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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
13/174

010 近道

 お待たせしました。こちらが噂の「帳簿」でございます。


 三分クッキングじゃないけれど、ある程度の取捨選択カットがないと一晩でロンドン市内全てはまわれない。全速力で馬車を飛ばしてもらい、ロンドン中をかけまわった。


 キースランドさんのお父さんが隠した水路の鍵は書棚に入っている旧約聖書(をくり貫いて作ったブックボックス)に隠されているので、上から三段目左から二番目の鍵を取るだけの簡単な作業。

 金庫の番号が書かれた紙は年老いて頑固になったテイラーさんの奥さんを説得し、彼女の大切にしていたオルゴールの中に刻まれた数字を見つけるが正式な流儀だけど、夜中に家まで行って説得する時間が惜しいし、僕が番号を覚えているので割愛。

 ロンドン地下水路。都市計画によって拡張されたこの地下世界アンダーグラウンドには、最新の地図に記載されていない死角空間がある。

 しかしルーヘンダックさんは小さい頃、お爺さんに何度もこの小部屋ひみつきちに連れてきてもらったらしい。部屋の特徴を言えば、今でも案内できると力強く断言してくれたので、大英図書館に忍び込み、昔の地下水路地図を盗み出すという危険も省略。


 約一時間ちょいで帳簿しょうこをゲットした。

 今夜だけ、僕のことを攻略サイトと呼んでくれ。


 ガタガタと馬車が揺れる。室内の空気は重く沈んでいた。一人として口を開かない。この沈黙を破る勇気のある者といえば、やはり、テイラーさんをおいて他にはいなかった。


「……キースランドの親父さんは医者でな、十年前、アヘン中毒の患者の増加を嘆いていた。彼と、俺の親父は友人で、二人でアヘンの流通ルートをさぐっていたんだ。そして、どこかの大物商会が関係しているところまで突き止めた」テイラーさんが口を開いた。


「ルーヘンダックのお爺様は良識的な船乗りだったわ。ある商会の運ぶ積荷の重さが記載されているモノと違う事に常々疑問を抱いていた。……私の夫は会計士だった。自分が帳簿を偽造していることも、アヘンの積み下ろしに関係した帳簿がロンドン中央銀行に預けられている事も知っていた」ミス・ワイズが続けた。


 アタスン・テイラーは怪しく思った大商人の家を個別に訪問して、それとなく阿片売買について匂わせる発言を繰り返し、自らの手でアヘンを流通犯人を掴まえようとしていた。最後にアタスン氏が訪れた商会の名前は「リンドブルーム商会」だった。


 残された記録から、家族はリンドブルーム船長こそ阿片の密売人であり、四人が口封じのために殺されたのだと思ったのだ。ワイズ夫人は力なく項垂れていた。


「リンドブルーム船長が仇だと思いこんでいたのに、影で操っていたのが『マーシュホース商会』だったなんて」

「正直今でも信じられない。これが無ければとりかえしのつかない事をしでかすところだった。ミス・フォレネストに何と償えばよいものか」


 テイラーさんの手には一冊の赤い革張りの帳簿が握られている。

 これが、皆の家族が命がけで盗んだ大切な証拠。ようやく灰じゃない状態でお目にかかれた。


 なお誘拐されたミス・エリザベスフォレネストことスーさんはただいま馬車を暴走させている真っ最中だ。時折、御者台に乗ったダックさんとキースランドさんの悲鳴が聞こえる。誰だ、手綱を渡したのは。

 三半規管は強いほうだと自負しているけれど、遠心力と命の危険を感じ過ぎて気持ちが悪い。警察の人は頑張って彼女のワイルドスピードを止めてください、お願いします。


 テイラーさんたち四人の大まかな事情を言い当てた僕は、彼ら家族の幽霊に頼まれて間違いを止めに来た者だと言った。君たちの物語を読んだ未来の一般人ですと言うよりかはマシだろう。この時代のロンドンに霊媒師や魔術師は沢山いるし、信じている人も沢山いる。


 迷信深い船乗りのルーヘンダックさんはあっさり信じた。ワイズ夫人もまた信じてくれた。彼女の場合、霊を信じているというよりもスーさんの誘拐に否定的だったためだ。

 他の二人への説得は彼女に任せることにした。この中で力が一番強いのはテイラーさんだけど、発言力が一番強いのはワイズ夫人だ。ちらちらテイラーさんがワイズ夫人のことを気にしているのは惚れた弱みってやつですかね。結婚式にはよんでください。


 一番重要なのは、彼らの内の誰もリンドブルーム船長を初めとした家族を殺す気なんて無かったと分かったことだろう。彼らの目的は、自分達の家族を殺した犯人を自白させること。そして罪をつぐなわせる事だった。


「街の情報屋からリンドブルーム邸の近くで人の来ない場所を教えてもらったんだ」

 得意げに語るルーヘンダックさんの口から「船長の孫を誘拐した後、時計塔に監禁しておくのは、いい案だと思ったよ」というセリフが出た瞬間、僕がサブミッションホールド狙いの特攻を彼にしかけたのも仕方ない。その時計の針がいったい誰の首を落としたと思っているのか。

 しかし同時にはたと思う。彼らが殺人を犯すような人間ではない事はこの短時間でよく分かった。ならば、誰がスーさんの首を時計盤の窓から出したのか。

 恐らくその情報屋が黒幕。間違いなくマーシュホースの手先だろう。

 何だか燃えてきた。絶対にデストロイオブザそいつの計画。


 この馬車は時計塔に向かって走っている。

 この四人がエリザベスさんを殺していないなら、エリザベスさんを殺した犯人は間違いなく時計塔にやってくる。もしかするとマーシュホース商会、ジェラルド・エルマーに繋がる貴重なシーンが見られるかもしれない。


「悪い奴をおびき寄せるため、スーさん、釣り餌にならない?」

「おじいちゃんの敵なら孫の私がブッ潰すってのが筋ってもんだろ? 当たり前よォ!!」


 囮作戦。

 ご本人の熱烈な希望により(強制的に)やる事が決まった、博打劇が幕を開けた。


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