012 明方
闖入者の隣にミス・ワイズがいないことを確認して、こっそりと安堵の表情を浮かべたテイラーさん。いいね。そういう芽生えたての恋愛要素。お二人の結婚式には呼んでください。
「一般人に返り討ちされるとは……情けねェ。しかもこんなガキ一匹に手間取りやがって」
闖入者は隣のエビフライ(仮名)と顔見知りのようだった。
フードからのぞく感情の見えない目を向けられたエリザベスさんがひるむ。
稲光。闖入者の顔が照らされ、顔面に刻まれた白い傷痕が晒された。
どこかで見たことのある顔だった。そうだ「ユニコーンと盾」で一人、フードを目深にかぶっていた男だ。
「お前が、黒幕か」
テイラーさんが一歩、足をふみ出した。
さりげなくエリザベスさんを背中に隠しているところが一点。ギラギラしていた眼差しに正気の炎が灯っているのが一点。悪を裁くチームのリーダーとしての責任に目覚めたのが一点。売れそうな青年俳優が起用されているところに一点。ここに来るまでに警察と馬車チェイスしたり地下水路の謎を解いた事によってサスペンス度が下がり、アドベンチャー度が上がったのが一点。
以上、五点獲得でテイラーさん主役の冒険アドベンチャー「ミス・トリ」シリーズ。スピンオフドラマ制作決定です。僕の妄想の中で。
「いや、俺は雇われただけだ」
ワイルドさと少年のような正義感をもつ弁護士主人公がテイラーさん。
気丈で精神的に一番タフ、ハニートラップも使えるヒロインがワイズ夫人。
頭脳と天邪鬼担当がキースランドさんで、トラブルメイカーでマスコット担当がルーヘンダックさん。 思った以上にバランスが取れたメンバーだな。
などと考えていると、なにやらキースランドさんとスーさんが必死にこちらに目配せしている。
何だろう。僕を見て……必死に闖入者に向かって首を振り……。
ちょっと待って、ジェスチャーゲームって苦手なんだよ。
なになに。『おまえ』『かけっこ』『うしろから』『がつーん』『チョップ』?
ダメだ、さっぱり分からない。
「しかし、お前のことは覚えているぜ。ジェイムズ・テイラー。お前の親父を殺したのは俺だったからな。あのデブは最期まで口を割らなかった。頑固なのは親父さんゆずりかい? ああ、ついでに教えてやる。リンドブルーム商会はお前さんたちの復讐とはまったくの無関係だ。勝手な思い込みで罪もない子供を巻き込んで殺す気分はどうだい?」
べらべら秘密を喋る父親の仇だと!? テイラーさん、百点! 文句なしの主人公百点満点です!!
「おっと、動くな。お前達、四人とも死ぬことになるぜ」
……ここにもいますよ、リメンバー・ミー。
完全に存在しないモノとして扱われているのは好都合だけど、かなり寂しい。
おそらく、黒の外套が良い仕事をしたのだろう。
あらためて衣装チームの偉大さを思い知る。世の中、何が武器になるか分からないものだね。
この場に存在するのは四人じゃない。僕を含めたら五人だ。
心のゆとりが生まれたためか、ようやく僕にもスーさん達が何を伝えようとしているのか理解できた。
よし、任せてくれ。ミス・トリにおける暴漢など人権はない。積年の恨みを晴らすときはナウ。
「私に手を出したら、お爺ちゃんが黙ってないよ!」
スーさんが足を踏み鳴らたのを合図に、その場からそっと立ち上がった。
壁伝いにそろそろと歩いて行き、ダックさんが持ち上げていたカンヌキ用の木材を抱える。
未だに喋り続けている男性の背後に立ち、振りかぶった。
……意外と気がつかないのはサスペンス効果だろうか。物語が七割進行するまでは犯人役に有利な補正効果でもついているのだろうか。ありえる!! 僕はいま、世界の秘密に触れたかもしれない!
「ふん、怒り狂ったリンドブルーム船長には別の餌を与えるつもりだ。いずれ、あの目障りな爺にも消えてもらう予定だからな。さてお喋りはここまでだ。多少計画は狂ったが予定に変更はない。ガキを始末したあとでお前ら三人とも死んでもらおう」
男が持っていた銃を構えなおしたので、僕は慌てて角材を振り下ろした。
殺す前に長台詞を喋る人がいなかったら、世の中は悪に傾くことだろう。どんどこ慢心して喋ってほしい。
「なっ、もう一人いたのか!?」
殺気に気づいたのか、振り返った男と目があった。この顔には見覚えがある。
どこだったか。そう、彼は。
『フライト/ラウンド2~仕組まれた罠』で、ディアス・ナコールのスタントをやった人だ。運動神経は抜群、殺陣はお手の物。ビルの屋上から飛び降りて、パラシュート使ったあのシーンは素晴らしいものだった。それから『アナザーウィッカーマン』で見せた火だるまスタント。あれは後世に残すべきだ。「確かに火だるまになるには勇気がいるし、とっても怖いよ。それにギャラも安いんだ(ここで笑い)」そうブログに載っていた。ついでに人懐っこい笑顔の写真までアップされていたのでギャップで不覚にもときめいた。悪者のオフショットはどうして眩しく感じるのだろう。男でも女でも、カッコいいものはカッコいい。わぁ、暗殺者の役柄とは言えお会いできて嬉しいですこんにちはところで火だるまのギャラが安いって本当ですか、名前はそう。
「ピーター・ハルトマン!」
「なぜ俺の名前を!?」
スーさんに向けられていた銃口がこっちを向いた。
現実と夢の境い目が曖昧になり、僕は混乱した。
このままでは相手の顔に傷がつくのでは?
スタントマンとは言え、顔はまずいのでは?
ところでピーター・ハルトマン(俳優)さんの演じる暗殺者の役名がピーター・ハルトマンなのか。それとも名称未設定の存在ゆえに俳優名がそのままキャラクター名として流用されているのか。どっちだ!?
その瞬間は、まるで一瞬で過ぎ去ったようにも、妙にスローモーションがかったようにも感じられた。
なんと今まで特に出番がなかったルーヘンダックさんが拳を構えて飛び出したのだ。
「爺ちゃんの仇ー!!」
「ダックさん、ポジション的に今それを言ったらヤバいやつー!」
しかし、ダックさんがいなければ僕は今頃土の下に帰っていただろう。銃声が鳴り、赤い火花が散る。
ダックさんの拳は、ピーターさん(仮名)の顔面を完全に捉えていた。
渾身の力で殴られた暗殺者は時計塔の石壁に向かって放物線を描いて飛んでいき、後頭部を強打したあと地面に伸びて動かなくなった。
「お……おおー!?」
見事なノックアウトに僕とスーさんは思わず拍手をしてしまう。さきほどミス・ワイズに同じように殴られていたという伏線を、みごとに彼は回収した。
「警察だっ!」
完璧なタイミングで扉が開き、幾筋もの洋灯ランタンの光が石造りの部屋へと差し込む。煌々とした光が隅々まで時計塔を暴いていく。びしょぬれの警察官が最初に見たのは二匹のエビフライを見事な縄仕事で作り上げるキースランドさんの姿だった。
「これは一体……」
入ってきた二人の警察官は室内の様子を見て呆然としていた。さもありなん。気が抜けた僕は膝をつく。
「お、おい、どうした?」
「まさかっ、さっきの弾が当たっていたのか!?」
膝からくずれ落ちた僕をスーさんが揺さぶった。もう応えるだけの余力が無い。
「……あとは……」
「分かった、もう喋るな!」
僕の手を握ったのはテイラーさんだった。握り返して帳簿をしっかりと押し付ける。
すすり泣きはワイズ夫人のものだろうか。警察を連れてきてくれてありがとう、無事でよかったと思う。
ルーヘンダックさんは持前の運の強さで見事に死亡フラグを回避した。おめでとう、マスコットキャラクターの座は君のものだ。
あと、キースランドさん。スーさんをよろしく。意外と良いコンビだよ、君たち……。
「あとは……頼んだ……」
押さえようのない不快感が満ちて行く。ガタガタと寒くて震えが止まらず、脂汗が滝のように額から流れる。
不吉な夜は終わった。エリザベス・フォレネストは生き続け、ベンジャミン・リンドブルームは復讐でその手を血に染めない。
そんな幸せなミステリアス・トリニティをずっと夢見ていた。
いつか最悪のどんでん返しがあるかもしれない。けれど今日じゃない。
「殴って吐かせますか?」
「さすがにそれはダメだろう。近くに知り合いの医者がいるから連れていくぞ」
「 ぎ も ち わ る い あ た ま い だ い 」
「証拠が汚されると困るので吐くなら外でおねがいしまーす」
さすがは大英帝国の警察。泥酔者の扱いに、慣れて、やがる。