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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
141/174

第百二十一幕 侵入

 壁に据え付けられた椅子は僕専用の特等席(かんしょうせき)


 何もない時はここに座って外の様子を眺めていた。

 パレス座の椅子をモデルにしているだけあって、コイルの浮いた部分の座り心地は悪い。けれども座り慣れた落ち着きがあった。

 外の暖かさを間接的に楽しみながら、肘置きに体重を乗せゆっくり微睡みの中へ沈んでいく。


「……尻が痛いです」

「そうだね。集中していると気にならないんだけど」

「クッションを要求します」


 文句が聞こえ、意識と瞼を持ち上げた。隣に座ったのがトマスだと思ったからだ。

 しかし文句の主と目があった瞬間、僕も相手も動きを止めた。目をそらすという単純な作業も互いにしなかった。バカみたいに見つめ合っている。


 一匹の黒猫が肘置きの上に座っていた。

 あまりにも行儀が良いので、まるで小さな置物みたいだった。

 小さなプルートーの突然の進化に戸惑っているのは僕だけで、オスだと思われていた子猫は尻尾を振りながら、首を僅かに持ち上げた。


「ごきげんよう」

「シスター、ナンシー?」


 彼女の声を聞き違えるはずがない。見上げてくる丸いスカイブルーは相変わらず何を考えているのか分からない。


「どうしてここに?」


 返事がないので、質問を重ねた。ここはリチャードの精神世界であって、鍵壊しが得意なシスター・ナンシーといえども存在して良い場所ではない。


 自分で言った「ここ」という場所を確認して、再び固まった。

 朽ち果てそうなカーテン。擦り切れた椅子の布。埃っぽい空気も、すぐ後ろにある映写室の眩しい白い光も、見覚えがある。


 目の前に広がっていたのは見慣れた石造りの広間ではなく、埃の匂いが漂う真っ暗な劇場。座っている椅子と同じものがひしめき合って並び、目の前では明滅しながら無音映画が流れている。

 ぼんやりと薄緑に光る非常口の文字を除けば、そこには相変わらず非日常を切り取る銀幕が掲げられている。

 ――見慣れた、パレス座の中だった。


「ここは貴方の……何というか……そう、あれです」

「精神世界」

「それ」


 するすると黒猫の影が伸びていく。それは一瞬のうちに人間の大きさに膨らんだ。

 黒いワンピースを着たシスター・ナンシーがちょこんと隣の椅子に座っていた。プラチナブロンドの髪の隙間からチラチラ見える黒い三角形の耳さえなければ、見慣れた姿なのに。


「魔法学校の変身術を」

「それ以上はいけない」 


 隣に座る彼女は果たして本物なのか、それとも偽物なのか。

 僕が想像したシスター・ナンシーと言われればそう思えるし、リチャードを相手にしていた時の少しブレーキの壊れたシスター・ナンシーと言われれば、やはりそう思える。

 作外のことについて言及している点を考えれば、やはり僕が生み出した幻影なのだろうけど。


「私としてはクマ耳の方が好きなのですが」


 黒猫だった頃の名残を指でつまんで引っ張りながら、ナンシーは淡々と言った。


「クマ耳で登場したところで『グリズリー』と揶揄されて終わるのでしょうね」


 瞬きをする間に黒い猫耳は消えた。いつも通りのシスターは姿勢を正し、音もたてずに立ち上がる。


「それでは、着いてきて下さい」


 立ち上がり、目の前で翻ったスカートが天幕のように広がる。

 猫を追いかけ。ウサギを追いかけ。古今東西、動物を追いかけて異世界へと迷い込むのはよくある話だ。だがシスターを追いかけて、という話はあっただろうか。


 探せば、あるかもしれない。


「薄々察しているとは思いますが、私はただの登場人物ではありません」


 前を歩く彼女は、暗闇の中でもまよわず階段を下りていく。そうして緑と白に彩られた非常口のライトを一度見上げると、間髪入れずにドアを開いた。視界を塗り潰すほどの白い光量。咄嗟に手で遮る。


「本名はアンナ・マリア・リンドブルーム。とは言え、公式でその名が使われる事はないでしょう。精々、孤児のシスター・ナンシーが関の山ですね」


 青い空。白い雲。

 遠くにそびえる藍の峡谷。金色に光る麦の海。

 一歩踏み出せば、乾燥した茶色のあぜ道。その先に丸太作りの小さな小屋が建っていた。


「……ここは私のモデルになった少女が見ていた景色。私の心象」


 親愛の情を込めながらナンシーは目を細めた。この「いかにもアメリカ南西部にありそうな大草原の小さな家」を前に思うことは一つ。


 情報過多です、時間ください。



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