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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
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特典映像 うなぎゼリー殺人未遂事件3

「とても魅力的なご婦人でしたね!」

「外面はね」


 トライフ夫人が帰った後、レイヴンは営業スマイルをひっこめ、いつもの不愛想極まりない表情で椅子に座っていた。

 そこに実家のような安心感をおぼえる。シャーロック・ホームズやレイヴンは、仏頂面の方が安心する探偵だ。


 明日行われるトライフ家の昼食会に招かれたのを喜んでいるのは僕だけで、レイヴン自身は両目を閉じて、修行僧のようにじっと動かなかった。

 元々、トライフ氏の手紙で招かれていた昼食会だ。先方に断りの手紙を書かずに済んで良かった。本当に良かった。ビジネス文章文例集なんてあるわけ無く、どう書いていいのかさっぱりだったので本当によかったあぁぁ。


 レイヴンがトライフ夫人に対してどんな印象を持ったのかはさておき、彼女はレイヴンに好感を持ったように見えた。


 そんな事を考えていると、レイヴンが何も言わず片手を突き出した。机に置いたままのティーカップと交互に見比べ閃く。相手のやりたいことを察するのも大切な仕事だって、ネリーさんとエルメダさんが言ってました。


「おかわり?」

「いいえ、紅茶はけっこう。それよりサイモン・トライフと、彼周辺の人間関係の資料を出しなさい」


 彼は片目を開け、催促するように手を動かした。なんだ、お茶のおかわりを催促されていたわけじゃないのか。ほっとしたのもつかの間だった。


「今、何と?」

「経験上、貴方の力量ならすでにトライフ家に関する資料を集め終えているはずです。私が手紙の処分(・・)を、本気であなたに任せていると思いますか?」

「はいはいはい、思いません! やる気になってくれて嬉しいです! 少々時間をいただき今すぐお待ちください!」

「落ち着け」


 僕は階上に駆けあがると午前中に調べ上げた資料の束をまとめて持った。階段を二段飛ばして降りると、その勢いのままレイヴンの前に置いた。


「こっちがヘンリエッタ・トライフ夫人に関係する記事の切り抜きです。彼女、ここ最近は夜遊びを控えているみたいですよ。トライフ氏に関する記事は静かなものでしたが代わりにトライフ氏の甥っ子のダラスが凄いです。喧嘩早いのか、ここ最近暴力事件を立て続けに起こしています。あとこっちはトライフ缶詰工場のここ一ヶ月の株価欄。業績が好調でかなり儲けているみたいです。戦争物資、長距離貿易船、探検隊なんかが保存食として買いあさっているせいかと」

「……たまには誉めるべきですね」

「そのセリフ、言葉通りに喜んでもいいですか?」

「裏があると分かっただけ、成長したと喜びなさい」


 資料に目を通し終ったレイヴンは、椅子の背もたれに体重を預けた。


「トライフ夫人は真実を言っていない可能性が高い」


 ファイルを閉じる音と共に吐き出された台詞に、思わずキターという顔文字を思い浮かべてしまったのは仕方ない。


「一つ、殺人を示唆する人物が家のなかに侵入してきたというのに、トライフ夫人は相手を恐れていない。家のなかで髪を整え、化粧を施し、身形を完全に整えて此処へやってきた。『主人が命を狙われている』と前置きしたように、彼女はトライフ氏の命が狙われていると思ってはいるが、自分が襲われ、殺される可能性を考えていないようです。


 彼女は美しく、社交界でも顔が知れた女性だ。恨みも宝石もさぞ持っていることでしょう。なのに、なぜ殺されるのがトライフ氏だけと思っているのか? ただのバカでそこまで考えがおよんでいないのか。夫の身を案じるあまり失念しているのか。はたまた殺人というスリルを楽しんでいるのか。それとももっと別の理由があるのか。


 彼女は『調べてくれ』とは言いましたが、侵入者を『捕まえてくれ』とは言いませんでした。言葉のあやでしょうか。それとも……彼女はすでに侵入者が誰なのかを知っているのか」


 レイヴンが考えをまとめる際に、自分の世界に入りこんでしまうのはよくある事だった。そして考えていることを口に出してくれるのは、聞き手としては大変嬉しい。


「二つ、血の入ったワイングラスを見たという騒ぎがトライフ夫人の自演である可能性は?


 もちろんあるでしょう。彼女は元女優で、存在しないもの相手に大騒ぎを起こすのはお手のものだ。侵入者は夜遊び好きのトライフ夫人がピタリと夜遊びを止めた時期に侵入をし、わざわざ彼女が起きて来たのを見計らったかのように、血の入ったワイングラスをテーブルの上に準備している。

 なぜ彼女がいる時期を見計らったのか。トライフ夫人が夜遊びを止めた理由は。なぜ騒ぎを大きくする必要があったのか。彼女の狂言だとすれば、私を訪問した理由はどういう意味をもつのか」


「血の入ったワイングラスでトライフ氏を脅そうとしたのは妻のトライフ夫人本人なんですか?」


「いいえ。結論を出すのが早すぎです。そう。状況だけ見るとトライフ夫人が自演したように見えると。ただそれだけのことです。彼女の話が全て真実だという可能性も捨てきれません。あなたと同じ、後先物事陰謀をいっさい考えていないお気楽な頭を持っていることだって、あるでしょう。


 問題なのはもう一人、トライフ夫人の話で疑わしい行動を取った人物がいたことです。

 看護師のアイリス。彼女はどうして灯りを持たずに来たのか。


 住み込みの看護師というものは、普通雇い主の寝室の近くで寝泊まりするものです。雇い主の体調が急変した際、すぐに対処できるように雇われているのですからね。

 トライフ夫人が階上から降りて来たというのならば、トライフ氏の寝室も上にあるのでしょう。


 だとすればアイリスも上部屋で寝泊まりしていると考えるのが当然。しかし、トライフ夫人の悲鳴が聞こえた後、アイリスはすぐに台所まで駆け付けてきています。

 トライフ夫人が真っ先にモーリーという女中の元に向かったのは、恐らくモーリーの部屋が台所から一番近かったからでしょう。


 トライフ夫人が悲鳴をあげ、モーリーを起こし、連れて台所まで戻って来る。その間に階上で悲鳴を聞いたアイリスが目を覚まし、室内履きをはき、寒さ対策のためにショールを羽織って階下に降りてくる。


 その行動を合理的と呼べるか。答えはノーです。

 昼間なら、アイリスの行動の速さも疑問に思わなかったでしょう。パタパタという音。そう、彼女は転びやすい室内履きで走っていました。

 暗闇の中で迷うことなく階段を下り、走る。屋敷内の間取りを理解していないとなかなかできない芸当です。


 しかし身支度を整えているのに、肝心の枕元の灯りを持ってくるのを忘れている。悲鳴を聞いたのなら、その悲鳴の原因となったものが何か知りたいと思うはずです。なぜ灯りを持たずにやってきたのか。そもそも……アイリスは本当に自室で眠っていたのでしょうか?


 暗闇のなかで走ることができたのは、すでに目が慣れていたからと考えれば辻褄があいます。ならば、なぜ暗闇に目が慣れていたのか。彼女は暗闇のなかで何をしようとしていたのか。勝手口の鍵を確認したのも、戸棚の中を覗いたのも彼女だ。彼女が『閉まっている』と言えば、勝手口も閉まっていたことになる。嘘をついているとしたら、理由は?」


 レイヴンは静かに口を閉じた。逆にゆっくりと両の目を見開き、何かの閃きを待ち構えているように見えた。

 ところで、さりげなく僕、さっきから超ポジティブ人間みたいな扱いされている。照れる。


「ショウ、明日トライフ家で行われる昼食会の料理を作りなさい」

「はい分かりましなんで?」

「落ち着け」


 唐突すぎるリクエストに驚いたのは僕だった。見知らぬ人の昼食会で、僕が料理を作る理由がさっぱりと見当たらない。


「材料はトライフ家にあるものを使ってください。もし、途中で『これを使って欲しい』と言われた食材があれば後で報告を」

「ちょっと待って下さい。レイヴンさん! もっと他に重要なことがあるんじゃないですか? 看護師のアイリスの身辺調査とか尾行とか張り込みとか情報収集とか!」

「あなたが警察に捕まるオチしか見えないので結構です。保釈金は払いませんよ」


 ……奇遇だね。僕もそうなるオチが見えたよ。しかしみんなが疑心暗鬼な会話をしている時に僕だけ台所ってひどすぎないかな。まるで隔離されてるみたいだ。……いや、そんな、まさかね。


「よそのお宅で突然料理をしたいと言ってもきっと断られます。それにさっぱり意味が分かりません! せめて理由の説明をお願います」

「向うには私から伝えておきますので。昼食期待してますよろしく」

「おまかせて」


 基本的に僕はちょろいと言われる人間なので、頼まれるとノーと言えない。それがレイヴン(またはリチャード、シスター・ナンシー、ジャクリーンさん)からの頼みごとだった場合、ノーなど存在しないのだ。


 探偵助手って意外と大変なんだな。世界的大手ファッション雑誌のカリスマ地獄編集長のアシスタントとどっちが大変なんだろうな。

 プラダは着ないけれど無理難題を頑張ってこなしてみよう。バーバリ-のコートは、来年買えるはずだ。


Prise a fool, and you may make him useful.

バカは誉めておくと、あとで役に立つかもしれない(バカとハサミはつかいよう)

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