プロローグ
魔王は全世界の魔族やモンスターを操ることのできる絶対的存在である。
魔王が世界征服をすると言えば魔族やモンスターは全力で世界征服に協力し、魔王が死ねと言えば魔族やモンスターは喜んで命を投げ出す、と言われている。
そんな魔王が住む城、それが魔王城である。
その魔王城の廊下を足音を立てながら歩いている者がいる。
魔族軍において魔王に次ぐ、ナンバー2の存在である参謀のベックスだ。
ベックスは音が出るほど激しく、魔王の部屋の扉を開いた。
「魔王様! どこに行かれるんですか!?」
城にベックスの声が響き渡る。
ベックスは顔を紅潮させながら、“魔王”と呼ばれた青年に詰め寄った。
「ちょっと勇者を倒しに行ってくる」
そんな彼に目を合わせようともせず、“魔王”と呼ばれた青年は淡々と身支度をしながら答える。
「いけませぬ! 魔族軍総司令である魔王デュベル様が自ら敵地に乗り込むなど!」
「えー、だって暇じゃん。いつ来るかもわからない勇者のために一日中玉座に座って待ってるのはもう飽きたよ」
「でしたら、このベックスが話し相手にでもなりましょう!」
「お前の話ってさ、レパートリー少ないからつまらないんだよね」
「うぅ……」
ベックスは言葉を詰まらせる。
魔王に就任して早十年、デュベルは毎日退屈な日々を送り続けていた。
だが、勇者がいつ攻めてくるか分からない以上、魔王は城で勇者を待ち続けなければいけない。
「それにさ、勇者なら早めに倒した方がいいでしょ?」
着替えを終えたデュベルが振り返る。
その瞳はルビーのように紅く、吸い込まれそうである。
「ゆ、勇者なんてモンスター共に任せておけばいいのです!」
「でもさ、あいつらって勇者のレベルアップのための踏み台だよね? 餌だよね?」
「ぐぬぬ……」
何も言い返すことのできないベックスを尻目に、デュベルは部屋の扉に向かい歩いていく。
「とにかく、俺は行くからな! いくら止めても行くからな!」
「な、ならばせめて護衛を……!」
「俺は魔王だぞ! 自分より弱い護衛つけてどうすんだ」
そう言うとベックス一人を残し、デュベルは部屋の扉を開けた。
「きゃっ!」
その瞬間、扉の向こうで声がした。
「なんだ、ヴェデット、いたのか」
デュベルが扉を開けた先には一人の少女が立っていた。
デュベルと同じ紅い瞳は、彼女がデュベルの妹であることを物語っている。
「お兄ちゃん、勇者を倒しに行くの?」
ヴェデットが上目づかいでデュベルを見上げる。
「ああ、暇だからな」
「じゃあ私もお兄ちゃんと一緒に行く!」
「ダメだ、今のお前じゃ足手まといだろ。それに大事な妹を危険な目には遭わせられないよ」
「お兄ちゃん……」
そう言いながら頭を撫でるデュベルにヴェデットは頬を赤らめる。
「なぁに、勇者なんてすぐ倒して帰ってくるさ」
「う、うん……」
ヴェデットに微笑みかけると、デュベルは廊下を大股で歩いていった。