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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
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第百八幕 小物

「ごめんなさい。何もせずに連れ出したら周りに怪しまれてしまうから。後で解いてあげるわ。本当に、ごめんなさい」

 そう言って縄を取り出すアリスは口ぶりに反してうれしそうだった。

 縄があるならばショウの素人芸(ムチ)が使えるし、相手を縛りあげる事もできる。手鎖で縛られるのならば文句の一つでも言っただろうが、縄ならば……と思っていた三十秒前の自分に思い直せと言ってやりたい。

 相手を縛る際は服の下に刃物でも隠していないか調べるのが常だが、そのようなこともなく淡々と縄を巻かれていく。警戒されているのか、そうでないのか、いまいち判別がつかない。結ぶ側である執事は一切、口を開かなかった。どうやら「僕」も彼にとって上に値すると理解したらしい。だが、チラチラと睨みをきかせていることには気づいていた。アリスの魔性の女ぶりには恐れ入る。


“アビゲイルも将来、魔性の女になるのかなーって、なってたな。魔性ではなく魔女になっていたな……” 

 思い当る節でもあったのか、ショウが声がすっと遠くなる。セミの抜け殻のような声だった。


「足元に気を付けて」

 後ろ手のまま執事をくっつけて歩いて行く。僕の行動を警戒してか、ぴったりとマークされたのは好都合だった。男の死角から隠し持っていたガラスの欠片を落としていく。


 地下迷宮(ダンジョン)は思っていたよりも広大で、奥に向かうに連れて蝋燭の灯りが少なくなっていった。遂に光源は、先導するアリスの持つ手持ちの燭台一つだけとなった。

 廊下の突き当りには、また階段がある。らせん状の階段は、最初に降りてきた階段よりも長く、深い。

 下手をすれば地球の中心まで届くかもしれないと疑い始めた頃、ようやく終着点が見えた。段数が多いせいで感覚が狂っているのか。ふわふわとした気分のまま下った先は、遮るもの一つない地下空間だった。壁面には赤と緑の垂れ幕。奥に設置された十字架が、場違いに豪華であった。


「どう、この部屋は。このクラブの中で圧巻のすばらしさでしょう?」

「そうですね、すごいですね」

 部屋を埋め尽くさんばかりに、白いチョークで円陣が描かれている。

 東、西、南、北、正確に配置された魔法陣。読める文字、読めない象形。そういったものが、床や壁、天井など場所を問わずに書き連ねてある。知識として知ってはいるものの、魔法陣なんてものが実際に使われているところを初めて見た。

 壁面にずらりと並んだ蝋燭。岩肌が照らされ、チョークの描きこまれていない部分が黒蛇のようにぬらりと光っていた。


 それ以外では野戦病院を思わせる空間だった。温かい死臭、手遅れだと分かる甘い腐敗臭、鼻につく刺激臭とすすり泣き。痛みに耐えかねたうめき声に、カラカラに乾いた皮膚片と体液のにじんだ包帯。そういった、朽ち果てる寸前のものがボロボロと、あちこちに散らかっていた。


 部屋に足を踏み入れた瞬間、なぜかこの部屋のことを「懐かしい」と思った。

 人の形をかろうじて残した者たちが壁際に並べられている。眼球がくぼんでいて、まともに見えているのか疑わしい。時折引きつっているのは生きているからか。それとも、今まさに死の淵に飛び込もうとしているのか。それすらも分からなかった。

 近場にいた一体に近づくと、かろうじて胸を上下させていた。


 開かれた眼球は長時間酸素に晒されたのか白く濁っている。全身と顔に何本も走る深いしわ。曲がった手足。染みのようにまだらに黄色模様を描く皮膚。やせ細った頭髪に白い色は見えず、かろうじてダークブラウンだと判別できる髪がちらほら残っていた。近くにある、どれもがそうであった。干からびたミイラ。何の間違いか、墓から甦り、自由のきかない体で苦しんでいるように見えた。


 ミイラをよく見ようと腰を屈める。例の執事が止めようと近づいてきたが、アリスに止められた。忌々し気な舌打ちを聞きながら、ヒューヒューとした音を出す老人をじっと観察する。


「おくすりのじかん?」


 その舌ったらずな喋り方で、僕は目の前のミイラは老人では無く、まだ幼い少女なのだと知った。



 こんなくだらないモノにするために、僕は狙っていた獲物をかすめとられたのか?


 あんなくだらないモノのために、悲鳴すらあげない生ける屍(つまんないもの)にしたのか? 


 気が変わった。

 デルマンは殺す。そして、この場所にいる連中も殺そう。

 跡形もなく潰し、残らず燃やしつくそう。思想の塵芥すら、思考した脳髄の一片すら、存在を許さず無にしよう。


 偽物はいつか消える。だからその前に、本物にしてやる。ここが"悪の嚢"だというのなら、名にふさわしい場所へ変えてやる。


「あら、もう来ていたノ? ようこそ、私の作った祭壇へ」

 タイミングよく背後から聞こえた特徴的な声。

 デルマンのものだと、振り返らずとも分かった。ゆっくりと振り返れば、視線の先に勝ち誇った笑みを浮かべたデルマンがいた。

 さっきまで着ていなかったローブを身につけている。やたら豪華な刺繍の司祭服だ。色は赤と緑。悪趣味なクリスマスカラーだが、さっきまでのデルマンの服を知っていれば「どちらかといえばマシになった」という感想になる。

 彼は一人で姿を見せた。護衛の姿は、どこにも見当たらない。動揺をさとられる前に、疑問を口にした。

「この部屋は一体?」

「生命を吸い取る祭壇。貴方もじきにこれの一部になるのデス」

 彼は自信に満ちた声色で言った。冗談を言っている気配はない。


「ひとつ、謎を出してあげましょう。アナタの目の前にあるソレは何歳に見えますか?」

 ソレ、と差された少女へ視線を落とす。


「お年を召した方に見えますが」

 見た目は歳をとっているように思える。だが、綺麗な、美しい頭蓋骨を持っている。元気であれば、さぞ良い悲鳴をあげるだろう。しなびていなければ、恐怖を感じるだろう。

 けれど今は、すっかり疲れ切っていて感情も、痛みも、全てが無くなっている。なんてことを、してくれたんだ。


 僕の答えに、デルマンは自らの髭をつまんで伸ばした。

「正解は~、六歳でした! どうして、こうなったと思いますカ?」

 答えずにいると、勝手に相手が答えを披露してくれた。

「無知なアナタには難しい問題でしたかね。答えは命を吸い取られたからですヨ! それは抜け殻、搾りかすです」


 眼球の陥没、手足のシワ、脱水症状に栄養失調。

‘失語’

 これはコレラの重篤症状によく似ている。魔術ではない。この場所に寝ている全員がそうなのか


 デルマンの言葉をアリスが引き継いだ。

「若ければ若いほど、残りの寿命は長くなる。だから子供を集めてたの。いらなくなったものを処分する代わりに、世の中に必要な人間はいつまでも生きていられる。魔法陣で吸い取った寿命をふさわしい人に売って私たちは利益を得る。普及すれば、不老不死も夢じゃない」

「貴方も健康で若いから、そこそこの寿命が収穫できると思います」

「デルマン、その事で話があるのだけれど」


 もしかして、こいつら。

‘病気だと思ってない。本気で自分が起こした生命を吸い取る魔術だって信じてる’


「……小物」

‘だね’


 反抗的な気配を感じたのかデルマンはアリスから視線をそらして僕をにらんだ。けれどすぐに自分の優位さを思い出し、平静をとりもどす。

 僕は視線をアリスへと向けた。

「本当に、この男と手を組んでいるのですか?」

 アリスは困ったように肩をすくめた。

「彼はロンドンでも一流の、腕の良い魔術師なのだもの。ねぇ、デルマン。あなたが何をされて怒っているかは知らないけれど、許してあげられないかしら。彼、良いお客様になってくれるわよ」

 デルマンの胸元に頬を寄せたアリスに反応したのは執事だけだった。

「アリス、あなたの頼みでも無理よ。この平民は私を二度も馬鹿にしたのだからネ!」


(君から見て、アリス・アシュバートンはどんな女に見えますか)

‘計算高く、打算的。自らの武器は利用する。交渉専門? 旦那と執事、両方の手綱をうまく握ってるんだから、落としどころを見つけるのがうまそう’


「平民、平民ね」

 僕は自分を縛っていた縄を解く。あっと声を上げたのは誰だったか。

 自由になった右手で前髪をかきあげると、後ろに流した。わざと見せつけるように掲げた腕のカフスボタンには家紋がついている。

 ようやく、何も遮る物のない世界が広がった。色味が少ないのが残念だが文句は言えまい。やけど痕のない顔に冷笑を浮かべ、デルマンを見あげる。

「おまえっ、縛られていたはずでは……それは、その家紋は?」


 これの意味が理解できないのならば、質屋としてのデルマン・トナーの目利きはそれだけだったということだ。小物から、虫けらに格下げにしてやりますよ。




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