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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
93/146

93.小さな友人。

「よく帰ってきたな朔。よく無事で……」


 込み上げる嬉しさと安堵。

 朔也を抱き締める腕に自然と力が入る。


 よかった……。


 その夜俺と朔は一緒に風呂に入った。

 そう、あの日と同じだ。

 柚湯の風呂に浸かりながら……朔の話を聞いた。

 崩れ落ちる建物、全てが流されていく惨状を淡々と話す朔……。

 祖母と母を同時に失った……時々視線を彷徨わせ涙ぐみながら……。

 それでも時間が朔の心を幾分かは静める手助けをしたかも知れない。

 いや……そんなに簡単に静まるものではないだろう。

 だが、目の前の少年は何もなかったかのように湯船に浸かりながら微笑んでいる。


「どうやって生き延びた?」

「ママを探してたらどっかの家のガレージで車の中でご飯食べてる人に会ったんだ。『おい! そんなとこで何してるんだ? 親はどうした?』って車から降りてきて……。若い夫婦だった。余震が続いてたから家の中に入れなくて車の中で生活してるんだって言ってた。家に入るのは食材を取りに入る時だけだって。しばらくしてお父さんと連絡が取れたって喜んでたよ。その後僕はその夫婦に消防の人に預けられたんだ。それからパパに連絡して……今はパパの家にいるんだ」

「そっか……。おい! 腹減ってないか? 風呂上がったらラーメン食うか?」

「うん! 食べる!」


 もう思い出させるのはやめよう……。

 せめて今だけでも。

 コイツはきっと毎晩悪夢にうなされている筈だ。

 せめて今夜だけでも安心して眠らせてやろう。



「でさぁ、あのババァ髪の毛を切れって言うんだ。ムカつくぅ!」


 どうやら朔は今パパと一緒にいる女性と馬が合わないらしい。

 ラーメンを食べながらずっと愚痴ってる。

 おいおい、ラーメンが伸びちまうぞ。


「その人は何で髪を切れって言うんだ?」

「男の子だから可笑しいでしょ? だってさ。はっ! ほっとけっての」

「お前口が悪くなったなぁ? 前はそんなんじゃなかったと思うんだけど?」

「僕もそう思う……だけどあのババァが……」

「分かった分かった。さっさと食え。もう寝るぞ」

「うん」


 朔也はラーメンを食べ終わると自分の食器を流しに運び、ちゃんと洗って水切り籠に入れた。

 ちゃんと躾されてるじゃないか。良いお母さんだったんだな。

 そしてコイツも素直に母のいう事を聞いていたのがよく分かる。


「ねぇ、先生。また来てもいい?」

「ん? ここにか? いいぞ。土曜日はいつもビブレだから……直接家に来て俺の帰りを待ってればいい。毎週、あそこで待つわけにいかないだろう」

「僕はいいよ。慣れてるから」

「ダメだ。未成年が21時を回って外出するのは控えるべきだ」

「何で?」

「何ではない。俺の家に来たかったら俺の言うとおりにするんだ」

「うん。分かったよ」

「でもちゃんとパパには言って来るんだぞ」

「それは分かってるさ」

「塾には戻って来ないのか?」

「今の所からは少し遠いからってパパが行かせてくれないんだ。な? 先生、僕大丈夫だよね?」

「大丈夫だとは思うけど……お父さんの言うとおりにした方いいと思うぞ」

「分かってる。でも、中学生になったら通わせて貰えるんだ」

「そっか。もう少しの辛抱だな」


 朔也はなかなか寝ようとはしなかった。

 目を擦りながら必死に会話を繋げてるって感じだったなぁ。

 それでも遂に朔也の瞼が本日の営業を終了した。時間は4:00AM……きついぞ。

 小さな寝息を立てながら、俺の腕にしがみついて寝る姿が赤ん坊のようだ。

 俺は母性本能らしき感情が湧いて来るのに気づいた。

 塾のバイトをするようになってから、俺は案外子供好きなんだという事を発見していたんだ。

 晴華が子供といると癒されるって言ってたのはこういうことなのかな?

 心がホンワカしてるような……。人に優しくしたい気分になってくる。

 俺は朔也の頭を撫ぜながら……いつの間にか眠っていた。


 朔也は毎週土曜日には俺の家で、俺の帰りを待つようになった。

 え~? いいのかよ。パパは何も言わないのか?

 まさか育児放棄してんじゃないだろな? ってか育児って年でもないか。


「ババァと、ずっと口利いてないんだ。僕、髪の毛切りたくないんだ」

「何で切りたくないんだ?」

「だって……。ママが伸ばせって言ってたから……」


 だと思った。それがコイツに残された母との思い出なんだよな。

 男の子だからって言う杓子定規じゃ計れない分野なんだよぁ。

 それくらい解ってやれよな。

 って、つい思ってしまう俺が母親みたいじゃないか。ダッハハハ。


「だけど……先生は何で髪の毛伸ばしてるの?」

「バイトの為……。なんてな」


 そうなんだ。俺が塾でカミングアウトした時、朔也はいなかったんだものな。

 コイツだけ仲間ハズレみたいだなぁ。よし……。


「それは俺が女だからだ」

「へ? 先生、男でしょ?」

「いいか、よく聞くんだぞ」


 俺は塾の子供達に説明したときと同じように話した。

 朔也が不思議そうな顔をして、じっと俺を見ている。

 どうだぁ、ビビッたかぁ? な訳ないか。


「どうだ? 解るか?」

「う……ん。なんとなく……。でも僕、関係ないや。僕は先生が好きなんだもん」

「上手い事言っても何も出ないぞぉ」

「そんなんじゃないやい!」


 まぁ、こんな感じで俺に小さな友達ができたんだ。

 一応パパには連絡は入れておいた。

 土曜の夜は遅いので、日曜に勉強を見ると約束したんだ。

 パパの反応は……朔也には言えないが。

 『別にかまわない』だと。言い方にも色々あるだろって思ったけど突っ込まないのが得策だ。


 そんなある日__。

 俺の携帯が鳴った。

 メール?


 お久しぶりです。元気にしていますか?


 晴華からのメールだった。


 お久しぶりです。元気にしていますか?

 やっとメールできるようになりました。芙柚には凄く迷惑をかけてしまってごめんなさい。

 ストーカーだったよね? 私ったら何してたのかしら。

 馬鹿みたい。実際、バカでした。

 今思えば恥ずかしいです。許してね(^^)

 色々考えてみたの……。

 私は欲張ってしまったのね? 芙柚を捕まえておきたくて……。

 芙柚に会う前は心に思っているだけでも幸せだったのに、再会して芙柚と一緒にいるようになって、芙柚のことを知るようになって……嬉しくて。もっと一緒にいたいって欲が私を支配してしまったのね。

 でも大丈夫。私は自分の決めた道に進みます。芙柚も夢を成し遂げて下さい。

 そしていつかまた……再会した時。

 普通に笑い合える二人でいたいから。

 今はまだ芙柚は私の心の中にいます。中学の時から何も変わないままに……。


 愛しています。心から……。


 晴華……。俺も愛しているよ。

 晴華と別れてから俺は初めて、晴華が傍にいない寂しさに涙した。



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