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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
136/174

特典映像 うなぎゼリー殺人未遂事件5

 うなぎを押し付けると、女性陣はにこやかに談笑しながら台所から出て行ってしまった。

 あまりに自然な流れ。我に返ったときには台所に一人きりだった。当初の予定通りなのに、取り残されたような気分になるのは何故だろう。べ、別に仲間はずれにされたとか思ってませんからー。寂しくなんてありませんからー。


 ……。

 そうじゃなくてだね!?

 初対面の人間を台所に一人残す警戒心の薄さに改めてビックリだよ!

 もしこれが本編で、僕じゃなくて父親がリチャードの皮かぶってたらと思うとゾッとするよ!?

 トライフ夫人、旦那さんが殺されるかもしれないって不安に思って、レイヴンのところに依頼に来たんだよね。それで、この台所で血の入ったワイングラス見たんだよね。


 その後で、あんな無防備に現場に飛び込めるもの!?

 彼女が自作自演で殺人犯の存在をでっちあげたとしても、一晩で此方に話した説明(せってい)を忘れてしまうもの!?


 分からない!

 トライフ夫人の行動や考えがつかめない。僕に見覚えがあると宣言した後、疑い無く一人にしたことも含めて。

 くくく、お前ごときに我がトリックが見破れるはずがないと思われているのだろうか。

 だとしたら正解だ。ただの助手が見破れるはずが無いだろう! むしろ見破ってしまったら脇役道に反する。こちとら、率先して念入りに見逃していくスタイルだ! 警察が見逃し、一般人が見つけられなかったポイントを主人公たちが見つけて指摘する。それが、それがいいんじゃないかッ!!


 そっと拳を握る。目指すは真の良き脇役なのだ。トリックを見つけても口に出さない、気がつかない、死なないの、三大ないないを踏破してからが本番なのだ。異論は認める。


 で、何の話だったかな。そうだ、トライフ家の人は台所に注意を払ってないって話だ。

 もしかしたら前提からして間違っているのかもしれない。トライフ夫人が容疑者だったり、殺人が起こりそうだったりというのは全てこちらの考え過ぎで、目に映るもの全て容疑者という空気に慣れすぎた弊害。そうだとしたら、もうシャバの空気に戻れない。アンデル監督とトム先生のせい。


 そうは言ってもトライフ氏本人が手紙で命を狙われていると言っているのだから無視できない。そんなことを考えながら戸棚やら開かずの倉庫やらを適当に開け、使えそうな食材や器具を取り出していく。


 今日の昼食会に出席するのは、家主であるサイモン・トライフ、トライフ夫人、看護師のアイリス。モーリーさんは女中なので、一緒に食事はしない。客人はレイヴン、ドクター・コールマン、元秘書のテネシー・クレイグ。お客さんとして六人、それから僕とモーリーさんの二人。合わせて八人分の食事を用意すればいい。


 出席者に甥のダラス・トライフの名前がないけれど、乱入してくる可能性を考えて、十人分作っておけば足りるだろう。

 そう思って缶詰の入っている戸棚をあさっている時だった。


「何だ、これ……」


 ぎっしりと詰め込まれた缶詰の傍に、アイスピックと拳銃がすぐ手に取れる形で置いてあったのだ。持ってみればずしりと重い。間違いなく、本物だ。

 どうしてこんなところにあるのだろう。まさか、トライフ氏を殺害しようとしている犯人が隠していた凶器を見つけてしまったのか。そうだとしたら、とんでもない発見だ。三割の緊張。七割のワクワク。


「あ、そうだ。ショウさん、さっき言い忘れたんですけれどー」

「ひょわッ!?」


 拳銃を見つめて悦にひたっていたせいか、突然入ってきたモーリーさんの大声に負けず劣らずの悲鳴を上げた。拳銃を背中に隠して素早く立ち上がった怪しい態度の僕に、モーリーさんは不審感丸出しの表情を向ける。


「ななな、なんでしょうか」

「缶詰用の拳銃とアイスピックが戸棚の中にあるので、戸棚を開けるときは気を付けてくださいね」

「……缶詰用」

「そうですよ。まさか、缶詰の開け方が分からないなんて……」

「分かります分かります、チョーバッチリです」

「本当に?」


 念押しのように「分からないなんてことは、ないですよねぇ?」と言って、モーリーさんはしきりに首を傾げながら台所から出て行った。


 あぁ、びっくりした。背中に隠していた拳銃を戸棚に戻す。

 落ち着いて読んでみれば、缶詰のラベルには「刃物で開けること。開かなければ銃で開けろ」という趣旨の文言が茶化した文章で書いてあった。


 おそらく此処にあるのは野戦糧食用(レーション)として大量に作られた缶詰の余りか、その試作品。だが、所詮は缶詰。開けるのはそんなに大変じゃ無い筈。アイスピックはともかく、銃を用意するなんて大袈裟だな。


 ――その考えが一時間後。木っ端微塵に粉砕されると、誰が考えただろうか。


 とりあえず、今は昼食の献立だ。

 せっかくロンドンにいるのだから、うなぎのゼリー寄せを作ってみようと思い立った。

 作った事はないけれど何とかなると思う。なにより食べるの(ぎせいしゃ)は僕じゃない。


 勝手口から出るとすぐに納屋を見つけた。中に入れば、金づち、釘、鍋、木材、新聞紙、道具箱といったものが、そこかしこに散らばっている。人の出入りがあるようで埃は積もってない。その中から適当に必要なものを見繕うと、抱えこんで台所に戻った。料理というよりDIYをしている気分だった。


 布巾越しにうなぎを掴むと木材の上に乗せる。

 うなぎのゼリー寄せというのは、作っている側からすれば「どうしてこうなったのか」がよく分かる料理だ。


 うなぎは安い食材で、どこでも手に入る。

 けれどそのままじゃ食べられない。血液や体表のぬめりに毒が含まれているからだ。


 うかつに傷のある手で触れば物凄く痛いし、腫れる。生焼けのまま食べて舌や喉にうなぎの血がついたら、そこから焼け爛れて炎症を起こしてしまう。目に入れば失明待ったなし。


 うなぎの血を一リットルも飲めば、大人だって死ぬのだ。もっとも、うなぎの生き血を飲むなんてバカなことをする人はいないだろうけれど。

 だから手に傷を負う主婦や大工、労働者階級の人たちはうなぎを直接触りたがらない。


 それから、魚介類は基本的に加熱しないと安心して食べられない。生魚には寄生虫やら微生物やら有害なものが沢山ついている。うなぎの毒は五十度か六十度の高温にさらしておけば無害化するけど、寄生虫やらウィルスやら殺人バクテリアやらは、もう少ししぶとい。

 だからうなぎ料理は火を通すのがセオリー。そりゃもう念入りに通し過ぎるくらい。原型も無い炭がベストの火加減らしいけど、それはそれで新たな問題を生みだしている気がしてならない。主に味付け面において。


 つまり、安いうなぎを安全に調理しようと考えた結果生まれたのが、うなぎを適当な大きさにぶつ切りし、煮立った鍋の中に放り込んでめちゃくちゃ念入りに茹でるという方法。そしてそのままにして冷めたら、コラーゲンがかたまってゼリー状になった。これがうなぎのゼリー寄せ(結果論)という料理。


 ちなみに、ビネガーやレモンをしぼって「身を噛んで捨てる」のが正しい食べ方で、本来のうなぎのゼリー寄せは食べものじゃなかった。噛み煙草みたいに噛んで、味がしなくなったら捨てるもの。


 うなぎの骨が邪魔で飲み込むのは危険だという風潮もあったけれど、そちらの改善はなかった。現代になるにつれ、モッタイナイの精神で飲み込めるまで味が進化したけれど、骨は相変わらず取り除かれていない。うなぎにだって、骨はある。喉に刺さって死ぬことだってある。でも、骨、そのまま。この無頓着さはいっそ受け継いでいくべきだ。ここではないどこか遠い宇宙で。


 ところで正しい食べ方が広まらなかった理由の一つに「観光客フランスじんがうなぎのゼリー寄せを食べるリアクションを見て笑いたいがために正しい食べ方を黙り、不味くても我慢していた」という説があるけど、どうなんだろう。それが真実だった場合あらゆる意味で凄い理由だと思う。ネタだと思いたいのに、もしかしてという思いが拭いきれない。


 うなぎの眼球にアイスピックを刺し、木材の上に固定する。見た目がグロいから、躊躇せずにさっさと済ましてしまう方が精神衛生上良い。えらの部分に包丁を入れて、骨に沿って尻尾の先まで切っていく。お腹の部分まで切り開きそうになるけれど、ぐっとこらえる。

 尻尾まで包丁を入れたらパカッと身を開いて、内臓を綺麗に取り除く。うなぎの頭と背骨を包丁で切り離せば半分は過ぎたも同然だ。

 そのまま丁寧に反対の背骨と身の間に包丁を滑らせ、骨と背びれを切り取ったらうなぎの開きの出来上がり。


 そのまま身を適当な大きさにぶつ切りにして、その辺で見つけた白ワインに軽くくぐらせて血を洗い流す。本当は日本酒にくぐらせたらいいんだけど、あるわけないしね。あったら怖い。


 同じ調子で六匹ほどさばいたあたりで、手がチリチリと痛み始めた。ここらで休憩と、バーベキュー用の鉄串に切り身を刺し、軽く岩塩をかける。大鍋が置いてあるかまどの隣で焙っておけば、うなぎの白焼きが出来るはずだ。上手くいけば。


 大鍋の中では芋が茹でられていて、すでにしっかりと火が通っている。


 マヨネーズもチーズもあるし、あとでポテトサラダかジャケットポテトを作ろう。 

 血入りの白ワイン(やばいブツ)を丁寧に水で洗い流し、腕をまくる。


 次はゼリー寄せのゼリー部分、出汁を作っておこう。醤油も味噌もみりんも無いのが、本当に悔やまれるな。



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