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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
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第九十五幕 休戦

「それで今日、貴方を此処に呼んだ理由なんだけど」

「いま僕を殺しても良いことないです。本当に」

「……貴方、よく人の話を聞かないって言われない?」

「ここ最近、耳にタコができるほど聞いてますね」


 何故分かったのか。これが俗に云う観察力の差、というヤツなんだろうか。別名「余計なことにいち早く気づいて真犯人に消される力」とも云うね。諸刃の剣を使いしものよ、くれぐれも傲ることなかれ。そなたの眼前に真実があるとき、背後には死が潜んでいるのだ。おっと、名言。

 鈍感でも、いいじゃないか。世の中、多少鈍い方が生き残りやすい。映画的にも、TRPG的にも。そんな負け惜しみを言わせてもらう。心のなかで。


「確かに私は貴方に……いえ、トマスに対してね。持ちうる全ての知識と力と経験を使って復讐したいと思っているわ」


 ――それは、ほっけの開きを作っちゃうぞー的な意味の、全力でしょうか?


 それは勘弁してもらいたい。僕の疑念は、残念ながら「ほっけ」という英単語が分からなかった為、未遂に終わった。


「でも、それも今は後回し。貴方の口から直接聞きたいと思って今日は呼んだの。ねぇ、リチャードとトマスは、まだ誰も殺していないのよね? 貴方の理解が及ぶ範囲では」


 突如真剣な顔つきになったミシェルさんに、頷く。


「詳しい方法は言えませんが、まだ誰も殺してませんよ」

「前から気になっていたのだけれど、貴方、どうやってトマスと交渉しているの?」


 呆れた様子で呟くミシェルさんに「いえ、特に何も」と、くもりなき眼で答える。例え見えなくとも、この清んだ心の美しさは伝わる筈だ。


 実際、トマスとはそれほど親しい訳でもない。

 共に歴代名作ホラー映画鑑賞会をしたり、感想を言い合ったり、現実ばなれした肉体言語での会話を少々したりと……その程度の間柄だ。トマスの映画評が面白いからつい、調子にのって色々と観せたけれど後悔はしてない。ゴアとグロはファンタジーなのだ。

 あと、リチャードはヒストリカル・シーアニマルチャンネルが気にいっていた。なかなかのマイナー、いや、通だ。五時間ほどミトコンドリア/LIVEの映像を見ながら微動だにしない時は、寝ているのかと思った。がっつり見ていた。その姿はちょっと怖かった。


「……何だか胡散臭いわ」


 目を半分閉じて此方を睨みつけてくるミシェルさんは仮にも過去、または未来のトマス被害者。

 迂闊にホラー映画を一緒に観てますなんて言えば、内容をなぞって殺されてしまう。問題は、どちらが加害者になるのか分からないところだ。今のところ確率は50:50。怖い。ホラーなんかより、こっちの方が怖い。


「そういえば、今日、ゴドウィンとハーバーに路地裏でカツアゲされました。レイヴンに助けてもらったので未遂でしたけど」

「ちょっと、それって」

「はい。ミステリアス・トリニティの最初。そのままですね。展開が早すぎることを除けば」


 沈黙が落ちる。


「私、マーシュホース商会を引き継いだでしょう? それで最近、ロンドンの街の噂を集めていたの。その中には貴方の起こしたであろう事件もあったわ。貴方、とても分かりやすい動きをするから。すぐにどこで何をしたいのか見当がついた」


 これは分かりやすいと褒められているのかな。それとも貴様の行動などお見通しだと言われているのかな。


「でもね、少し前から貴方とは別におかしな動きが目立ちはじめた。貧民街の子供が消えたり、無許可の地上げ屋に金が流れていたり、ね」

「人身売買か、誘拐?」

「本編に沿っていないなら、それもあり得るけれど……」

 ミシェルさんは顔を曇らせた。本編通りなら、消えた子供たちは既に死んでいる可能性が高い。そして今の状況は本編に酷似している。


「率直に言うわ。貴方たちの代わりに、誰かが似たような事件を起こそうとしている」


 脳裏にアンデル監督、いやバグショー署長の憂鬱な悪役引きつり笑いが浮かんだ。


「言っておくけど、アンデル先生は関係無いわよ」

「心を読むのはお止めください」

 てっきりそうだと思ったのに。


「アンデル先生は貴方とリチャードの人格を消滅させて、トマス主体で殺人を行う事に全力を注ごうとするタイプ。実際、今回のイレギュラー。彼はとても怒っているわ。原作通りに進めたいのに、まったくの別人が犯人と入れ替わろうとしているのだから」

「納得できてしまうところが悲しい」

「本来なら、アンデル監督の引継ぎ者である私と、トムの引継ぎ者である貴方。二人だけがこの世界に招待される筈だった。けど、私の推察通りなら、この世界には私達以外にも外の世界を知る人間がいる。これから起こるストーリーを知っている、招かれざる、三人目の客が」


 ごくごく常識的に考えると、一般ファン枠の僕が招かれざる三人目の客だと思う。真剣な話なので腰を折るのは止めておこう。恐らく、その隠れた三人目が本来の文章引継ぎ者なのではなかろうか。


 ミシェルさん視点で僕がトムの後継としてミステリアス・トリニティの続き書くのはほぼ確定事項なのでしょうか。無理なのに。そんなに僕の英語筆記点(ひどいげんじつ)見たいの?


「……やはり僕も気に入りません。トマスとリチャードの人生抜きの『七つの謎々』なんて。まるで米と刺身を抜いたお寿司です」

「ワサビしか残ってないわよ。……そんな訳で、今日は貴方に一時休戦を申し込むわ。私は貴方を監禁して殺すのを冬まで中断する。アンデル先生も納得済みよ」

「初耳ですけどいつの間に始まってたのそんな戦い、今すぐ、一時と言わず永遠に中止してください。ええい、誰かまともな正義感を持つ監督はいないのか!?」

「ホラーやるなら、理性や常識はお捨てよ」

「捨てないで拾ってお願いだから」


「それで、休戦には同意してくれる?」

「休戦もなにも、僕は一切合切の暴力沙汰を排他した、のほほん日常を楽しむミステリアス・トリニティを求めてやってきた人間ですよ? 登場キャラクターが死なないなら願ったり叶ったりです」

「そう、なら同意ね。良かったわ、何事もなく無事に会談を終えられて。最初はまた言葉が怪しくなっていたから不安に思っていたけれど。貴方、やればできるじゃない」

 え、と声が詰まる。

「僕、流暢に喋っていましたか?」

「ええ。途中から、意外なほど」

 汗が流れる。

「どれくらいの時間ですか?」

「そうね、少し前から。どうしたの? 顔色が悪いようだけど」

 そうだよね。忘れていた訳じゃないんだけど、アビゲイル・アシュバートンは君の好みド真ん中だった……。




 目を開くと見知った部屋(フロア)が広がっていた。

 灰色の床に天井、そして三つのドアが付いた壁。傍らには見慣れた映画館の椅子がぽつんと一つ置いてあり、スポットライトに照らされている。

 他にも彫像が一つ、ソファが一つ。コートハンガーと鏡、そしてシャンデリア。


 心象風景としては少し寂しすぎる光景。これがリチャードの精神世界。その表玄関。ここに居る人が、外界との接触を担当している。同時に数人の人格がいた場合、一番「我」の強い人格が表に出ていく。


 まず、リチャードはカゲロウもびっくりするほど自我が薄い上に、部屋から出てくることが滅多にない。リチャードが表に出たときは、大抵、僕とトマスに関わる何らかの事故に巻き込まれてしまった形だ。

 最近では、リスに会うために表に出たいと言ってくることもあるけれど、それ以外は大抵寝ている。彼が起きるのは二日後かもしれないし、三十分後かもしれない。


 そして、トマスも普段は部屋に鍵をかけていて、余程の事がないと呼び掛けには応じない。余程の事とは、水曜エンドレスシネマで「捕食者」か「ディープ・オールド・ワン」をやるほどの事だ。

 なので、表玄関には基本的に僕一人でいることが多い。


「トマース」

 ホールに反響した声がこだまする。返事は無い。

 不気味な静けさのなか、彼は今もどこかで話を聞いているという確信があった。

「ねぇ、ちょっと。返事してー。さっきから盗み聞きしているの、君だろう?」

 呼びかけながらホールを一周まわってみたが、反応がない。

 諦めて中央の椅子に戻ろうとした瞬間、天上にぶら下がっていたシャンデリアの影が揺れた。


「そうきたか」


 中型とは言え、なかなかの質量を持つ硝子の塊が降って来る。

 こういう時、どんな顔すればいいのか分からない。笑えばいいのかな。使いどころが間違っているという自覚を抱きながら天井のシャンデリアは椅子ごと僕を押しつぶした。


 この前一緒に見たあれがまずかった。オペラ座の、あれ。



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