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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
96/146

96.幸福の時間。

 

 もしかして……長尾と彩が付き合ってる?

 いやこの状況はどう見てもそうだろう。

 長尾の彩に対する言葉使い、彩の立ち振る舞い……。

 どれをとっても恋人同士ではないか。


 マジか……?

 想定はしていた……か? 

 確かに、二人がそうなればいいなぁとは思っていた。

 長尾の彩への思いは手に取るように伝わってきていたからな。

 だが、実際にこうやって目の当たりにすると…なんていうか。

 俺の方が気恥ずかしく感じるのは何故だ?


 幼馴染の恋人が親友……。

 なんか……世界が狭くはないか? 

 かといって、全然知らない女の子を目の前に連れてこられて、いきなり『彼女』なんだと言われたら、それはそれで違和感を感じるかも知れない。

 こういった、ほのぼのとした光景が一番しっくりきていいのかもな。

 だが……正直。

 ククククク……。笑える。


 あの勝気で毒舌女の彩が甘えたような声を出して、長尾にもたれ掛かるように話している。

 多分、彩には生涯下僕のように仕えるだろうと思っていた長尾が彩を見下ろすように話している様を誰が想像しただろうか。

 少なくとも俺の考えにはなかったことだ。

 たとえ恋人同士になったとしてもあの主従関係がなくなるなんて思ってもみなかった。

『かかぁ天下』のような感じで彩はいつまでも長尾の頭の上から毒舌を吐きまくると思っていたからな。

 しかし、見ろよ。

 大逆転もいいとこだ。長尾の横顔が心なしか男らしいとさえ思えるじゃないか。


 長尾はいったいどうやって彩の心を射止めたのだろうか…。

 普段の俺にとってこんな考えは、らしくないと思うが非常に興味深い。


 そんな事を考えながら二人を見ていると長尾が俺の視線に気付いた。


「あ……。えっと……。実は、俺達……」

「実は、俺達?」


 俺は目を細めながら少し嫌味っぽく復唱してやった。

 さぁ、早く言えよ。

 頭を掻き掻き……一度視線を床に落として、唇をギュっと結んで。

 意を決したような表情を浮かべ……。


『俺達、○○から付き合ってるんだ』


 って、照れながら言えよ。

 俺は無表情に、『ふ~ん。……で?』

 って返すからよ。


 そして、長尾は俺の予想通りの仕草をしながら真っ直ぐ俺を見た。


「実は俺達……。結婚するんだ!」

「はっ?」


 な! なんだ? 今、何て言った?

 俺は……。聞き間違えたのか?


「けっ? ……こん?」

「……ああ。結婚だ」


 今俺は多分息をしていないと思う。

 手に持っていた雑誌を落としたことさえ知らなかったくらいだ。

 俺の身体は完全に固まっていた。

 周りの音まで遮断されてしまった。何も聞こえない。

 どれくらいの時間、長尾を見つめていたんだろう。

 長かったのか短かったのか……。

 朔也が俺が落とした雑誌を拾い上げカウンターに置いた音が聞こえた瞬間、世界の音が急に俺の耳の中で轟音となって響き渡った。


 はっ! 彩!

 次の瞬間、俺は彩に視線を移した。

 彩はテーブルに置かれたグラスを凝視している。

 少し肩を上げ肘を真っ直ぐに伸ばし、両手を重ねキッチリと揃えた膝の上に乗せて微動だにしない。


 マジか……。

 え? いつ? 付き合ってたの?


「……ゆ! ふゆ! 芙柚ったら!」


 朔也が名前を呼びながら俺の身体を強く揺すった。


「あ? あぁ……。何だ?」

「何だじゃないよ! 驚き過ぎじゃん! 瞬きくらいしろよ!」


 朔也が呆れた顔をしながら俺を見ている。


「いや……。あぁ、そうだな。驚いた……。すまん」

「加州雄……。すまんな急に……。俺さ……」

「いや、すまん。俺の方こそ……おめでとう! そうだ。まず、おめでとうを言うべきだな。おめでとう! 長尾! やったな!」


 そこまで言うと突然俺の中に感動が溢れてきた。

 感動だ! 急に胸が熱くなって……。目頭が……ヤ、ヤバイ。

 マジ……ヤバイ。


「長尾君、おめでとう」

「ありがとう。マスター」


 マスターの一言でその場の空気が一転した。

 一気にお祝いムードになったんだ。

 皆の顔に笑みか零れ出した。

 俺は息ができるようになった。

 彩の方をチラッと見ると、姿勢はそのままだが口元が綻んでいる。

 ちぇっ、可愛くなりやがって……。


 その後は当然、事の成り行きをネホリ……ハホリ……。

 普通に聞きましたよ。


「ねぇねぇ。プロポーズの言葉はぁ?」


 朔也があどけなさを装いながら聞き出している。

 なかなか役者やのぉ、このガキはぁ。

 エライぞ!


「プロポーズっていうかぁ……」


 うお! 照れてる照れてる。

 かぁ~、見てらんねぇなぁ。男、長尾! デレデレかよぉ。


「俺……、最初は『付き合って下さい』って言うつもりだったんだ。色々考えてさ……」


 そうだろ、そうだろ。

 告白のシュチュエーションから全て……。

 お前の得意とする所だもんな。


「だけど……。いざ、彩の顔見たら……。口から飛び出した言葉が『結婚して下さい』になってたんだ」

「はぁ? 何でそうなるんだぁ? 彩、お前ビックリしただろ?」

「当たり前でしょ! だいたい予想はしてたのよ。今日あたり告白でもしてくるんじゃないかなって。まぁ私的には、サラッとはぐらかしてやろうと思ってたんだけどね。それが、いきなり『結婚して下さい』って、驚かないヤツいる? フツウ……」


 彩は吐き捨てるように言うと腕を組みながら、プイっと頬を膨らませた。

 だけど、OKしたんだろ? けっ! 何、カッコつけてんだよ。


「俺さ、そう言ってから本当は結婚したかったんだって思ったよ。一瞬、焦ったけど……。これが本心なんだって……。俺達、知り合ってから……。少なくとも俺は自分を飾ったこともないし、そのまんまで彩と接してたんだ。っていうか飾る余裕がなかったんだ。だから、情けない俺とか弱っちい所とかカッコ悪い俺なんか散々見せてきたし……曝け出してた。必死だったんだ」

「え? 長尾さんって弱いの? 俺、そんなふうに感じた事なかったけどなぁ」


 朔也が不思議そうな顔をして俺の顔を覗き込んだ。

 正解だ朔也。お前はなかなか人を見る目があるぞ。うん。


「だから、これからは強いとこを見せてくれるんだってさぁ」


 彩が横目でチラッと長尾を見ながら冷やかし口調で口を挟んできた。

 嫌な女だねぇ。そういうとこ治せよ。


「そうだ。俺は強くなって彩を守る。守りたいんだ。家族を守るってのは彩を大事にすることなんだ」

「きゃあ! そんな事言われたら女はイチコロよぉ! ねぇ、彩ちゃん」


 いつの間にか二階から降りてきたマスターの奥さんが両手で頬を押さえながら叫んだ。

 マスターが奥さんの頭を軽く小突いている。

 この夫婦も本当に仲が良い。

 色白で小柄な彼女の作るパスタは絶品だ。

 彼女のパスタ目当てに通うお客さんは多い。


「ふ……。お前は弱くなんかないよ。彩にそんな事を言えるだけで十分強いよ」

「どういう意味よ!」

「聞いた通りの意味だよ!」

「アンタねぇ!」

「まぁまぁ。二人とも今日は仲良くしてちょうだい」


 奥さんがそう言いながら、ケーキとシャンパンをカウンターに乗せた。

 いつのまに……?

 マスターがニコニコしながら棚からグラスを取り出している。

 参ったな……。

 そんな細やかな心遣いが、俺達をほのぼのとした幸せの時間へ送り込む。


 “人は笑っているときだけが幸福という訳ではない……”


 突然、頭の中にポンと浮かんできた。何の本で読んだ言葉だったろう? 

 ふむ。確かにそうかも知れない……。

 だけど、どうせ同じ幸福なら俺は笑っていたいと思う。


 俺達は長尾と彩に幸福を少し分けて貰いながら柔らかな時間を過ごした。



「長尾さん達、幸せそうだったね」

「ああ。友達のあんな顔をみるのもいいもんだな」


 俺は朔也を駅まで送り家へ帰ると、家族に彩の結婚の報告をした。

 母ちゃんと麻由は大はしゃぎで、まだ決まっていない結婚式の日に何を着ていくか考えていた。


 そうだな……。俺は、ドレスでも着ていくか? 

 なんてね……。



 その日から10日程経ったある日。

 俺がいつものようにお客を見送りに出た時、ガードレールに俯いて座っている朔也を見つけた。

 ったく……。こいつは、また……。


「おい! 朔! 何してんだ! そういうのはやめとけって言っただろ! 連れて帰んないからな! 自分で帰れよ!」


 俺はそう言うとさっさとビルの中へ入った。

 うん? 反応なし? 

 ああ、ほっとけほっとけ! 甘やかすとクセになっちまう。


 俺はそのままエレベーターに乗り込んでボタンを押した。

 すると、チカさんが心配そうに話しかけてくる。


「ねぇまひるぅ。ホントにいいの? 何かいつもと感じが違わなかった?」

「大丈夫ですよぉ。あの子の手なのよ。結構、役者なんですってばぁ」

「そう? でも時間が時間だけに……。危なくないかしら?」

「……」


 ええい! くそ! 何なんだよ!

 結局、ママに『そんな小さな子供を放っておいて!』って、叱られた俺は朔也を迎えに行くハメになってしまった。


 今日という今日はキッチリと話を付けてやる!

 もうお泊り保育はナシだ! 勉強も見てやらん!

 自業自得だ! 待ってろ朔!!


 俺がドレスの裾を翻しながらビルから出ると朔也はそこにいた。

 さっきと同じ体勢で……。


「おい! 朔! こっち見ろ! フード被って誤魔化してもダメだぞ!!」


 そう言いながら俺は面むろに朔也のフードを引っ剥がした。


「なっ! お前! どうしたんだ! それ……」


 朔也はゆっくりと顔を上げた。

 泣き腫らした目から更に涙が流れている。

 だが、その顔よりも無残な……髪……。


 手当たり次第にハサミで切り刻まれたような……。

 左の耳の辺りは五分刈り程になっているではないか……。

 おまけに……、まさか……血?


「誰にやられた! 朔! 誰がやったんだ!」


 朔也はガードレールから飛び降りると俺にしがみついて泣きじゃくった。



「朔! 何があったんだ! 朔!」

「あいつだ! アイツだぁ! パパの女がやったんだぁ!!」






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