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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
143/174

第百二十三幕 代理

「まさか噂に名高い『一見地味で無害そうな大人しい眼鏡の優男サイコパス』が現実の世界に存在するとは思いませんでした」


「誤解だァー! さっきのはホラー映画の怖すぎる限界点を超えたら笑えてくるアレなんだってば! そういうの、あるよね?」


「怖いのを我慢してホラー映画を観ている時点でマゾ気質と言うか。変態(ジャンキー)確定と言うか。デイルと組みそうなタッカーと言うか」


「だって、怖いから見ないという選択肢はないし、怖くても見てたら楽しくなってくるかもしれない! だが部分的な早送りは許してほしい!」


 これらの無謀な発言の数々は分泌したアドレナリンと、脅かしてきた彼女の売り言葉に買い言葉の結果なのだけれど、お互い引くことも出来ず、かといって話を逸らすことも出来ず。結果、先ほどからこのような悲惨なやり取りを続けていた。


「それにしても、思ったより顔はリチャード君に似ていないのですね。それなりに需要はありそうですけれど」


 ハリウッド俳優と一般人の顔面を比べれば、見劣りするのは明らかだ。それでも、目の前の憧れの美人から需要がありそうなんて言われたら調子に乗ってしまう。


「え、えへへ、そうかな? どういうところで需要ありそうかな」

「はい、治安の悪い場所を一人で歩けば間違いなく」

「そういう、金銭面での需要は困る」

「性的需要も特定の男性もしくは女性にあるかと思われます」

「さらっと種類の違う恐怖を交ぜて追撃してくるの、よくない」

「なにせ人をハラハラさせるのが仕事ですから」

「しましたとも!」


 僕達は互いに紅茶のカップを持ったまま、キッチンのテーブルに座っていた。一時休戦と互いに一口、紅茶を口にする。

 明るい木製のテーブルと椅子は、子供のいる家庭らしく、所々にひっかき傷があった。

 丸、三角、そして四角。順に指でなぞっていく。もう一度、丸。微笑ましく思うと同時に、このガランとした空間のかつての名残にひどく哀しくなる。


「さて、本題に入りたいのですがどこから話せば良いのでしょうね。私、こういった会話は得意ではないのです」


 紅茶に口をつけたシスターは静かな調子で目を伏せた。


「まず、あなたの殺害計画は失敗に終わりました」


 自分の殺害計画なんてぶっとんだ話を聞かされて、あぁ、そうですかと流せるはずもない。右手を突き出して「ちょっと待って」と言うと、彼女は頷いた。


「ミステリアス・トリニティだもんね。一人一殺くらいは計画されるよね。大丈夫。続けて」


 ナンシーは首肯する。


「私、私たちは清く正しいサスペンスミステリーです。不可解な事象の裏には人の手があるもの。それこそ、手品のように種も仕掛けもある世界なのです」


 彼女は頷く。念のため、僕も二度頷く。


「それなのに、あなたは多重人格の一つとして存在してしまった。正々堂々、一対一が殺しあう世界で『あなただけ』を殺害する方法は皆無でした。リチャード・ラインが殺人を犯す理由が『幽霊に唆されたから』になっては困ります」


 徐々に早くなる口調に自然と汗が流れる。精神世界の中でも冷や汗ってかくんだなぁ。


多重人格(スプリットパーソナリティ)オチですらギリギリの線なのに幽霊って。幽霊呪いオチをどう説明しろって言うんですか。悩みました。悩んでる間にカーチェイスはするわ、銃撃戦はするわ、突然ミュージカル始まるわ、ホラーコメディしてるわ。ミス・トリちゃん、これ収拾つかないやって二秒くらいで人に投げました。リチャード君宅、火事ではなく爆発研究所オチにしてやろうかと百回は考えました」

「すいませんすいません、その辺は不可抗力なんですぅぅ!!」

 投げた先、間違いなく神様(トムせんせい)だ。


 理解した事がある。

 書籍の『ミステリアス・トリニティ』シリーズはがっつり悲惨で陰鬱で救いがない文字で埋め尽くされている。綿密に立てられた計画。容赦ない呆気なさ。文字で殴られるような衝撃。例えるなら数式や機械で出来た内臓を握り潰していくような読み心地だった。

 けれども目の前に座る『ミステリアス・トリニティ』と名乗る彼女にはお茶目な面がある。

 文だけではない。娯楽を優先したハリウッド映画、アンデル監督の『ミステリアス・トリニティ』からも彼女は大きく影響を受けていると、そう思った。


「私は『あなたに似た境遇の名もなき登場人物』を探して、あなたの現世代理人として設定することにしました。彼が死ねば、あなたも死ぬ。けれど私たちは代理人がどこにいるのかまでは知らなかった。テムズ河近くに住んでいて怪我をしている少年という設定以外は決まっていませんでしたから。おばあ様は『悪の嚢』を利用したようですが、あれらがとった方法を、私は受け入れられませんでした」

「儀式殺人のこと? シスターだから、宗教のことには厳し……」

「いえ、動物を利用する方法です」


 話を遮って、ナンシーはきっぱりと告げた。


「『ユニコーンと盾』に投げ込まれた動物の墓を作ったのは私です。特に……トリスタンとは、友人でしたから」


 そうである可能性は、薄々感じていた。あの黒猫は年老いていたし、優しかった。

 いつだって、予想すべきは最悪。

 僕の殺人を計画していたマザーは途中で亡くなり、ナンシーは『ユニコーンと盾』の一件でやる気をなくした。

 僕がまだ生きているという幸運は二つの不幸の上でなりたっている。

 そして、誰だか知らない名もなき人の努力に、僕は感謝しなくてはいけないだろう。その「少年」とやらがギリギリのところで持ちこたえてくれたからこそ、僕はいまも何とかやっている。似てるって、どんな子だろう。一度会ってみた……


「ちょっと待って、少年!? 青年じゃなくて!?」

「はい、子供であると聞いています」


 頭を抱えた。今日までの一連の流れを思い出し、どうしたって連想してしまう一つの事柄について訊ねた。


「まさかとは思うけれど、その子一人を殺すためにロンドンの水質汚染騒ぎとかコレラの感染拡大(パンデミック)が、起こったなんてことは、ないよね?」


 冗談めかした問いかけに返事はない。いや、彼女が無言であることが答えなのだ。彼女は言っていた。「こういった会話は得意ではない」と。

 僕たちは同類なのだ。

 腹芸ができない。ただひたすら、愚直に真っ直ぐ進むことしかできない。嘘を、つけない。

 推理が好きなのに。ミステリーが好きなのに。計画や舌戦、伏線や心理戦を好むくせに、実際自分でやるとなるとからきしダメ。頭を使うより体を使っていた方がいい。


「……既定の人数。または鍵となる人物が死ぬことによって該当する事件が進み始めます。今回、リチャード君の一作目が始まったのは、一話開始時点で死ぬ予定だった子供の数と同数になったため。あなたとの一件は帳尻を合わせるには丁度良かった」

「良くないよ。平和で穏やかなミステリアス・トリニティが見たかったのに」


 良かれと思って色々やってきた。けれど、結果的に同じくらいの人が死んでいた。見えない場所で、誰かが死んでいた。


「……誰かしら、死なねばならないのです。私は『そういう物語』なのですから。人が死ぬことによって、私は継続を許される。殺人のない殺人事件には意味がなく、起伏のないサスペンスなど存在する価値がない。私たちは残酷に死ぬために作られた人形で、あなたたちは仮初めの死を垣間見るだけの観客。安心してください。ぜんまいを巻けば全員、何もなかったように再び人生をやりなおせる」

「そう言うわりには、君はちっとも納得した顔をしていないよ」


 僕は疲れた顔をしていたし、彼女もそうだった。ややあって、ナンシーは呟いた。


「だって、もう疲れました」


 か細い声は紅茶から立ち昇る湯気に混じって、それでも確かに届いた。


「遅くなって申し訳ありません。自他共に認める異端者のあなたを此処に連れてきた理由を、ようやくお話できそうです」


 他はともかく自分では異端者と認めてない。うっかり迷子くらいの認識だ。けれど真っ直ぐに僕を見る彼女に、今、そう言うことを言ってしまうのは戸惑われた。


「私を、終わらせてください」




 

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