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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
特典
163/174

付属ドラマDVD ヒースロー空港人質立てこもり事件 1

※本編と性別が逆転している表現があります。ご注意ください。



 午後のヒースロー空港は人混みでごった返していた。

 エルダーフラワー・シロップが溶け込んだような甘ったるい空気。ブルガリ、カルティエ、バーバリーが並ぶ高級免税店からは、今日も観光客が溢れだしている。

 国際線到着ロビーの前は見晴らしが良い。燦々と降り注ぐ太陽光を取り入れた天窓があるせいだろう。明るい日差しの中、一人の女性が不安げに腕時計に視線を落としていた。電光掲示板と見比べてはため息をついている。


「遅いなぁ」

 時代遅れと揶揄されがちな眼鏡をそっとあげ、彼女は消えそうな声で呟いた。ひっきりなしに流れる到着アナウンスを聞くのは何度目になるだろう。

 地味なベージュのスーツから伸びる長い足。チョコレート色の長い髪の毛は琥珀の髪止めでひとくくりにしている。化粧けはない。十人中九人が「地味」と答えそうな女性であった。


「リチャードー!」


 男性の名に、彼女は反応して顔をあげた。視線の先には笑顔で手を振るアジア人の男性がいる。彼もまた、眼鏡をかけていた。格好だけ見ればビジネスマンに見えるだろう。ロングコートは長いフライトのためか皺だらけで、先ほどまで寝ていたのか髪はボサボサだ。彼一人なら余裕で入ってしまえそうな巨大な黒いスーツケースを引き連れ、女性に向かって一直線に歩いていく。


「ショウ君ー!」

『イースト・ウィングにて発砲事件が発生しました。周囲を閉鎖いたします。落ち着いて、すみやかに退避してください』

 女性もまた笑顔を浮かべて足早に歩み寄る。カツカツとヒールの底が軽やかな音を立てた。


「英国の地を踏む前に再度死ねぇ!」


 そのまま彼女は右手を振りかぶった。拳は一直線にショウと呼んでいた男に向かって飛んでゆき、男は手慣れたようにしゃがんで突然の襲撃を回避した。

 不幸にも、男の背後にいた厚着の男性の腹に拳は突き刺さる。白目をむいて倒れていく彼を無視し、女性はアジア人男性のコートをつかんだ。


「よくも、僕の前に姿を見せられたものですねぇ!?」

「やっほ、トマス久しぶり! ところでロケ地巡りしたいんだけど今日、ヒマ?」

「とっ、おまっ、ごあっ」

「え、何々? 西山さんから英語力上げてもらったんだけど、まだ完璧とは言えなくて……」


 額に青筋を浮かべたまま、彼女は相手を前後に揺さぶった。怒りのあまり声が出ないのだ。


「痴話喧嘩はまたにしてくれるかい、お二人さん?」


 男は声をかけられて、女はそこに混じった金属音に反応して、同時に横を向いた。先ほど意味もなく殴られた男がこめかみをひきつらせながら立っている。その手には拳銃が握られていた。二人は同時に同じ方向へと首を傾げる。


『イースト・ウィングにて発砲事件が発生しました。周囲を閉鎖いたします。落ち着いて、すみやかに退避してください』


 無情なアナウンスが流れる。銃を向けられた男はこっそり隣に囁いた。


「これ、噂のフラッシュモブ?」

「違う」



△▼△▼


『――えー、さきほど。ロンドン、ヒースロー空港にて銃を持った男たちによる、人質事件が発生したとの情報が入ってきました。テロとの関連性は不明。なお、外務省によると日本人が巻き込まれたとの情報は入ってきておりません』


 ブーーッ


 社食に備え付けられたテレビからその情報を聞いた瞬間、高畑杏菜は口の中に残っていた醤油ラーメンの汁を全て吐き出した。幸いなことに被害は甚大であったものの、彼女の周囲に座っている人間がいなかったことから人的被害はなかった。


「どうかしたのかい、高畑くん? わ、テロかな。怖いねぇ」


 親子丼を持った出水課長が通りすがりにたずねると、彼女はテレビから視線をそらさないまま手を挙げ、こう断言した。


「課長ぉー、わたし、有給取ってイギリス行ってきまーす」

「何で!?」

「ロンドンを救いに」

 


▼△▼△


『――緊急速報です。さきほど。ロンドン、ヒースロー空港にて銃を持った男たちによる、人質事件が発生したとの情報です。テロとの関連性は不明。付近にお住まいの方は家から出ないように……』


 ブーーッ


 アーサー・ライン。今ではレイヴン・オールドネストと名乗る彼もまた、ラジオのニュースを聞いた瞬間、口に含んでいた紅茶を全て吹き出していた。

 失態を誰にも見られていないことを確認した彼は、布巾で辺りを拭いながら空いた事務机を見つめた。その有給をとった主は今日、恐らく、レイヴンの推理通りならば、間違いなくヒースロー空港にいる。

 タイミングが良いのか悪いのか、時代外れな黒電話からジリリリとけたたましい音が鳴る。レイヴンは眉間の皺を揉みほぐしながら受話器を持ち上げた。


「なんですか、ジェイコブ。貴方が電話をかけてきた理由は分かっていますが、一応聞いておきますね。ええ、そうですよ。災厄が、再度この地に舞い降りたんです。つまり」


 探偵は座っていた椅子ごと体の向きを変え、強ばった顔で言った。


「犯人が危ない」




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