召喚
信じがたい話だが、先ほどまで部屋にいたのに、気がつくと大勢のおっさんに囲まれて魔法陣の真ん中に座っていた。
信じがたい話だが本当だ。
俺の運の悪さも大概だったが、まさがゲームを始めようとしてスイッチを入れたら魔法陣の真ん中に座っている、なんて経験はこれまでに一度くらいしか無い。
異世界召喚というやつだな。知ってる。
あの時は、不完全な知識で書かれた召喚陣のせいで、俺の頭に角が生えたり、その角に宿る魔力を巡ってよくわからない争いが起きたが、見る限りだと今日の魔法陣はなかなかしっかりしていて破綻がない。
頭を触ってみても妙なものが生えている感触はない。
やるじゃん。
周りを取り囲むおっさんたちがどよめいている。
「なぜ神器の召喚で、人間が?!」
「まさかあの若者が神器なのか……」
「しかしどう見てもただの人間にしか」
「魔力感知にも変わった点はありません」
などなど情報が飛び込んでくる。なるほど、言葉は分かる系のあれですか。
これはあれだ。
おとといから我が家にかってに居候している自称聖剣と間違って呼ばれたパターンかも知れない。
というのも、家に帰る途中に妙な言葉を使う剣に呼びとめられ、「ムニャムニャ、ポン! どうだ、これで私の言葉が分かるだろう。道を聞きたいのだが」みたいな妙なまじないをかけられるという事態となったのだ。
どうも話を聞くとのる電車を間違えてしまったらしく、外国人にはありがちだと親切に正しい行き先を教えてやったのだが、魔力を貯めるために数日間家に泊めてほしいと言ってきた。
無視して帰ったのだが、どうやら俺の後をつけていたらしく、玄関開けたら後ろから高速で飛来してきた剣が、向かいの壁に突き刺さったの記憶に新しい。
あの剣、壁の補修代とか出せるのだろうか。
「おい、貴様っ。おいっ、聞いているのか!」
はっと気がつくと、兵士らしき人間が俺に槍の石突を向けていた。
槍の穂先ではなく殺傷力の低い反対側を向けているのは、好感度高まる。
俺は両手を上げて、兵士のおじさんと目を合わせた。
「いったいなんだこれは、俺は何も悪いことはしていないぞ」
とりあえず主張しておこう。
中学生のころ、スキー旅行で吸血鬼と勘違いされて拉致られたことがある。
色々原因はあったのだが、あれは俺がもっと積極的に理解を得ようと立ち回っていたら起こらなかった誤解だ。
最大の原因は、我が家で飼っている前世が魔王の犬が、正体を知る俺ころそうとしょぼい呪いをかけまくってくることにある。
まさか生水をくさく感じる呪いと、鏡の前で髪を整えようとすると鏡に映らなく呪いが吸血鬼だと誤解を招くことになるとは。
スキー旅行から無事帰った際には、犬を折檻して腹いせした。ニンニクを肛門に注入することにより、近所の犬仲間から臭いとかなり嫌われた様子だった。
あの犬を可愛がっている妹からはかなり怒られてしまったが。
あの家から出た今だに、犬から遠隔の呪いが一ヶ月に一回の頻度でかけられるのはもうどうにか勘弁して欲しい。
「俺はとりたてなんの特技も持たない男だぞ。家でくつろいでいたところを急にこんな、なんだ。どういうつもりだ」
ざわざわと場が騒ぐ。
どうやら彼らにとってイレギュラーが起きていることは確定的に明らかなようだ。
「さあ帰せ、俺は役に立たんぞ! いても無駄飯を食うだけだぞ」
大の字に仰向けになって俺はわめく。
すると俺を囲む兵士たちのあいだを、大柄の男が割って入ってきた。
「申し訳ないが、少し待ってもらえぬか」
どこか威厳を感じるが、それにしては若い男だ。
いかにも貴族というような絢爛な服を着ているが、その下には鍛えぬかれた分厚い身体があるのを見て取れた。
というのも、俺の住むアパートの隣部屋には筋肉自慢の気さくな兄貴が住んでいる。
ニートなので筋トレくらいしか趣味がないという話をしていたのだが、近所で謎の戦闘員に襲われた時に救ってくれた覆面ライダーは体つき的に明らかに彼なのだ。
そういうわけで俺は、筋肉から人を識別できるというどうでもいい特技を持っていなくもない。時たま役に立つ。
ただし筋肉の付き方とか関係ないくらい人間とは体の構造が違う魑魅魍魎とかもいなくはないのであまり役には立たない。
一反木綿の夫婦の痴話喧嘩にさらにその兄弟が出てきた時とか、正直誰が誰なのか全く分からなかった。人は全くわからない時、とりあえず曖昧な笑みを浮かべて頷くだけの機械となる。その時の俺がそうだった。「真面目な話をしている時にヘラヘラするな」とかとばっちりで怒られたがどうしようもない。お前らだってヒラヒラしてんだろ、みたいな。
まあそんなこんなの経験を活かし、全く状況の読めない今は神妙な顔をして貴族の男の案内で客間へと通された。
俺がいた、魔法陣の書かれた部屋はダンスホールか何かだったらしく、すぐそばに控室のような部屋がいくつもあったのだ。
この部屋の配置にしろ、兵士たちの服装にしろ気にかかることがひとつある。
俺がここに来る直前に始めようとしてたゲームで見たことがあるのだ。