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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
153/174

第百三十幕 開幕

【ミステリアス・トリニティ/二人のショウ】


「西山さァーん! 万一これが故意的な突飛ばしだったら、貴方ならもうちょっと手が込みつつも斬新で胸トキメク悍ましい感じの正気度判定入りまーすっていうくらい心霊現象に近い殺害方法やトリックを思いつけるはずなのにそんなまさか事故死だなんて投げやりかつアドリブちっくな適当さをここにきて出すとかそんなバカなお前の実力はそんなものだったのかもっと出来るもっとやれる本気だして全力でかかってこいあえて言おう時間はあるから考え直せとォー!?」


 悲鳴に近い叫びと共に飛び起きた。

 はねのける布団の代わりに、周囲を取り巻いていた人垣がざわっと遠ざかる。

 一言でいえばカラフルな集団だった。そんな人達に取り囲まれて思う事は一つだけ。


「財布にお金入って無いです、ごめんなさい」

「団長、あなた、疲れてるのよ……」


 先手を打って降伏すると、その中の一人が進み出て、英語でポツリと告げた。


「あれ、ピィちゃん。どうしたの、こんなところで。今日のファッション気合入っているね」


 それはJulesのボーカル、ピィちゃんだった。長い睫毛が普段より三倍くらい長い。よく見れば何かの羽根がくっついていた。最近の女の子のお洒落が斬新過ぎて分からない。ピィちゃんは目を丸くして、痛ましそうに頭を振った。


「だめ、重症」

「ピクシーがダメなら僕が聞いてみるよ。団長、お小遣いもらえる?」

 

 大学生新メンバー、ドラムのレシア君が今にも死にそうな顔で手を差し出した。


「レシア君、卒論はどうしたのさ!? それにご飯ちゃんと食べてる? ってか保険証はある? タクシー呼ぶから、それで夜間救急行きなよ。酷い顔色してるし。手持ちないけど万札で足りるかな」


 言いながら半ば無意識にズボンを探っていた。ポケットがない。必然的に財布もない。家の鍵もない。やばい。


「だめだ。酒、飲ませ過ぎたかな。おもしろくて、つい」

「あなたの演技が本格的過ぎるせいもあるわね、きっと。さっき来た探偵も病気だって本気で信じたみたいだし」


 困った顔を付き合わせている若者二人に、僕もまた困惑する。団長って誰だ。此処はどこだ。探偵はどこ行った。


 いや今何て言った、確かに探偵って言ったよね!?


 階段から落ちて頭を打ったのだとすれば、確かに重症だ。けれど頭は痛くないし、どこかが折れているという訳でもない。

 と、言うことはミス・トリ世界に戻ってきた可能性が濃厚になってきたぞ!?


 うわぁ、ナンシーに頼まれていた原稿どうしよう。大見得きった割には何にもしてないよ。西山さんとろくに話した記憶もないし……ふふふ、西山さんもあんな状況で脅かすなんて人が悪いなあ。死んだかと思って肝が冷えたよ。軽いスナック感覚でばっちりしっかり落下死した記憶があるんだけど、なんだろうね、これ。アイディアロール案件かな?


「此処はどこ」


 そうすると、ここは天国ですか。ミステリアス・トリニティ風味ですか。やばい、前世で徳詰みすぎたな。トラックにもはねられてないのに良いのかな?


「何処って、貧民街イーストエンドの外れよ」


 違った。天国でも病院でもなかった。ピィちゃんが気味悪そうな目で見てくるのにめげつつ、ぐるりと辺りを見渡した。赤と白の縞々模様で目が回りそうだ。天幕なのだと遅れて理解する。


 貧民街。日本じゃなくて、間違いなくミス・トリワールドと同じ空気の匂いがする。でも、知ってる顔がちらほらいるのは何故だろうか。遠巻き集団の中にキィ君の姿を見つけた。手を振ると、彼は引きつった笑顔で手を振ってくれた。

 現実世界で相当強く頭を打った可能性、そして走馬灯の可能性も捨てきれずにいる。頭に手をやると、さらさらと手触りの良い毛皮の感触。かぶった覚えの無い帽子が乗っていた。


「ホワッツ!?」


 立ち上がると燕のしっぽが視界の隅でふわりと浮かび上がった。なるほど、これが本物の燕尾服なのかと感動する。そして呆然とした。腰に長い鞭が巻かれて垂れ下がっている。


 此処はどこだ! ミス・トリだとしても、これは誰だ! 助けて解析班!

 

『説明したいんだけど、いいかな』 

「ぜひお願いします」


 いつのまにか肩に乗っていたカラスにお願いしてから、もう一度肩の上に止まっているものを見た。念のため、もう一度見た。最終確認として、更に見た。


「喋っ」

『僕の姿は他の人には見えないんだ。これ以上変人だと思われるのは嫌だから、ちょっと向こうの事務所で話そうか』


 こそこそと輪の中から抜け出すと、大きな木箱の隙間に身をかがめる。肩に乗った小さな黒い羽毛も一緒に平べったくなった。


「その、今にもネバーモアと言いそうな声はレノーアだね!? 君がここに居る事を含めて、何が何だかさっぱりなんだけど」

『今はそういうことにしておいて。時間が無いから、詳しい事は後回しでもいいかなぁ。話せば本当に長いんだ』


 周囲を気にしながら、ヒソヒソと声を潜めて会話する。

 見えないカラスと会話するなんておかしな状況が続けば、どこの世界であろうと問答無用でホスピタルの扉を叩くはめになるだろう。

 十九世紀の精神病院に興味があるかと聞かれればイエスだけど、丸腰で挑むような場所じゃない。


「その話ってのは、どれくらい長いの?」

『指輪一個を火山に投げ込む道のりより長い』

「よし、後で聞こう」


 それは三部作トリロジークラスだ。本腰を入れて聞かねばならぬ話らしい。


『簡単に言えば、ここはミステリアス・トリニティの世界で、君の使っているそれは僕の体なんだ』

「失礼を承知で言えば、君、やましい職業にしか思えない」


 失敬な、と鴉は膨らんだ。


『イギリス中をめぐるサーカス団長。その真の姿は怪盗です!』

「やばいなにそれちょうかっこいい」

『鴉だけど、名前はミスター・グッドフェロー』

「棺桶必要そうな名前だなあ」

『これが、本当のネバーモアなんちゃって』


 あははははは……。沈黙。


 お互いに見つめ合う。

 会話が成立した。してしまった。

 その異常性に気づいたのは僕だけじゃない。相手もまた、このありえない出来事に驚いていた。


「オールド」『チャーリー』


 マイナー過ぎるがゆえに、話題に出せない映画。好き嫌いが別れるため、気軽に好きと言えない作品。長時間ではないため、鑑賞者が更に少ない短編映画の数々。


『ワイズガイ』「グッドフェローズ」


 今まで、初代『犯人はお前だ』に登場するキャラクターの名前を言っても、反応が帰って来ることはなかった。

 この人、何いっているんだろう。言葉よりも強く語る、そんな曖昧な笑みを何度も見てきた。

 ポロッと口にしたのは此方の失態だ。

 だがそのネタを理解したばかりか、別作品と絡めて切り返してきた。


――この鴉、できる。


「アンデル監督」

『黄金色の橋の夢』


『ミシェル監督』

「悪魔に仕える奴隷と手紙」


「アーサー王は」『殺人うさぎ』

『ミュンヒハウゼン』「トリレンマ」


 見つめ合う。それ以上、言葉は不要だった。

 僕は腕で、相手は羽根で肩を組む。


「ヒューウ!」『ヒューウ!』


 趣味の一致する(オタク)がいたぞォー!




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