)


 一体何者だ。他国の潜入捜査官か?


 エレファントの心の声が聞こえたならば、ショウはこう答えていただろう。


 いえ、ただサイン本をさがしてる人です。

 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ