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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
118/174

第百七幕 神殿

 アリス。キャロラインと共に、僕たちの世話をしていたハウス・メイドの女。

 エルメダ、シャーロットと共に、自宅の地下牢にいた時は随分と世話になったものだ。食事を運ぶのは彼女たちの役目だった。おかげで昆虫食に抵抗が無くなった。思い出すだけで忌々しい。


「溝で野垂れ死んだと思っていました。どうしました、墓から出てくるなんて。姉の復讐でもするおつもりですか?」


 彼女(アリス)は、父親のお気に入りの一人だった。

 キャロライン・アシュバートンとアリス・アシュバートン。てっきり処分されているものだと思っていたが、姉と共に生き延びていたか。姉のキャロラインは結婚して体形が変わっていたが、こちらは髪の色が変わっている。


 かつてアリスは金髪だった。だからこそ目の前にいる茶髪の女が同一人物だと気づくのに時間がかかったのだが。鮮やかな金髪が年を取るにつれ茶色ブルネットへ変化するのは、よくあることだ。


 リチャードがエルマーの屋敷でかたくなに夫人を見ようとしなかったのは恐れていたせいもある。昔のキャロラインは虐待に近い愛を注ぐ女だった。

 いまだにリチャードはメイド服を見るだけで怯える。身体が勝手に反応するのだから、同じ体を使っている僕としては迷惑極まりない。

 逆に、ショウはメイド服を見る度に喜び「本物だ」と騒ぐ。メイド服に本物も偽物もないだろうが。こいつもまた、別の意味で迷惑だ。あいつら二人、何とか足して割れないものだろうか。


 シャーロットが男物を着ていたのは、自分こそ跡取りであると信じ続けていたからだが、エルメダが男装をしているのはリチャードがメイド姿の彼女を恐れたためだ。なかなかの喜劇だった。余っていた燕尾服を身に纏ったのは追い詰められた結果。苦肉の策だったが現在では着ている当人も気に入っている様子が見られる。


 キャロラインが刺されて死んだと聞いた時は、内心、手を叩いて笑っていた。置き忘れていた帽子が十年ぶりにみつかった時のような、愉快な気持ちになれた。

 シャーロット自身は、相手がかつて自分を虐げた女だと覚えていなかっただろうし、彼女たちの様子から察するに相手もそうであったのだろう。シャーロットは、自分に都合の良い事以外、すべてを忘れる。


 ただ、キャロラインの事は「何となく気に食わない」と思っていたかも。

 キャロラインの腹にいた子供を取り出したのは、シャーロットなりに過去の経験から導きだした優しさだったのかも。

 自分みたいな目にあわされないように生まれる前に救い出してやったのかも。

 全ては推測。死んだ者の考えなど分かるはずもない。 


「キャロラインのことは、どうだっていいわ」

 仮にも姉を失ったと言うのに、随分とあっさりとしたものであった。前触れのように舌なめずりをする彼女の癖は変わりなく、相変わらずであった。

「ならば、なぜ僕に興味が?」

「なぜ。そうね、なぜと問われると、答えるのは難しい。運命が、あなたをこの場所へ導いたと思ったから。私はそれを受け入れた。それじゃあ答えにならないかしら」

 運命、という単語ほど無責任なものは無い。必然、では強すぎる。曖昧な縁がいつの間にか互いを引き寄せ合う現象を、何と呼べばいいのだろう。

「最初は私も夫に連れられて来たのだけれど、今では私の方が深くこのクラブに根付いている。あなたが来たのは天の意志。私の力が必要になったから、導かれたの」

 アリスは噛み締める様に告げた。

 そもそも彼女に「夫」などという存在がいること自体が驚きだったが、後ろの執事の姿を見て納得した。「夫」の付き添いが例の赤毛の女……ミランダだとすれば、彼女の連れ合いは。


 変わらない名字、僕と認識した瞬間に射殺しそうな視線を向けてきた当主、オカルトに傾倒した娘。狂った家族関係。

 アリスの弟、ヘンリーがかつてそうだった。姉に気のある男に向ける、殺意のこもった目線。何と言ったかな……あの、依存関係のことを。

“シスコン”

 それだ。二人の姉に対して、弟はあまりにも献身的だった。献身的過ぎるほどに。


 この女は恐らく、僕たちと同じ方法をとったのだろう。

 つまり血が近いもので子供を作り、自分の精神を移植するという方法を。父親に付き従い、子供の面倒を見ていたあの姉妹なら方法も熟知していたはずだ。

 一度他人の養子にでもなれば姓は変わる。その状態で実の姉と弟が結婚しても、詳しく調べない限りは血縁関係にあるとは思われないだろう。赤毛のヘンリー・アシュバートンは姉と関係をもったわけか。おとなしそうな見た目でよくやる。いや、むしろ向こうから嬉々として迫ったに違いない。


「……本当、どこもよくやりますよね」

 普通は実践しようとは思わないことを。なぜこうも、やすやすと。

“黒魔術で一時期ブームになったとか……前トマスはロンドン暗黒街でカリスマ的存在だったから真似した人が続出したとか……”

 嬉しくないフォローをどうも。

「誰と喋っているのかしら?」

「独り言ですよ。で、このクラブは結局、何ですか?」

 僕からの質問にアリスは一瞬、不機嫌そうに眉を寄せた。

「ここは神殿よ。罪悪と生命を量り売りし、限られた者だけが訪れる事を許される神聖な場所(クラブ)

「……人身売買をしているのに、神殿ですか」

「間違えないで。私たちはただ金欲しさに奴隷を売買するような下賤な商売をしている訳じゃない。無垢なる魂、穢れの無い天使を集め、この大英帝国を更なる高みへ昇らせる。その一翼を担っているのよ」

 彼女は穏やかな女性としての仮面を剥がし、初めて怒りを面に出した。しかし、すぐに自分の役割を思い出し、ほほ笑む。


「崇高な目的のために集い、結成された集団。不老不死、老いる事のない永遠の命を求めてたどり着いた。我ら【悪の嚢】こそ到達者。ライン卿、貴方も永遠を求めていたのでしょう? 前の貴方の方法は失敗続きだったけれど、私たちはもっと完全で確実な方法で、永遠を見た!」


 恍惚とした女の表情に、嘘は見えない。彼女が本気で「永遠の命(そんなもの)」の存在を信じているのならば当然と言える。永遠の命とやらが、ここにある。本当に存在するならば。


“永遠と延々って交互に言うと顎疲れるよねー”

 あー、つかれますよねー。


 永遠の命やら、運命やらには興味がないので、アリスに隠れて耳を掻く。アビゲイル・アシュバートンの存在は僕らと同じく失敗とみなされ、アリスは代わりの方法を探していたのか。いや、待て。この女、さりげなく僕の存在も失敗の中に含めましたね。


「そんな馬鹿な……。ライン卿と言えば、狂人として有名な、あの……」

 一方で、アリスが僕の名前を呼んだ瞬間、後ろの執事に恐怖と戸惑いが生じていた。

 あの? どの? たいへん嬉しい反応をありがとう。そういうのを待っていたよ。

 僕が誰であるか信じたくない様子だ。処分されるとでも思っているのだろうか。

「殴られたのは自業自得なので気にしていません。だが、私の名を、気安く口にしないでいただきたい」

 目を眇めると、二人は少しだけ怯んだように体を揺らした。


「私達はお互いに財産を持ち寄って高みを目指しているの。人売りもその事業の一環。子供は奇跡の材料にも、お金にもなる。その辺に溢れていて、少しでも優しくしてあげれば直ぐに信じて自ら寄って来る。東の孤児院はどこも協力的でね、定期的に納品に来てくれるし」


 孤児院そのものが子供の収集を目的として作られたのならば、警察へ失踪届けが出される事も無い。誰も真剣に探すことなく、最初から数を数えられなかった子供達は名簿上「ゼロ」のまま処理される。


「他にもね、貧乏な家族に、子供と引き換えにお金をあげるって打診するの。子供に恵まれない裕福な家庭が欲しがっているんだって。そうすれば、神様みたいに崇めてくれる。離れる時『大切にしてください』とは言ってくるけれど、いなくなった子を探しに来た親は一人もいない。本音を言うなら、彼らにとって「邪魔」でしかなかったのよ。そんな不用品を再利用してあげているのだから、誰にとっても良い結果と言えるでしょう?」


 自己弁護でもしているのだろうか。僕の気を引きたがっているのか。一度に”好みの話”を並べる彼女は、商売人の眼をしていた。

「そうですね。子供は儲かるのですか?」

 僕は持ちえる中で最高に気分が良い時の顔を作った。

「ええ。今回も大口の注文を受けたの。数が間に合わなかったから、その辺りで集めたけれど質は保ってる」 

 僕の興味が引けたと安心したのか、アリスの肩から力が抜ける。

「注文者は?」

「相手の事は詮索しない。それが長生きをするコツよ。私たちは上役のあの方の事を『聖母様』なんて呼んでいるけどね。そうそう、貴方の興味をひく商品が下に置いてあるの。見たいかしら?」

「えぇ、とても見たいです。ああ、そうだ。今度で良いのですが、子供を、数人ほど手配してもらえますか? ちょっとした趣味(・・)で使いたいので」

 貴方様(・・・)なら、必ずそう仰ると思っておりました。そう言って、アリスは嬉しそうに笑った。


「貴方の立場と資産をもってすれば、もっともっとより良くできる。名立たる貴族や、有望な議員、一流の商人……そういった人たちが賛同し、集まって来るに違いないわ。マーレボルジェ・クラブは発展する。選ばれし者達として地下で、永遠の輝きを得る。貴方もまた、選ばれたのよ」


 アリスは白い手を差し出し、今度こそ、僕は彼女の手を取った。 



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