獄炎灼氷
「今日はここで一泊するか」
デュベル達がビルラ町に着いた頃には、もう夕方になっており、辺りは夕焼けで朱く染まっていた。
「おい、また奴らが現れたらしいぜ!」
「くそっ! 今月でもう3回目じゃないか!」
普段は静かなビルラ町なのだが、今日は騒がしい。
デュベル達が歩いていると町民の話し声が耳に入った。
「どうしたんだ?」
デュベルは近くにいた二人組の町民に尋ねる。
「おお!あんたは旅の者か」
「最近、この町によくビュリオン盗賊団という盗賊団が現れるんだよ」
「金品を奪い、抵抗する者は容赦なく殺す極悪な奴らさ」
(ふ~ん、まあ俺にとってはどうでもいい話だ。人間の問題は人間達で解決してくれ)
デュベルは再び歩き出そうとした。
「特にあの頭領の女盗賊、美人だけど悪魔のような女なんだよ」
「ああ、大人しくしてれば普通の美女なのにな」
それを聞いたデュベルは足を止めてニヤニヤと笑い出す。
「ほう……そりゃ、お仕置きが必要だな、フフフ」
「あ、あんたまさかビュリオン盗賊団を倒してくれるのか」
「フフフ、俺を誰だと思ってる?」
デュベルの言葉を聞いて、ナギサも目を輝かせる。
「さすが勇者様! 困っている人は見過ごせないんですね!」
ナギサの言葉に、近くにいた町民達がいっせいにデュベルを見る。
「勇者様? もしかして、あなたは勇者様ですか?」
「魔王だ」
「なるほど、勇者マオウ様ですね!」
(またこのパターンかよ……)
デュベルは溜息をついた。
◆
夕方とは打って変わって、ビルラ町の夜は静かだった。
デュベルがビュリオン盗賊団を倒すと宣言したお陰で町民は安心したのだろう。
外は酒場以外の町灯りは消えている。
デュベルはナギサ、セルティア、コナの三人を見た。
三人ともデュベルの催眠魔法が効いているようだ。ぐっすり眠っている。
(さすがに女の子を危険な目に遭わせるわけにいかないからな)
デュベルは微笑むと、静かに部屋の扉を開けた。
◆
「勇者……」
宿の外に出たデュベルは自分を呼ぶ声に足を止める。
「……フッ、コナには効かなかったか」
デュベルが振り向くと、案の定コナが立っていた。
魔法使いは魔法耐性が強い。レベルが低いとはいえ、魔法使いであるコナにも魔法は効きにくいのだ。
「どこにいくの……?」
コナがデュベルを見つめる。
「ちょっと酒場で一杯引っかけようと思ってね」
「嘘……ビュリオン盗賊団を倒しに行くんでしょ……」
「ビュリオン盗賊団を倒すのは明日だって言っただろ」
「それも嘘……あなたにかけた嘘判別魔法が反応している……」
「ははは、こりゃ一本取られたな」
嘘判別魔法。今、コナが覚えてる唯一の魔法である。
使い道の無い魔法だと思っていたが、まさかこんな使い方をされるとはデュベルも思っていなかった。
「ああそうだよ。今夜、俺一人でビュリオン盗賊団を倒す。そのために作戦も練ってあるんだ」
デュベルの作戦はこうである。
予め町民の間で大金を持った勇者が一人でビルラ町に来たという情報を流してもらう。
その情報を聞きつけたビュリオン盗賊団は、デュベルが夜に酒場に行ったときにでも襲撃するだろう。
その襲撃しに来たビュリオン盗賊団を返り討ちにして、ビュリオン盗賊団のアジトを聞き出し、残党を片づけた上で、頭領の女盗賊をハーレム要員にしようという算段である。
「なぜ私達は連れていかないの……?」
「女の子を危険な目に遭わせたくないからさ。それに夜遅くまで起きてると肌に悪いしね」
「私は構わない……だから連れて行って……」
「だからさぁ……」
「私はあなたの秘密を知ってる……」
その言葉にデュベルは動きを止めた。
「どういうことだ?」
「あなた……魔王ね……」
「そうだけど?」
「違う……勇者マオウじゃなくて魔王……」
「いや、俺は最初からそう言ってたよね!? なんだよ、勇者マオウって! あと、さりげなく俺が勇者マオウって名乗ってるような言い方しないでくれるかな!」
「……」
「ああそうだよ、俺は魔王だよ! で、それがどうしたの!? まさか、それが秘密ってわけじゃないよね?」
「……?」
デュベルの問いに、コナはキョトンとした顔で返す。
「そうなのかよ!」
デュベルは呆れた表情でコナを見つめた。
「で、どうするんだ? 俺を殺すの? 君には無理だと思うけど」
「そんなことしない……私も魔界の出身だから……」
「え?」
デュベルは目を丸くする。
「私はずっとあなたを捜してた……」
「まさか……ベックスの奴が密かに送り込んだのか!?」
「……? 違う……私はあなたの婚約者……」
「え? 何それ? 初耳なんだけど!」
「かつて魔界で愛を誓い合ったのを覚えてないの……?」
「そんな記憶ないんだけど……」
戸惑うデュベルにコナは顔を近づける。
「私は“獄炎灼氷”……。思い出してくれた……?」
「いや、もうわけがわからないよ!」
デュベルは困った顔をして項垂れた。
(そういえば国王がコナのことで困ったらこれを読めって言ってたな)
城を出る前にエレット国王から一通の手紙を渡されたのをデュベルは思い出す。
デュベルはポケットから手紙を取り出し、開いた。
『勇者マオウよ。この手紙を読んでる頃、お前はコナのことで面倒なことになってることだろう』
「うん、今まさにそれだ」
『実は、コナは今、重い病気にかかってる』
「な、なんだって!?」
『その病気とは、自分の妄想がさも現実であるかのように思い込んでしまう精神病なのだ。そして彼女の妄想では、自分は魔界出身の“獄炎灼氷”であり、魔王の婚約者であるという設定らしい』
「あれ、全部設定かよ!」
『特に勇者マオウは“マオウ”という名前だけに、彼女に誤解される可能性が高いだろう』
「それに関しては、誤解してるのはアンタの方だけどな!」
『コナが大人になれば、病気も治り、思い出しただけで枕に顔をうずめて足をバタバタさせることだろう。それまでは彼女の設定に適当に付き合ってやってくれ』
「結局、丸投げかよ!」
◆
デュベルは咳払いをして、コナの方を向く。
「な、なあ……獄炎灼氷……」
「……!? 思い出した……?」
「あ、ああ…確かに俺は魔王だ」
(これは本当なんだけどな)
デュベルは顔を引きつらせながら続けた。
「そしてお前は獄炎灼氷。かつて愛を誓い合った俺の婚約者だ、そうだな?」
「嬉しい……思い出したのね……」
「ああ、だからこそお前を危険な目に遭わせたくないんだ」
「嘘つき……」
「……は?」
唖然とするデュベルに対し、コナは真剣な眼差しを向ける。
「あなたはどんなときでも私と一緒にいると言った……」
(言ってねぇ! そもそも、この前出会ったばっかだろ!)
「いや、でも、今回の敵は大勢いるみたいだし手強そうだから……」
「昔……私はあなたと二人で百年騎士団を壊滅させた……。その時にあなたは『俺には君の魔法が必要だ』と言った……。忘れたの……?」
「壊滅させてねえ! ってゆうか百年騎士団って何だよ! それに、お前ちょっと前まで魔法使えなかったじゃん! どんだけ都合良く設定ねじ曲げてんだよ!」
デュベルは一気に疲れが押し寄せた気がした。