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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
112/174

第百一幕 飲料

「それでは、私の番ですね。アシュバートン氏からの依頼は、一週間後に行われる仮面舞踏会を中止しろ、という脅迫文の主を特定する事でした」


 レイヴンが静かに口を開いた。他三人は緊張した面持ちで唾を飲み込む。そして互いに目配せをした。


「その『かめんぶとうかい』ってェのは、なんだ」


 代表して聞いたのは、ハーバーだった。

「仮装したまま皆で食事をしたり、踊ったりすることです」

 レイヴン先生は、詳細を省いた簡潔な説明で答えた。


「面倒くせぇな。そんなもん中止した方が世のためになるんじゃねえか」


 そうだねと僕は同意する。死人も出ないんじゃないかな。

 皮肉交じりに云うハーバーに隠れて、今度は「トクテーって何だ」とゴドウィンが疑問符を飛ばしていた。何という向上心。まさか、学生キャラまで網羅してしまうのか。君達いったい、どこへ向かおうと言うのか、チンピラ二人組。

 先に進まないと判断したのか、レイヴンはそのまま次へと話を進めてしまった。


「脅迫文の主はアシュバートン氏の娘でしたよ。来週、予定通りに会は開かれるでしょう。問題は、何故娘がそんなものを出したのか、という事ですが……どうせサボリたかったとか、親にかまってもらいたかったとか、そういったくだらない理由なのでしょう。そう思いますよね、ショウ?」

「そそそ、そう思います、レイヴンさん」


 レイヴンがこちらを凝視していた。もしかすると、彼は、アビゲイルが僕を呼ぶために脅迫文を出したところまで勘づいているのかもしれない。


「仮面何とかと言えばよう。デルマンの野郎も確かぁそんな事を言ってたなぁ」

 ゴドウィンの言葉に、ハーバーが続ける。

「あー、いつにも増して、すっとんきょうな服買ってた時になぁ」


 アシュバートン家の仮面舞踏会にデルマン・トナーが参加するならば、目的は何だろう。アシュバートン家の誰かと交友を深めるのだろうか。それより何より、すっとんきょうな服の詳細が気になって仕方ない。すっとんきょうって単語、僕、ちゃんと覚えました。


「いま、デルマンって言いました?」

「ヒッ」


 間近で聞こえた女性の声に、顔を突き合わせて相談していた僕達は反射的に背筋を伸ばした。

 声をかけてきたのは、看板娘のローズさんだった。いつもは明るいおでこの光が、今は不機嫌そうに曇っている。


「デルマンって、言いました?」

 もう一度、彼女は言った。その声には隠そうともしない不機嫌さがにじみ出ている。


「い、言ったよ。服、悪趣味って。ね!」

 咄嗟に選択した話題は過去のものだったが、そうだそうだとハーバーが同意を示してくれたので、ローズさんの不機嫌なオーラが少しだけ和らいだ。


「それならいいんですけど」

 良いのか。彼女が依然として此方を怪しんでいるのは間違いなく、此方の上から下までどこかに綻びがないかと、疑いに満ちた視線を走らせている。


「デルマンが、どうかしたのですか?」

 この中では一番の美形、レイヴンが柔らかな微笑みを浮かべた。


 よし。いけ、行くんだ。女ったらしで歯の浮くようないつものセリフを並べて誤魔化してくれ!

 心の中で応援をしたのに、探偵からは黙っていろというお達しが視線にのってやって来た。


 何も言ってないです!

 隣を見ると、ゴドウィンとハーバーも僕と同じように己の口を押えていた。向こうがコクリと頷いたので、此方もコクリと頷きを返す。思う事はみな同じだったらしい。


「あの男、最近またウチに嫌がらせを始めたんですよ! ウチだけじゃない。この付近の酒場や家、お金にモノを言わせて無理矢理全部、買いしめようとしているみたい」


 ぷんすか、という効果音がつきそうなほど分かり易く、ローズさんは怒っていた。


「前から強引な形で土地を買い取ろうとしていたんですけれど、ここ最近それが酷くって! もう、あいつの名前聞くだけで、こう!」


 そう言って、雑巾を絞る時の手付きを、彼女はしてみせた。想像のなかで彼女は一体何を絞めているんだろう。


「それは、それは。災難でしたね。警察には届けましたか?」

 動じた様子もなく、レイヴンは続ける。


「警察なんか当てになりゃしないわ。最初のころは言っていたけれど、最近じゃ『忙しい』の一言で、嫌がらせ受けているって聞いても知らんぷり。何が街の警邏よ! 今は父さんやお客さんがあいつを追い払ってくれるけど、いつか卑怯な手を使ってきそうで……妹達が心配だわ」


 ぽつりと呟いたのは恐らく彼女の本音だ。ローズさんは弱気になっていた。そりゃそうだよね、きっと怖いよね。


「おーい、ローズちゃーん! おかわりー!」

「はーい! あっ、ごめんなさいね。変な事を聞かせちゃって」


 遠くのテーブルから注文が入り、ローズさんは慌てて注文の品を取りに行ってしまう。ポニーテールを揺らしながら去っていく彼女を見送りながら、デルマンという男の危険度を改めるべきかと思い悩んだ。


「この辺一帯を買い占める……そんな金が、デルマンにあるのでしょうか?」

 レイヴンの疑問に答えられる人は誰もいなかった。


 気まずそうにゴドウィンがエールを飲み干し、僕も倣って何の気なしに木杯に口をつける。

「!?」

 そして吐き出した。

「ウワッ!?」

「汚え!」

「い、いやいやいや! ごめん、わざとじゃない!」


 袖口で口を拭いながら、慌てて弁明する。

 そして、そっと木杯の中を覗いた。水、に見える。透明な水。

 だけど味が水じゃない。生ごみ、と言うべきか。下水道の味、とでも言うべきか。とにかくそれは今まで飲んだ中でも我慢できないくらい酷いものだった。


(自殺を希望なら言ってください。いつでも喜んで殺してあげます。だから、僕を、自死に、巻き込むのは、いい加減、止めなさい)


 あ、はい。起こしてごめんね。ワンフレーズずつだと、凄く聞きやすいよ。ありがとう。

 白いハンカチで口を抑え、トマスが蘇った。ふらふらと悪い顔色はまるで幽鬼のようだ。

 でも良かったー。今の味が変だと思ったのは自分だけでは無かったようだ。いや、他人からみれば一人なのだけど。

 これね、水のような液体。そう言って彼にも杯の中身を見せた。

「とても、まずい」

 もう一杯! と冗談でも言えないくらいマズイ。

 日本人は舌が肥えている、というけれど僕には当てはまらない。ゲテモノだろうが、マズイものだろうが、ある程度なら食べられる。ジェイコブ先生の二日酔いに効く液体すら飲み込めた。

 けれど、これは無理だ。口に入れた時点でアウト。水じゃない。少なくとも飲料用という範疇からは逸脱している。


「なに? どうしたの?」

 ローズさんが、異変に気付いて駆け寄って来てくれた。

「水が不味いんだと」

「贅沢な」

 僕に代わって、ハーバーとゴドウィンが応えてくれた。

「えぇ?」

 これにはローズさんも困り顔だ。だがマズイものは不味いのだ。


「水が飲みたいって言うから、わざわざカルキの入った調理用の水を渡したのよ?」

 彼女は少しだけ怒っていた。つい習慣で「お水下さい」って言ってしまった僕が責められるのは甘んじて受け入れよう。それでも、この水を他の人に出してはいけない。これは間違いなく、健康を害するものだ。


「その水、見たい」

「……何よ、文句でもあるの?」

「見たい。お願いします」

 不穏な空気が漂ってきた所に、思わぬところから助け船が入った。

「私からも、お願いしていいですか」

 珍しくレイヴンが口添えしてくれ、ローズさんも諦めた様に息を吐いた。やはり持つべきものは顔の良い兄だー!


「分かった、好きなだけ見て頂戴。納得したら、もう邪魔しないでよ!」

 乱暴にドスドス歩くローズさんの後ろに、ちょこちょこ付いて行く。先程からの問答に、周囲から好奇の視線が向けられていた。


「ローズ、どうしたの」

 厨房から外に出ると、目の前に井戸があった。

 その隣では、どこか暗い印象を受ける少女が芋の皮むきをしている。ヴァイオレット。『ユニコーンと盾』三人娘の次女だ。僕が勝手にケイトリンの娘さんだと睨んでいる娘さんでもある。


「この人がね。ウチの水がおかしいって言うの!」

「……ヘェ」

 木製樽の蓋に手をかけながらローズさんが説明してくれた。ヴァイオレットさんは心底軽蔑した視線を僕に向けている。あんたなんかに水の味が分かるの? とでも言いたげな表情だ。


「ほらっ、好きなだけ見てよ!」

 ゴトリとした重い音と共に蓋がずれた。中を覗き込めば、エールとは違う、墨汁のような色の水面が揺れている。

 僕は樽の蓋をローズから奪い取り、閉めた。

「納得できた?」

「はい、しました」

 今見た事実を口に出すべきかどうか悩んで、僕は遠回しにローズに問いかけた。

「この水、きょう使った?」

「今日? スープ作るのに使ったけど……」


 彼女が全てを言う前に厨房に戻る。そしてかまどの上に乗っている鍋を見つけた。火からおろされているが、まだ中は温かい。


 僕は鍋を担ぐと、再び外に出た。

 そして看板娘二人の前で、スープの中身を土の上へとぶちまけた。



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