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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
88/146

88.速水塾、5年吉村組。

 

『何故なら、私が女だからです』


 子供達は豆鉄砲でも食らったような顔をして俺を見ている。

 うん。当然にして素晴らしいリアクションだ。

 俺は子供達に向かって片方の口角を上げてニマッと笑った。

 すると和樹が俺の表情を目ざとく捕らえ、


「あ~。先生ウソついてらぁ! 今笑ったぞぉ」

「えーー!! なんでそんなウソつくのぉ~。しんじらんな~い」

「ウソつくにも程があるわ」

「そうだよ。『女だからです』なんて真剣な顔してさ」

「馬鹿馬鹿しい」

「俺達を馬鹿にしてんだよ」

「和樹が宿題忘れてばっかだからセンセ怒ってんのよ」

「なんで怒って、女になんだよ! 意味わかんね」

「芙柚ちゃん可愛いから真実味を狙ったんだよぉ。ねぇ芙柚ちゃん」

「そんなの自惚れじゃんかぁ」

「健太には芙柚ちゃんの可愛さが解んないの?」

「ば~か、男が男に可愛いなんて思うかよ!」

「そうだよ。女みたいな男なんてオカマじゃん」

「男子はすぐそんな事言うんだよねぇ」

「男のくせにナヨナヨしてる奴はオカマだ」

「芙柚ちゃんはナヨってないもん!」

「たまに、ナヨってるよ!」

「「ナヨってな~い!」」

「「ナヨってる!」」


 俺はガキ共が好きなように喚いている様子を暫らく眺めていた。

 こう言っちゃなんだが、なかなか面白い出し物を見物している気分だ。

 思った以上に俺は女子には好感を持たれている事を知った。

 男子の方も別に嫌っちゃいないようだが、オカマチックな印象を持っている事が分かった。

 そっか……。俺はナヨナヨしてるのか……。


 男子と女子が別れて喧々轟々言い合いしてるのを教壇に肩肘をついて見ていると……真由美が俺の方を見て


「センセずるいよ。何とか言ってよ。私達センセの味方してるのに何で知らん顔してるのよ!」


 と、半ば怒りながら声を上げた。

 はいはい。分かりましたぁ。


「よぉ~し! 気が済んだかぁ? そんなけ好き放題言って気が済んでないとは言わせないがなぁ。和樹、健太、誰がオカマだ! ドサクサに紛れて言いたい放題だなぁ。お前らの本音が良く分かったよ」

「だってホントの事だもんなぁ? 健太ぁ」

「え……、俺……そんなこと」

「お前裏切んのかよ!」

「そこまでだ!! もういい、オカマでも何でもいいんだ。それがお前たちが俺に感じた事なんだから。それがお前たちにとっては真実なんだ。それでいい」


 ガキ共は一応静かにはなったが、机の下で小突き合いをしている。

 俺にはそれが面白くて噴出しそうになったがやっと思いで堪え、話を元に戻した。

 黒板に大きく『性同一性障害』と書いて、子供達に向き直った。


「はい。これ知ってる人ぉ」


 すると5~6人くらいの手が上がった。全員『前にテレビで見た』と言っている。

 ふむ……。やっぱ婆ちゃん達が見た番組か? 

 まさか1999年の6月25日、『日本初の性適合手術』が行われたことを取り上げた報道番組を見たわけではないことは確かだろう。

 さすがメディア社会というか情報社会というか、クラスの約1/4が知っているわけだ。

 まぁ、これが多いのか少ないのか基準が分からないので何とも言えないが、肝心なのはどんなふうに理解しているかだ。


「身体と心が一致してないって言ってた。ママがそういう人達がお母さんのお腹にいるとき神様が間違えたんだって」

「かぁ~。お前何歳だよ。神様って……」

「なによ! いいじゃない。じゃ和樹は説明できるの? 手、上げてたじゃない」

「俺はわかんなかったけど、『神様が……』なんて言われて『そうなんだぁ』なんて思うもんか」

「はいはい、分かった分かった。神様が間違えたかどうかは知らないが……。それこそ神様しか知らないことだろうなぁ。まゆみ、ありがとな」


 まゆみは嬉しそうにちょっとはにかみながら笑った。


「まぁ、ここまで話せばおおよその見当はついているだろうが、俺がその『性同一性障害』と診断された人間だ」

「マジで? ホントにマジで?」

「ホントにマジでは言葉が被ってないか? 和樹」

「ビ、ビックリしたから間違えたんだい!」


 和樹は赤くなり膨れっ面をしながらソッポを向いた。

 はっ、プライドだけは一人前だな。


「ハハ、マジもマジ。大マジだ」

「センセ病気なの?」

「ん? 一応病院には通っているな。医者が診断した。いわゆる病名だ」

「思い込みじゃねぇの? 考えられねぇよ、そんな事」

「うん、俺もそう思った時期があった。だが病院で色んな検査や問診があってその診断結果だ」


 こうして話してみると色んな事が見えてくる。

 女子達はわりと好意的に話を聞いているが、男子はまるで他人事だ。

 全員がそうではないがな。


「テレビに出てた人は『自分の事が嫌い』って言ってた。芙柚ちゃんもそうなの?」

「そうだな、そんな時もあったな。今はそれ程でもないが」

「なんか……『すっごく嫌な事を押し付けられてるみたいな感じでずうっと生きてきました』って言ってた」

「え~、かわいそう」

「ハハハ、可哀そうか? じゃ、明美はこれからそういった人達とどんなふうに付き合っていくんだ?」

「別に……ふつう」

「そうだな。普通でいいと思う」

「可哀そうと思ったりする必要はないと思う。ただ理解するだけだな」

「理解するってなんだよ。分かんねぇよ。女の気持ちなんか」

「和樹には女の気持ちなんかわかんないわよ! だからモテないんだ」

「うるせー!! 関係ねぇだろ!」

「ふん!!」

「人の気持ちっていうのは誰にも本当には解らないものだと思う。俺だって和樹が宿題をしない気持ちが解らないからな」

「ちぇっ!」


 俺は病気の事を淡々と一通りざっと話した。

 別にこんな所で保健体育の授業をするつもりもなければ、子供達を俺の味方につけようと思っているわけでもない。

 もしかしたらこの職場を辞めるかもしれないし、そうならないかも知れない。

 もし、このままこの塾に留まるしたら俺はどんどん変わっていくわけだ。

 そのことに子供達が少しでも対応できるようしておく必要があると俺は考えたんだ。

 見ようによっては自分勝手かも知れない。いや、多分そうだろう。

 だが俺は敢えて子供達に宣言した。


「俺はこれから女になっていく……。わかるか? 和樹、気持ち悪いか?」

「う……ん。多分……」

「そうだろうな。気持ち悪いと思うよ。だから俺は皆に解ってくれなんて言わない。気持ち悪くなって話したくなくなったら話さなくてもいい。俺が気になって勉強をする気がなくなったと言うのなら俺はここを辞めてもいい。ただこんな人間がいるという事を知ってて欲しいんだ。色んな人と隔たりなく付き合える器を持って欲しいと思っているんだ」


 子供達はいつの間にか俺の話を真剣に聞いていた。

 どう理解したかまでは解らないにしても、それぞれの知識の中に俺のような人間がいるってことは入っただろう。


 それから、その時間中俺は質問攻めにあった。塾長とおんなじ……。

 最初は一つずつ丁寧に答えてた俺もだんだん面倒臭くなってきた。


「分かった分かった。じゃこうしよう。これから配るテストの点数上位1名だけの質問を受けることにする。今日の質問はそれが最後だ」

「えーーー!!」

「皆、わかったなぁ!」

「「わかったぁ!」」

「はーい」

「絶対、俺が質問するからな!」

「私よ!」


 子供達は懸命にテストに取り組んでいる。

 おそらくゲーム感覚なんだろう。

 これもまた、勉強意欲を促進させる方法なのかもしれないな。

 おもしれぇ~。

 採点の結果。クラスで一番おとなしい女子、聡子が権利を手に入れた。

 聡子はモジモジしながら恥ずかしそうに俺に向かって……とんでもない質問をしたんだ。


「し、下着は女物ですか?」


 その質問にクラス中が激怒し非難轟々だったのは言うまでもない……。


 聡子……。それを聞いて、お前に利があるのか?



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