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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
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第百十三幕 対策

【二日前/Side ショウ】


「というわけで、緊急ねずみ対策を考えることになりました!」

「お、おー?」


 ぱち、ぱち、と投げやりな拍手。

 寝ぼけたリチャードが、内容も聞かずに拍手をしている。寝ているところを叩き起こしたので仕方がない。無断で彼の部屋に入り込んだ件については後で謝るとして、今すぐ何とかしなければいけない課題について、共に考えてもらおう。


「はい、本日はあまりにリスに好かれているため、前世はドングリだったんじゃないかなと思わしきリチャード君にお越しいただきました。ネズミを何とかする良い方法は無い!? さぁ、ふるってくれ。ロンドンの知恵袋的な何かを!」


 正確にはお越しいただいたのではなく、扉ぶち破ってこちらから室内侵入したのだけれど細かいことを気にしてはいけない。うーん、と彼は寝台の上で目を閉じて唸る。油断すると、そのままグゥと二度寝しそうだった。


「友達になれば?」

 殺人鬼とは思えぬ平穏な案が出てきてしまった。

「むしろ、どうしてそこまでネズミを嫌うのか分からないなぁ。慣れたら可愛いよ」


 自分の骨格標本がネズミの巣にされている場面を見ても、まだ可愛いと言えるのか。おのれ、どれだけの胆力をお持ちなのか!


「小さい頃、ネズミに食べられてる君の骨を見てはっきりと理解したんだ。僕のDNAにはネズミは無理と刻まれているに違いないと。たぶん、前世はプロトゥンギュレイタムダネー同士の共食いで負けた方に違いなゲッフォッゴホッ!!」


 勢い余って盛大に咳き込んだ僕にリチャードは一瞬だけ驚いたが、すぐさま「いつものやつか」と目を閉じた。老化現象違いますから! 嚥下困難じゃないですから! 


「確かに死に様はショックだったけど、ネズミだって食べなきゃ生きていけないし、もう死んでたなら巣になっていても別に痛くないから気にならないよ。再利用(エコ)とやらにも貢献できたようで嬉しいし。ところでそのプロギュなんとかは分からないけれど、共食いで負けた側のなら生き残ってないんじゃないかな」

「正論は一切聞こえませーん! とにかく、人類はねずみに対して敗北の歴史を刻んで来た! 現代では質を高め、著作権とか放映権とか、主にライセンス的な立場において、金銭的優位に立ってきた!」

「ショウ君が、そこまで敵意を見せるのは珍しいよね」


 頭をぐらぐらさせながら、そうだ、とリチャードが指を立てる。まだ目が開いてない。あれは起きていない時の顔だ。


「ネズミ捕りを仕掛けるのは、どうかな?」

「それは、三角の穴あきチーズを使ってネズミを捕らえる、あの、ネズミ捕り?」

「それ以外のネズミ捕りを知らないから、そうだと思うけど」


 リチャードは思い出すように、しみじみと告げた。

「ばねの調整間違えると、捕まえられなくてね。真っ二つになって飛んでっちゃうんだよね。ポーンって」


 経験者は語る、みたいにそんな、眠る前の穏やかな表情で言われても困る。何、なにがポーンって飛んでるの。


「ごめん、ネズミ捕り案は無しにしよう。沢山仕掛けると、歩きにくくなるし」


 空飛ぶネズミとか、一番ノーセンキューだ。

 純粋なのか興味が無かったのか、そうだねと同意が返ってきた。


「あ」

 思いついたとばかりにリチャードが目を開いた。よし、ついに起きた。覚醒とは違う意味で起きた! つまり、ようやく起きた。おはようございます。


「ジャック兄さんちみたいに、猫を飼ったらどうかな?」

 これぞ名案、と言わんばかりに顔が輝いている。


「猫」

「ねこ」


 ごそごそと眼鏡を取り出しかけると、いつものリチャードに戻る。


「トマスが怒りそうじゃない? 『元いた場所に戻してきなさい』って怒りのあまり無表情になりそう」

「あー『自分の世話も出来ない馬鹿者が獣畜生の世話ですか?』って最大限の侮蔑を込めて言われそう」


 分かる―。自分の事のように分かるわー。

 もはや兄二人がダメ過ぎて一番下の弟がしっかりしてしまったという構図にしか見えないけれど、多分そう言われるわー。


 トマスが小さくなってから、リチャードがトマスを怖がらなくなったのは良い傾向だと思う。そしてトマスも、何だかんだで原作から比べると随分と丸くなった。


 おそらく彼は原作の父親人格と同一人物ではないのだろう。最初に相対した際に角材でミンチにした時の彼は、父親に近い存在だった。けれど、今の彼はジェイコブ先生やレイヴンによく似ている。


 時々考えてしまうのだ。映画の登場人物は原作の中から選ばれる。もちろん、選ばれなかった人物もいる。それと同じように作者の頭から原作の中に落とし込む際にも、こぼれた登場人物がいるのではないかと。


 昨日、レイヴンから『ユニコーンと盾』で働けと言われた時、トマスはしぶしぶだったが自分の仕事をこなしていた。皿洗いや給仕といった下々の仕事をまじめにこなしていた。

 それを見た時に確信した。彼の根にあるのは父親の人格ではないと。


 物語の名前は『ミステリアス・トリニティ』

 考察サイトでは犯人に関係する三つの点をあらわしていると言われている。


 リチャードが人格争いで父親に負けたのは、弱かったからなんかではなくて、本当は多数決で負けたからなのではないだろうか。トマスが謎に包まれた三人目だとすれば、タイトル的に伏線の回収ができる。


 では、本物の父親(トマス)はどこに消えてしまったのか。

 ここ一カ月近くリチャードの中にいるが、姿をみたことはない。隠れているのかとも思ったけれど部屋の扉は何度かぞえても三つしかなかった。

 消去法で考えた結果、面白い結論に辿り着いてしまった。


 僕が、本当は父親トマスだったとしたら?


 このおかしな考えを初めに思いついたのは、シスター・ケイトリンが「マイ・ロード」と呟いたあの時だった。

 あの時、表に出ていたのは父親の人格だったはず。けれどその時、シスターの前にいたのは僕だった。

 だからこう思った。もしかすると僕はトマスを潰して、この世界に定着したのかもしれない、と。


 昨日、ミシェルさんは「思い入れの強いキャラクターになれる」と言っていた。

 僕の場合はリチャードだけど、彼は多重人格者だ。父親もあの瞬間はリチャードといえる存在であったことは間違いない。


 それからトマスが小さくなっているのも理由の一つだ。

 あれは、僕が彼の中にあった父親の人格を吸いとったからじゃないかな。


 おそらく本編ではトマスと父親は完全に融合したのだろう。だから、今回も半分くっついた状態で現れた。

 けれど僕が父親の座についたことで、トマスは本来あるべき融合をしなかった。ならトマスと戦った時に感じた、初心者めいた感じも説明できる。

 トマスが僕のことを何度も「悪魔」と呼ぶのは、父親の存在を消してしまったから。

 リチャードが重症になるまで出てこなかったのは、あの日まで僕がずっと出ていたから。


「リチャード、変な事を聞くんだけど」

「どうしたの」


 改まってまじめな顔をすると、真剣な空気が伝わったのかリチャードも姿勢を正した。

「僕、君の中にいた父親(トマス・ライン)と同じ顔してたりする?」

 リチャードは何を言っているんだこの人はといった表情で僕を見つめ返して来た。

「何言ってるのさ。君、一カ月前までは父さんだったじゃないか」


「うごあああ! さっさと質問しておけばよかっゲッホー!」

「そうやって、とつぜん錯乱するくせ、やめてくれないかなぁ!?」

 頭を抱えて転がる僕に怯えるリチャード。


 答えは、目の前に転がっている。

 問題なのは、僕が彼らに直接質問できるという単純かつ最強の環境を生かし切れていなかったことだ。


 ようやく疑問が一つ消えたけれど、ぽつりと芽吹いたある一つの疑問がゾッとするような感覚を産み落とす。


 僕、元々はどんな顔?




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