95.待ち合わせ。
「だけど、お前ら……ほんっとよく似てるよなぁ」
これは最近よく言われるフレーズだ。
多分髪型が同じだからだろう。
俺たちは髪を三つ編みにして一本に束ねている。
俺の髪は三つ編みにしても肩甲骨あたりまでの長さだが、朔也は肩より少し下ぐらいの長さだ。
頬に掛かる後れ毛をヘアピンで止め捲っている。
もともとコイツの頭はヘアピンだらけだったから違和感はないがな。
朔也は中学生になるまで髪を切るつもりはないそうだ。
「エーッ! 俺、こんなブタじゃないやい!」
「んだとぉ! 誰がブタだぁ?」
ったく、朔也は最近めっきり口が悪くて……。
俺の影響か? いやいや、そんな筈はない。
一人称もいつの間にか“僕”から“俺”になってるし……。
時々、俺の事を“芙柚”って呼び捨てにしやがるし……。
何より、とにかくよく喋る。
あの……オドオドして、つい守ってやりたくなるような朔也はどこへ行ってしまったんだぁ?
それにしても失礼なことを言う奴だな。
これは太ったんじゃない。
身体の線が丸くなって、見た目がふっくらとしているだけだ。
ホルモン治療の影響だな。
俺にとってはもの凄く嬉しい変化なんだぞ。
うちの家系は代々スリムなようで、婆ちゃんが少しポテッとしてるぐらいなもの。
いわゆる中年太りだな。(高齢だけど……)
食べ物と食べる量にさえ気を付けていれば多分太ることはないだろうと思う。
だから、決して肥ったのではない。
日曜日は朔也の勉強を見た後、Rhymin’に来るのが当たり前になっていた。
朔也はマスターとは気が合うらしく、自分から喫茶店へ連れて行って欲しいと強請った。
野球、サッカー、車……。
普通の男の子が好む話題を大人目線で話してくれるのが嬉しいのだろう。
本来ならそういうのは父親の役目かもしれないが、朔也の父親にその部分を求めるのは到底無理なようだ。
まぁ、案外子供は逞しいもので、且つ順応性の高い生き物だ。
俺がそうだったようにな。
だから、別にあの父親に執着はしていない。
朔也はまるで父親を見るような目でマスターを見ながら、会話を楽しんでいる。
俺はその手の話題には疎いので二人が話しを弾ませている最中はもっぱら雑誌や文庫本を読み耽っていた。
たまに朔也の横顔を見ながら、元気になったものだと安堵する……。
ハハハ、これじゃ俺が親みたいだな。
俺もこの店は好きだ。
マスターは俺を受け入れてくれているので気が楽なんだな。
髪をとかして、ほんのり化粧をして……。
近所の手前スカートを穿くまではないにしても……。
ここは俺がそれなりに女でいられる場所に違いなかった。
マスターも子供相手に過激な話題は避けてくれているようで、俺としても安心して朔也を任せておくことができる。
今は店に設置してある大画面のテレビを見ながら何やら話をしている。
お客がいないのでリモコンをカチカチしながらチャンネルを変えている。
画面が変わる度に二人が声を上げたり、笑ったりして楽しそうだ。
「覚醒剤?」
はぁ? おいおい、一体何の話しだぁ?
テレビでは大物芸能人が覚醒剤で逮捕されたニュースが流れていた。
ビックリしたぁ。
だよなぁ~。
「知ってるよ。学校でも先生が言うしさ。危険だとか何だかんだって」
小学生でもか?
今は早熟だからなぁ。
「常習性があるとか、色々。人間やめますか? ってやつだろ?」
「ああ、そうだ」
「芸能人とか、捕まってるじゃん。『もう二度としません』とか言ってるけど、どうなの?」
「うーん。聞いた話しじゃ、かなり難しいらしいぞ。身体が覚えてしまうからなぁ」
「苦しいんだろ? ビデオ見たことあるよ。フラッシュバックって言うんだろ?」
「ああ、そうだ。薬物はなぜ危険なのか分かるか?」
「毒だろ? そんなふうに言ってたぞ」
まぁ、毒には違いないかもしれないが……。
何か、安易な教え方だな。
「薬物は身体を変えてしまうからなんだそうだ」
「身体が変わるの?」
「受容体というものが身体の中にできてしまうんだと」
「受容体?」
「ああ、薬物を受け入れる器のようなものだ。薬物に対して出来上がった受容体は死ぬまで取り除く事が出来ないらしいぞ」
「い~! 死ぬまでぇ~」
「出来上がった器がその薬物を欲しがるんだそうだ」
「へぇ~、怖ぇ。自分の身体の作りが変わっちゃうなんて、俺は絶対イヤだ」
朔也は自分の体を抱きすくめ身震いした。
そしてぽつっと呟いた。
「だけど、学校でもそんなふうに教えてくれれば分かりやすいのになぁ。そんなふうに説明されると絶対イヤだって思う奴多いと思うんだけどな」
確かに、いくら正しい事でも伝えられる側が納得しなければ意味がない。
悪いとされている事でも伝え方によっては興味を持ってしまう場合も少なくない。
「脱法何とかってのは?」
「脱法ハーブか? それこそ最悪だね。あんな物は論外だ。ハーブって名前はついてるけどその辺にある“ススキ”や“よもぎ”を乾燥させたものに薬剤をぶっかけた代物さ。バリバリ薬剤だぜ。考えられるか? 雑草にだぞ? そんな雑な物、この手で触るのも嫌だね」
マスターは眉をしかめながら身体全体で嫌悪感を露わにした。
同感だ。
俺は雑誌に視線を落としながらも頷いた。
「だけど、マスターは物知りだよね。俺、ガチで尊敬してんだ」
「ハハハ、嬉しいなぁ、そう言ってもらえると。何だかくすぐったいぞ。だけど良心が痛むからネタをバラしとくか」
マスターは頭をカリカリと掻きながらカウンターから出てくると店の扉を開け、通りを挟んだ向う側の建物を指差した。
「朔、あの建物がわかるか?」
「病院だろ?」
「ああ、国立の大学病院だ。この店にはあそこの医師達がたくさん来てくれるんだ。俺は少しでも疑問に思った事をそういう人達にちょこっと質問するだけで簡単に的確な答えが得られるって寸法さ」
「へぇ~、いいなぁ。羨ましい! でも、俺一度もそんな人に会ったことないよ?」
「ば~か、ここに来るのはいつも日曜日だ」
「あっそうかぁ。ちぇ、聞きたい事一杯あるのになぁ」
「おいおい、やめてくれよ。皆、休憩しに来てるんだから。そんな子が待ち構えてる店だって評判がたってしまったら、誰が店に来るもんか。朔也、営業妨害だぞ!」
ハハハ、全くだ。
何考えてんだかこのガキはぁ。
「俺はずっとこの地域で育ったから、近くの大学生に色々教えてもらった。なかにはウソを教える学生もいたけどな」
「ウソ? 何で?」
「さぁ、おちょくってるんだろうな。宿題を教えた次の日に来て『先生、何て言ってた?』なんてニヤニヤしながら聞くんだ。悔しかったなぁ」
「ハッ! うけるぅ。けど、ちと傷つくかぁ」
「ま。ちょっとした遊び心さ。自転車に自作のウィンカーを付けたこともある。その時は電極のノウハウを真剣に教えてくれた。俺の自転車は皆の憧れだったんだぜ」
「うぉ! スゲェ」
マスターは子供の扱いが上手い。
俺としては大助かりだ。
それにしても遅いなぁ。
今日は久しぶりに長尾と会う約束をしているんだ。
アイツは警察学校に入った。
半年の研修が終わり、これから交番勤務が始まるという。
その前に久々の休暇ってとこだな。
何て思っていたらカラコロという音がして店の扉が開いた。
「よっ! 元気してっか?」
長尾は朔也の頭を撫でながら、懐かしい笑顔を振り撒いた。
「お前こそ、よく脱走しなかったよな」
「やめてくれよ。俺、半年じゃなかったらヤバかったよ。マジで」
「大卒でよかったな。結構キツイって話じゃないか」
「そうなんすよぉ、マスター」
長尾はマスターの優しい言葉に縋った。
「長尾さん。お帰り」
「朔、髪伸びたな。まだ切らないのか?」
「卒業したら切るよ」
「そっか。だけど、お前らよく似てるよなぁ」
長尾……お前もか。
「俺はこんなブタじゃないやい!」
「朔! いい加減、殺すぞ! 誰がブタだぁ?」
何回も同じ返事を返すなっつうの。
「ブタ? カズオ太ったのか? そんなふうには見えないけどなぁ」
「ほぉら見ろ。朔の目がおかしいんだよ」
「そんな事ないやい! 麻由ちゃんも言ってたもん!」
ま~ゆ~。帰ったらお仕置きだ。
俺は麻由へのお仕置きを心に誓いながら片眉をすっと上げた。
その時、カラコロと鈴がなり扉が開いた。
「おっ♡ 来たか。俺も今来たとこだ」
「なによ。やっぱ、芙柚いるんじゃん」
「いいじゃんか。久しぶりだろ?」
「騙したのね?」
「騙してなんかないさ。こうでもしなきゃ来ないだろ? それに、お前だって薄々は気づいてたんだろ? ここへ来るってことはどういうことか、誰がいるかってさ」
「もう! ムカつくわね」
彩……。
彩は俺の顔をチラっと見て、すぐに目を逸らした。
怒っているような……。
それでもってちょっと照れくさそうな……。
「彩、拗ねるなよぉ」
「拗ねてなんかないわよ!」
ちょ、ちょ、ちょっと待て!
『彩』だと? い、今……。呼び捨てにしなかったか?
お、俺の聞き違いか?
「もう! しつこいよトシ!」
はぁ? トシ? だ、誰だ? 長尾か? 長尾の事なのか?
彩はそう言いながら長尾の手を振り払い、ボックス席に不貞腐れたふうにドシンと腰を下ろした。
俺は目の前に繰り広げられている男女の些細な痴話喧嘩を見ながら……。
二人がまるで知らない人に見えていた。
『こいつら……。誰だ?』
お久しぶりです。(^^)
まだまだ全快とまではいきませんが、少しずつ言葉を紡いでいきたいと思っています。




