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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
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009-2 ベンジャミン・リンドブルーム(上)

【リンドブルームの手記】


 これから書き記す忌まわしい出来事が公平性に欠け、私的な感情によって綴られてしまうことを許してほしい。

 私には、船乗りが持ち合わせる迷信への熱い情熱も、商人が抱く科学への憧憬も無い。ただただ、冷静であるが故にこの成功をつかみ取って来たという老骨ならではの自信があった。

 しかしどうだろう。自分には説明できぬ事柄を目の前にして、私の自負心や冷静であった心などはあっと言う間に霧散してしまった。

 この得体の知れない恐怖は歳のせいだろうか。それとも、過去の亡霊の足音を間近で聞いたせいなのか。この愚かな人間の告白を読み終わる頃には、君はきっと私という人間に幻滅している事だろう。


 まずは十年前のアタスン・テイラーの誠実さについて、私は自分が間違っていたと認める事から始めよう。中流の弁護士の家に生まれた彼は、父親の血を受け入れた誠実で、立派な弁護士だった。

 彼は上の方々との交流が深く、彼は恰幅の良い紳士ならではの腹を揺らして笑う癖があった。


「実のところ、リンドブルームさん。私が今からする話は貴方にとって面白くないでしょう」


 ある日、私の家に尋ねてきたテイラー氏は思いつめた様子であった。私と彼との交流など数えるほどしかなく、そのどれもが平穏で温かく終わったものの、少なくとも突然の来訪という無礼を許せる間柄ではなかった。


「驚くべき量の金が必要なのです、それも今すぐに。仕事ならば何でも致します。船の積み荷を誤魔化す事など、私にとっては造作もないことです」


 借金の申し込みには慣れていた。しかし、テイラー氏がアポイントメントも取らず堂々と家まで押しかけた上に、不道徳な申し出をしてきたという事実に、私は驚きと同時に強い失望を覚えた。


 私が其の時、愉快で謙虚な紳士であるテイラー氏を疑いさえしなければ、もっと言えば、彼の事情を聞いていさえすれば……彼がテムズ河で冷たくなる事もなかっただろう。


 私は彼を酷く怒鳴り付け、恐ろしい罵り言葉を吐きつけると、家から追い出した。そうして固く錠を閉ざし「あいつを二度と家に入れるな」と家令に強く言い付けた。

 彼が家を去る時、家令が私に不思議な事を告げた。


「旦那様、先程のお客様ですが」

「もう彼の事は金輪際話さないでくれ」

「はい、ですが」


 この普段羊のように従順な執事はある物事に対して、時折、驚くようなこだわりを見せる事があった。


「先ほどのお客様ですが、旦那様に追い返されて、どこか安心していたご様子ですよ」 

 それはまったく理にかなわない行動に思えたが頭に血の上った私に、テイラー氏の真意など測るべくもなかった。 


 次の日、何気なく新聞を読んでいた私の目に飛び込んで来たのはアタスン・テイラー氏の遺体がテムズ河で発見されたという一報であった。


 医師レイモンド・キースランド、会計士のエイムワース・ワイズ、船乗りのマーティン・ルーヘンダックの三名もまた、遺体で発見されたとの事である。


 彼らは昨晩ロンドン中央銀行に強盗に入った四人組の特徴と一致しており、おそらく金銭を巡って口論となった際、誤って馬車ごと河へ転落したのであろうとの見解だった。

 彼らが盗んだものについては、どこにも書いていなかった。金塊だろうが宝石だろうが。おそらくテムズ河の底に沈んだか、銀行の努力によって持ち主の所へ戻ったか。そのどちらかであろう。


 私がテイラー氏に抱いていた怒りは本物であったが、死人に対して怨恨を持つのは正当では無いと囁く冷静な部分があった。同時に、彼が銀行へと押し入り死んだのは自分が借金を断った所為なのではないかと責任を強く感じたのだ。


 彼の葬式に金を出そうとしたが、残ったテイラー氏の家族に断られた。特に、未亡人となったマーガレット・テイラーが私に向ける眼差しと言ったら、それこそ家畜に向けるのと同じものであった。


「金の為に、私の夫を殺したな!」


 彼女は震える声で私に詰め寄った。彼女は悲しさのあまり、きっとおかしくなってしまったのだろうと私は相手にしなかった。彼女の傍らには幼いテイラーの息子が所在なさげに佇んでいて、きっとこの子は苦労するだろうと私は同情した。


 これが、私が知るアタスン・テイラーの全てであり、十年間変わらない事実であった。


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