冒険の書
「なんかおかしくないですか?」
ナギサがデュベルに問いかけた。
「エレット王国を出て10分ほど経つんですよ。どうしてモンスターの1匹も現れないんですか?」
ナギサが懐中時計を見ながら言う。
エレット王国の外はモンスターが少ないわけでは無い。10分ほど歩いていればモンスターの2、3匹現れてもおかしくないのだ。
「魔力切れか故障なんじゃないか?」
「そんなことないですよ。この時計はこの前買ったばかりですし、魔力もまだ残っていますから」
そう言ってナギサはデュベルに時計を見せる。
確かに時計はちゃんと動いていて、魔力も残っているようだ。
「モンスターと戦わないに越したことはないじゃないですか~」
「でも、それだとレベルが……」
嬉しそうに言うセルティアに対し、ナギサが鞄から冒険の書を取り出して見せようとする。
冒険の書。それは冒険する者が一人一冊、必ず持っている本である。
中にはレベルやモンスターの討伐数、これまでに行った町が記されており、本に施された魔法で自動的に更新される。
また、レベルや職業に応じて、魔法や技が記されたりもする便利な本だ。
「ほら、見てください。私たちまだレベル……あれ?」
「ふえぇ~」
冒険の書を開いたナギサと、それを覗き込むセルティアが驚きの表情を見せる。
「ちょっと見てください、これ!」
ナギサは手に持っていた冒険の書をデュベルとコナに見せた。
「どれどれ? バスト82、ウエスト56、ヒップ84……か」
「ちょっと勇者様! どこ見てるんですか! そっちじゃなくてレベルのところです!」
ナギサは顔を赤くして、デュベルを睨む。
「レベル……6……」
コナが冒険の書に書かれたレベルを読み上げる。
「そう、そこです! 私達、モンスターと遭遇すらしてないんですよ! エレット王国を出るときはレベル1だったのに、なんでレベルが上がってるんですか?」
「ふえぇ~、確かにおかしいですね~……」
動揺するナギサとセルティアを尻目に、コナも自分の冒険の書を取り出す。
「私もレベル6……」
「ほら、やっぱり変ですよ! それに討伐数も78匹って……。これじゃ8秒に1匹討伐してる計算になりますよ!」
「ふえぇ~、そんなことより、あそこにモンスターがいますよ~」
セルティアが指をさした30メートルほど先にはスライムがいる。
スライムはデュベル達に気づくと向かってきた。
「とりあえず、この話は後にしましょう」
ナギサ、コナ、セルティアは冒険の書を仕舞うと武器を構える。
25メートル、20メートル、15メートルとスライムは少しずつ近づいてくる。
そして、10メートルの距離まで近づいた途端……、突然スライムは消えた。
「えっ……!?」
三人は呆然と立ち尽くす。
だが、デュベルはその光景を見ながら納得した様子だった。
「なるほどな、そういうことか」
「え? 何が起こったんですか?」
「冒険の書を見てみろ」
デュベルに言われる通り、ナギサは冒険の書を開いた。
「討伐数79匹……1匹増えてる……!?」
「この1匹は今倒したスライムだ」
「ちょっと待ってください! 今のスライムはいきなり消えたんですよ!」
「消えたんじゃない、消滅したんだ」
「どういうことですか?」
「あのスライムはレベルが低すぎて、俺のオーラに耐えられずに消滅したんだ」
「えっ?」
「あのスライムだけじゃなく、冒険の書の討伐数にカウントされてるモンスターも俺のオーラに耐えられず消滅したんだろう。だが、俺のオーラによって消滅したのだから、俺達が倒したということになり、レベルも上がっているんだ」
「つまり、歩いているだけでレベルが上がるってことですか?」
「そうなるな」
「す、すごいですね……さすが勇者様」
「まあ、もう少しレベルの高いモンスターが出てくると、こうもいかないだろうけどな」
ナギサはもう一度、冒険の書を見る。
そこには『討伐数:84匹』と記載されていた。
◆
「ベックス殿! 勇者一行がもうじきビルラ町に着くそうです!」
伝達役のモンスターの声が魔王城に響く。
「な、なんだと!」
ベックスの顔が青ざめる。
「ということは……魔王様は勇者にやられたということか……!?」
デュベルはエレット王国に勇者を倒しに行った。そして、デュベルが倒すはずの勇者が隣町のビルラ町の辺りにいる。
デュベルの性格上、勇者を見逃したとも考えにくい。となると、デュベルは勇者に殺されたとしか考えられない。
「そ、そんな……バカな……」
「あ、ああ……」
近くにいたベックスの部下も絶望の表情を浮かべる。
自分達より遥かに強い魔王を倒してしまった勇者なのだ。どう足掻いても勝てるはずがない。
「それでベックス殿。次の魔王は誰にするんでしょうか?」
「デュベル様の親族はヴェデット様しかいない。だが、ヴェデット様はまだ若すぎる……」
「しかし、早く新たな魔王を立てないと、反魔王派に勢いを与えてしまいますぞ」
その時、部屋の扉が開いた。
「ヴェデット様!」
そこにはデュベルの妹のヴェデットが立っていた。
「話は聞かせてもらったわ。私が次の魔王になります!」
「し、しかし……今のヴェデット様にはまだ荷が重い」
「そこは何とか頑張るわ。今すぐ新魔王就任の儀式の準備をしなさい!」
「はっ!」
ベックスと部下達はすぐさま部屋を出た。
部屋に誰もいなくなるのを見計らって、ヴェデットは泣き崩れる。
(勇者め……絶対に許さない……お兄ちゃんの仇は必ず取ってみせる)
その日、ヴェデットは勇者に復讐を誓った。