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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
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97.愛おしく思うこと。

 

「アイツだ! あの女だ!」


 あの女って……。

 パパの女……?。


 俺はパパには会ったことがあるが、パパの『女』に会った事がない。

 ただ、朔也に愚痴を聞いているだけ……。


 香水が臭いとか、飯がマズイとか。

 パパがいる時といない時では生活態度が全く違うとか……。

 何処にでもある愚痴だ。


 そうかそうか、あぁ大変だなぁ。

 お前も苦労してるんだなぁ。


 なんて、今まで朔也の話(愚痴)を軽く往なしてきた。

 その度『ちゃんと聞いてないうだろ!』って、朔也はムキになって突っ掛かってくる。

 確かにコイツは多感な時期に稀な(だと思う……)体験をしてきた。


 もしもあの時~でなかったら?


 震災がなかったら?

 両親が離婚しなかったら?

 母親の望みどおり女の子が生まれていたら?


 そんな事を言い出していたらコイツが生まれてこなかったら?

 ……まで遡ることになってしまう。

 言いだしたらキリがない。


 コイツに起こる全てのことがコイツの運命なんだ。

 人生なんだ。

 遡るなんてナンセンスだね。


 だから俺は朔也が感情的になっていればいる程、敢えてそっけなく答えていたんだ。

 もちろん気持ちを受け取る作業に手抜きはなかったさ。


 コイツの辛さ、悲しみ、孤独……。

 その感情と一緒にいる……。

 ある意味、共有だな。 

 だが最も重要のなのはそこからだ。


 『そして、どうする?』


 朔也がどうしたいのか、どんなふうな自分でいたいのか?

 質問を交えながら、会話をしながらコイツに選択させる。

 そうやって引き出した自分の選択によって自然に前に進み乗り越えていく手助けをするのが、俺の仕事だと思っている。

 コイツは素晴らしく乗り越えてきたよ。

 時々拗ねたり不貞腐れたりしながらも、自分が選んだ事だと自覚しながらここまできた。

 コイツなりにな……。偉いもんだよ。


 だが、この事態は……。

 さすがに予想だにしなかった。


 こんなことって……。

 いや、現実に朔也の髪の毛は悲惨な状態だ。

 酷い……。

 こんな小さな子供に何て事をするんだ。

 俺は朔也を強く抱きしめながら、憎しみが込み上げてきた。


 あんにゃろ~! (会ったことないけどね……)


 とりあえず、今は朔也に事の詳細を聞かなければな。

 ふむ。朔也を店に連れて行くのはいいけど、まだ営業中だし……。

 店の扉は一つ。

 フードを被せて「控え室まで走れ!」

 と命じたとしても朔也は店内を知らない。

 酔っ払いのオッサンにぶつかって……いらぬ騒ぎが起こりかねない。


 こんな時、長尾がいてくれれば……。

 んなこと言ってる場合か! 俺。


 と、丁度その時店の扉が開いた。

 見送りの為ママとお姉さんとお客がドヤドヤと店の中から出てくる。


「あっ、ママ」

「あら」


 俺が咄嗟に朔也を後ろに回して隠すと、ママは目配せしてきた。


 ……今のうちに入りなさい。


 俺は頷いて朔也の腕を引っ張って店に入ると一目散に控室に駆け込んだ。

 朔也はお客さんの見送りに乗じてうまく入り込むことができた。


「もうすぐ終わるから、おとなしく待ってるんだぞ」

「う……ん。わかった……」


 まぁ今は、はしゃぎまわる心境でないだろうけどな。

 俺はボーイに朔也のジュースを頼んで店に戻った。

 控室を出る時振り返ってみると、フードを被ったまま俯いてシートに座っている朔也が、とても小さく寂しげに見え俺の胸がチクっと痛む。


 こんな理不尽なことが……。

 まだまだ、世の中には俺の知らない残酷なことが潜んでいるんだと実感せざるを得なかった。



「あら~。なぁ~にこのちっちゃな可愛い子はぁ」

「きゃぁ! ほんとぉ、か~わいい」

「どこの子? うちに子持ちっていたっけぇ?」

「竜子んち?」

「ううん。うちは女の子よ。それにもっと小さいわ」


 最後のお客を見送ってお姉さん達が控室に入ると、口々に騒ぎ出す。


「あ、あ、あの……ぼ、僕」


 朔也はお姉さん達の迫力に当てられてタジタジになっていた。

 真ん丸に見開いた目が泳いでいる。


 そりゃそうだろなぁ。

 お姉さんっていっても、種類が違うわぁ。

 うちのお姉さん達には華奢な人はいない、俺が唯一華奢ヒョロイな部類だ。

 ごついって訳じゃないけど、ボリュームがあるんだな。

 グラマーっていうのか?

 そんな人たちが、しゃがれた声で話しかけながらワサワサと寄って来たら、フツウに引くわな。

 メソメソしている今の朔也にはいい刺激だろうけどさ。


 朔也はうろたえながら、何とか俺の姿を見つけたようだ。

 俺に縋るような眼差しを向けながら、ホッとした表情を見せた。


「まひるの子よ」

「「「え?」」」


 ちかさんの一言で部屋中が静まりかえった。

 おいおい、何も態々誤解を招くような言い方をしなくても……。


「へぇ~、もしかして今から自分好みに育てようなんて考えてたりしてぇ?」

「いやだぁ~、まひるったらシレっとしてるくせにそんな事考えてんのぉ」

「「「きゃははははは」」」

「もう、何言ってんですか! そんな事あるわけないでしょ」

「あ~ん、冗談よぉ」

「当たり前です!」


 ったくぅ、何でもかんでもそっちの話に持っていけばいいってもんじゃないってんだよぉ。

 しかも未成年の前だぞ。

 それにしても、俺はここでもシレっとしてるのか?

 初めて言われた……。


「きゃっ!! ちょ、ちょっと。どうしたのこの髪……」


 朔也の頭を撫でようとしたお姉さんが驚いて声を上げた。

 さっきまで冗談を言っていたお姉さん達が一瞬にして顔色を変える。

 あちゃぁ~、見られちゃったよぉ。

 朔也は居た堪れなくなったのか、泣きそうな顔をして顔を伏せた。


「え? 何? 誰かにやられたんだよね? これ」

「当たり前じゃない。自分でこんな事する?」

「ヤダ……。これって、血じゃないの?」

「「えぇ!!」」


 控室が急に騒がしくなってしまった。

 いやん、こんな筈じゃなかったのにぃ~。


「あ、あ、騒がないでください。これには事情がありまして……」

「オイ!! 坊主。誰にやられたんだ!」


 ひぃっ! り、竜子さん。

 竜子さんは朔也に群がるお姉さん達を掻き分けながら前に出てきた。

 あぁ、こんな場面でこんな熱血野郎がでてきたら……。

 余計にややこしくなってしまうよぉ。


「い、苛め?」

「いや……。これは虐待の匂いがプンプンするな」

「「「虐待ぃ~?」」」


 おい! 刑事ドラマじゃないっての。


「い、いえ、まだ詳細は……」

「坊主! はっきり言ってみろよ」

「え? え? ぼ、僕……」


 り、竜子さん……。

 それじゃぁ、まるで朔也が犯人みたいじゃないですか……。


「そ、そうじゃなくて……。まだ……」

「アンタ達! いつまでクッチャべってんの! とっくに店は終わってんのよ! さっさと帰りなさい!」

「「「はぁ~い」」」


 ふぅ、助かったぁ。

 ママの一喝で朔也の周りに集まっていたお姉さんたちが、蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。


「あ~あぁ。これじゃ、美容院にもいけないわねぇ。こんな子が来たら美容師が可哀そうだわ」


 そう言いながらママは少し考えて、奥に向かって叫んだ。


「詠子ぉ。何とかならな~い」

「あ~い。うん、これくらいなら大丈夫やと思います」

「ホントですか?」

「まかせといて。なぁ、ボク? ちょっと髪の毛切るけどええかな?」

「あ、は、はい。大丈夫です」


 詠子さんは関西の人で昔美容師だったらしい。

 詠子さんはテキパキとゴミ袋を広げた上に朔也を座らせ、ママが持ってきたバスタオルを肩に掛けると見事に髪を整えだした。


 朔也の肩に掛かった髪が、短く刈られていく。

 カットされた髪が落ちていく度、その髪を眺めながら涙を流す朔也が痛々しかった。

 髪の長さが、朔也の母への想いそのものだったからだ。


「う~ん。こんなもんかなぁ? これやったら、美容院いっても大丈夫とちがうかなぁ? 好きな髪型にしてもらいや」

「詠子さん、ありがとうございます」

「そうね。このままでもいいんじゃな~い?」

「アカンアカン。細かい毛が一杯出てきてるからかっこ悪いよ。美容院行きやぁ」

「あ、はい。ありがとうございました」


 俺達は詠子さんに感謝した。

 朔也の話は明日でいいな。

 今日は、ゆっくり寝かしてやろう。

 朔也は俺の部屋に入るなりベッドに寝転んだかと思うと、すぐに寝息を立てた。


 だろうなぁ。疲れるよなぁ。

 こんな思いもつかない事態は、さすがにコイツのキャパを超えてるだろう。

 俺だってマジで動揺したもんな。


 俺はベッドに入り、すぅすぅと小さな寝息を立てながら寝ている朔也の頭を撫でながら愛おしいと思っていた。


「朔。俺がお前の母ちゃんになってやろうか?」


 そう呟いた自分の心の中に、母性が生まれているのを感じた。




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