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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
120/174

第百九幕 水路

「まさか、そんな。バカな。そんなはず、あるわけない。そうであるはずがない……そうか! 私はだまされないぞ、それは盗品だろう!?」

 デルマンの口調から気取ったフランス訛りが抜けた。最初からそういうしゃべり方なら良かったのにと心の底から思う。

「盗んでいませんよ。これは僕の家のものです。ねぇ、アリス」

 アリスが無言のまま頷いたことによって、彼は正確に、僕が誰だか理解した様だった。赤らんだ顔から、一気に血の気が引いていく。化学反応みたいな、劇的な変化だった。


「アリスの経歴を知っているのならば、僕の事も少しはご存じでしょうか?」

「嘘だ。なぜ、伯爵があのような場所へ……ありえない、ありえない……」

 その点に関しては、自分でもそう思う。

「面白いウワサを聞いて顔をだしていたのです。世間での僕の通り名をご存じでしょう? 謎々を収集する変人。閉じこもるだけしか能のない世間知らず。あぁ、大人になっても人形遊びをしている不能ってのもありましたか。自分では結構、人前に出ていると思うんですけどねぇ。どうしてか、皆さん。僕とは会わなかったと思っているようで」


 そこまで喋って、口を閉ざす。


「それで、デルマンさん。僕に何か言うことがあるのではないですか?」

「はぇっ?」

 本気で分かっていなさそうなので、親切に全部教えてあげた。

「ごめんなさい、は言えますよね?」

「ご、ごめんなさい」

「聞こえません」

「さ、さ、さきほどはたいへん失礼な物言いをして、申し訳ございませんでした」

「……それだけぇ?」

 デルマンはくしゃりと顔をしかめて、泣きそうになった。


「冗談ですよ。その変な顔に免じて許してあげます。ところでアリス。先ほどから聞こえる水の音は何ですか?」


 なにやら自失しているデルマンは放っておいて、部屋の周囲に掘られた側溝へ視線を向けた。ザアザアという音が足の下から、かすかに聞こえる。


「ここは地下の下水路と隣接している部屋だから、きっとその音ね。向こうで死体やごみを流しているの。テムズの底に沈めば誰にも見つからないもの。良い場所よね」

 この部屋は本来、秘密の脱出口として作られているように思えるが、当初の目的とは違う方面での脱出口として生かされているようだ。地下牢があることといい、この建物がどういった目的で作られたのか気になる。いや、それよりも今は他に気にすべき点がある。

「ここにも、水が?」

 目的は死体遺棄などではなく、東より先、海に至るまでの広域水源(テムズ)を汚染することなのではないか。そんな気がしてきた。

 『ユニコーンと盾』を標的に選んだのは、あそこを拠点として船乗りたちを感染源にするため?


 共有井戸があるということは、地下水源があるという事だ。その周囲に民家が集まる。近くにはテムズ河。孤児院も近く、水はけが悪い。空倉庫が密集して並び、船着き場が近くにある。

 衛生、などというものが本当に感染を防ぐ効果があるのなら、手を洗う習慣などない『ユニコーンと盾』の客は感染を拡大する上で、最高の人材に思えた。


 だが、街中に病をばらまいて、どうするつもりだ? 確かにロンドンを押さえればヨーロッパ、もしかしたら中国、インド、アフリカあたりにまで、感染が広がるかもしれない。


 だが、それだけだ。

 コレラで死ぬ人間は少ない。百年前ならいざ知らず、いま命を落とすのは、栄養失調のガキか老人といった弱者ぐらいなもの。

 病人を増やして、弱いヤツを排除して「聖母」という奴はいったい何がしたいんだ?


「水が、何か?」

「いいえ。何も」


 まぁ、いい。謎解きは僕の仕事ではない。詳細は本職に任せるとしよう。それに早くしないと猫馬鹿がつっこんで来てしまう。

「向かいに並んでいる樽は何のために置いてあるのですか?」

 壁際には巨大な樽がワイン蔵のように、横向きに重ねて並べられていた。

「あれは、聖水置き場ね。この部屋で儀式をする時には、最初と最後にあそこで禊ぎをするの。汚れた罪を洗い流すためにね。今日は、空になっているわ」

 聖水が、タルに入っている。神聖さもずいぶん身近になったものだ。中身はただの水だろうな。積み重なった山を見ていると、閃くものがあった。


「ねぇ、デルマンさん。さっきはあなたが謎を出しましたよね。今度は、僕から一つ出したいと思います」

 この提案にデルマンはあまり乗り気ではなかったが、隣のアリスが興味を示した。

「あら、すてきね。一体、どんな謎なのかしら」

「ちょっとアリス! 失礼よ」

 勿体ぶって肩を上げると、アリスとデルマンが互いに顔を見合わせた。執事の男は無表情のまま。ただ、わずかに足の重心を動かした。


“手持ちのナイフは?”

(右手に三、左手に三。右足に三、左足に二、内ポケットに五)

‘これからどう行く?’

(初手でアリスかデルマンを狙えば、すぐに執事が向かってくるでしょう。その間に狙わなかったどちらかが逃げるでしょうね)

“デルマンは反射神経が良くないから、事態を飲み込むのに数秒かかると思うよ。殴りかかってくる度胸もないね”

(彼が反応して逃げるとすれば、猶予は五秒といったところでしょうか。アリスは?)

‘攻撃はない。すぐに逃げるだろうけど、きっと動きは遅い。階段に着くまで三秒ってところじゃないかな。あのスカートにハイヒールじゃあ、階段をあがるのだって一苦労だよ。執事君を壁にして、彼女から見えないように動けばいい’

(彼らの目の前で魔法陣を壊してやったら、どんな悲鳴をあげるんでしょうね)

“祭壇を壊したら良い反応しそう。ああ、忘れないで”

(何ですか?)

“今日は君が主役。僕たちは眼鏡がないからよく見えないけれど、君は違うでしょう?”


 それは、僕に主導権を全て握らせるという意味に聞こえた。


(気味が悪いですね。普段は僕を表に出そうとしないくせに。いったい、何をたくらんでいるんですか)

“たくらむって……。間近でアクションシーンを堪能するには、当事者じゃなくて傍観者になったほうがいいと気づいただけだよ”

 一人の答えに、引きつった笑いが漏れた。

 そういった類いの答えを予想していたが、予想を更に下まわる答えだった。


“じゃあ、切り替えるよ。後は頑張って。向こうは三人。だけどこっちも三人(・・)だ”

ぶっちゃけ(フランクリースピーキング)、君一人でもじゅうぶん過ぎるほどなんだけどね’


 分かっているじゃないですか、君たち(・・・)。片側の口の端を持ち上げる。後で非難されても、僕は聞かないよ。





「問題です。僕は誰でしょう」

「ライン卿、ですよネ?」

 戸惑った表情のデルマンに外れ、と首を振る。

「リチャード様?」

 小首をかしげるアリスに外れ、と首を振る。

「あとは君だけ。執事君どうぞ」

「私など、答えるに値しない者ですので……」

 こちらに対する警戒がはねあがる。

「答えて。今日は殴られるし、縛られるし、牢に入れられるし。散々な日だから、多少君が失礼なことを言ったぐらいじゃあ、怒らないよ」

 手を広げて答えを求めた。解を求めた。執事は苦々しい顔をしながら、たった一言、こう告げた。


「あなたは敵です」


 今までの中で、一番正解に近い。だが、不正解だ。

 範囲が大きすぎる。もっとピンポイントで答えてくれなきゃ。

「うーん、惜しかった」


 Who am I ?



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