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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
86/146

86.一夜。

 

 朔也が東北にいるかも知れない……?。


 子供達の話を聞いた俺は、それから後の授業内容を殆どおぼえていないくらい動揺していた。

 授業が終わって塾長に報告すると、塾長は驚愕の表情を浮かべ肩を落とし腰が抜けたかのように椅子に座り込んで頭を抱えた。


「なんということだ……」


 塾長が抱えた頭を掻きむしりながら呻くように言葉を吐き出す。

 暫らくブツブツ言ってたかと思うと勢いよくパッと顔を上げ


「他に情報はないのか?」


 と、俺に向かって訊ねた。

 だが、俺は虚しく首を横に振るしかない。

 遣り切れなさと悔しさで拳を硬く握った。


 塾長の目は赤く血走っていて、その表情はまるで我が子の安否を気遣うように心細げだった。

 たかが塾とはいえ生徒達の個人情報などプライベートな事も含め塾長はある程度の事は知っている。

 別に朔也は塾が嫌いだとか、友達と合わないとかで辞めた訳ではない。

 両親の事情でやむなく……まだまだ子供の朔也は自分の意見など言える筈もなく母の言う事に従うことを余儀なくされただけなのだ。

 その結果が被災? 馬鹿な……。信じられない。


 その後塾長はあらゆる手を尽くしたが、時間が悪戯に過ぎ月日は無情に流れ……。

 俺達は、遂に朔也の消息を掴む事はできなかった。

 俺はいつも頭の隅に朔也を住まわせたまま生活するようになっていた。


 相変わらず忙しい毎日……。ふと、溜息をつくとき朔也は俺の心の中で笑っているんだ。

 大丈夫だ。必ず生きている。約束したもんな連絡してくるって……。

 朔也を思い出すたびに俺は何度も何度も、自分にそう言い聞かせる。


 夏休みが終わり大学にも塾にもいつもの活気が戻ってきた。

 被災地から遠く離れた俺達の生活は何の変わりもなく普段どおりの時間割で動いている。

 いつしか、誰も朔也の名前を口にすることもなくなった。


 9月は俺の誕生月だ。

 俺と晴華は予てから誕生日は二人で過ごすことに決めている。

 晴華と久々のデート♡

 まるで初デートみたいにドキドキする。

 俺ってホント晴華が好きだよなぁ。

 何着ていこうかなぁ? ♪

 誕生日が近づくにつれテンションが上がっていく。当然だな。

 今回の誕生日には晴華が何やら考えがあるとか……。

 サプライズとまではいかないが、俺の望みと自分の望みが同時に叶う日にしたいって言ってた。

 俺の望み? 晴華の望み?

 また、宇宙人みたいなことを言い出すんじゃないだろうなぁ?

 いいけどさ。俺は晴華が傍にいれば十分なんだから。ハハハ♡


 すると誕生日の前日に晴華から電話が掛かってきた。

 当然、待ち合わせの場所と時間を約束する為。


「でね。明日、芙柚はドレス着てきてね♡」

「え? なんで?」

「だって芙柚の日なんだもん。芙柚が一番着たい服って女物でしょ? 着たい服着て、美味しい物食べて……キャハ♡」

「晴華ぁ。ほんとにいいの?」

「当たり前じゃない。明日は世界中の男が私達に釘づけよ!」


 おいおい、なんで世界中なんだ?

 やっぱ宇宙人だぁ。可愛い宇宙人♡ コノコノぉ~。

 着たい服着て、美味しいもん食べて……。

 最後の『キャハ♡』が、もひとつ分からないが?

 ま、いいか。

 『明日は全部私の奢りだからね』

 って、晴華が張り切って言ってた。


 よ~し。イッチョ、久々に御粧しするか!


 俺はヒロさんに買って貰ったドレスをベッドの上に並べて、一着ずつ身体に合わせながら鏡を覗き込んだ。

 う~ん。やっぱこれかなぁ?

 一番最初に買って貰った、黒のワンピース。

 服に合わせたバッグと靴も揃っている。

 手袋は……いいか。


 翌日、俺達は約束の場所で久しぶりに見る愛しい恋人の顔をお互いに見つめ合っていた。


「久しぶり。芙柚」

「ああ、久しぶりだな晴華」

「女言葉でいいのよぉ。ちゃんとオシャレしてきてるのに……私に気を使わないで」

「ありがと。でも、きっと混ぜこぜになっちゃうよ」

「あは。それも楽しいかも。じゃ行こうか、予約の時間よ」

「うん♡」


 俺達は腕を組んでホテルに入っていった。

 食事は美味かった! 最高だ。

 晴華、かなりフンパツしてくれたなぁ。

 今度何を返してあげよっかなぁ? 

 って、俺にはそれを考える楽しみも増えた。


 俺と晴華の共通の話題は、塾の話か、長尾達ぐらいだ。

 柳のボランティア活動の話は晴華が一番興味深いジャンルだ。

 『貢献』って言葉に晴華もまた敏感だった。

 朔也の話では瞳を潤ませ声を詰まらせた場面もあったが、これから晴華が目指す臨床心理士は震災などで傷ついた心を癒す仕事だ。


「一人でも多くの人と関わって、少しでも役に立てるように……」


 晴華もまた自分が進むべき道に向かって進んでいるのだ。

 仕事に対する思いを情熱的に語る晴華は少し昂揚気味で、頬が少しピンクに染まっていた。

 うふ。可愛い♡

 こんなにステキな子が俺の彼女。

 今座っているホール中の人達に『彼女なんです!』って自慢したいくらいだ。

 そんな時ないか? 傍にいるだけで誇らしげになる時って、俺は今そんな気分MAX。


「じゃ、ラウンジでもいこうか? 芙柚」

「え? 時間大丈夫なの?」

「うふふ。今日は大丈夫なの。気にしないで♡」

「そ~なのぉ♡」


 やった! いつも時間を気にしていなきゃならないくらいお嬢様の晴華さん。

 店に来てくれていても俺の方がハラハラするぐらいだ。

 でも今日はお許しを貰ってるみたい♡

 晴華が言うんだから大丈夫なんだろう。

 俺達は仲良くラウンジに移動した。

 お酒を飲みながら、いつもとは違う雰囲気を満喫する。


「う~ん。芙柚そんな服持ってた? 凄くステキで似合ってて……羨ましい~」

「前に……晴華にカミングアウトした時に着てたよ」

「そうなのぉ。私、あの時は一杯一杯で……覚えてな~い」

「アハハ。それに、彩からの電話で着替えちゃったからねぇ」

「ああ、そうだった。麻由ちゃんは、もう落ち着いたの?」

「うん。この間一緒に買い物行ったのよ。『お姉ちゃん』だってぇ。お陰で服を買わされたわ。まんまと上手く乗せられたのね」

「さすがの芙柚も妹にはメロメね」

「ふふ……そうみたい」

「あ~、芙柚綺麗~」


 晴華がそう言いながら瞳を潤ませ、俺の頬を撫でた。

 少し目がトロンとしている。

 酔ったのかな?

 晴華は話しながら腕を絡ませ、俺の髪を撫ぜ、身体を摺り寄せて来る。

 お、お、おい、晴華……ヤバイって。

 いくら何でもこれじゃあ、俺の身体が反応してしまうじゃないかぁ。

 さっきから俺はずっと足を交差したままだ。

 む、無理……。晴華……俺の……○○○○○が……。

 寝た子を起こすんじゃない! 拷問だぁ!!


 俺は身体中の毛穴から汗が噴出してるんじゃないかと思うくらいに汗を掻きだした。

 さりげなくハンカチで額の汗を拭っていると晴華がテロンとした顔を近づけ甘えた声をだす。


「キスしてぇ」

「は、こ、こんなとこで……」

「芙柚……。愛してる。キスして……」


 『愛してる』

 その言葉で俺の理性が吹っ飛んだ。

 俺は酔った晴華の少し下った目尻に唇を軽く押し当てる。


「芙柚……今夜は一緒にずっといようね」

「ずっと……って」

「部屋を予約してあるの……」

「晴華……」

「芙柚……。好きなの。愛してるの。どうしょうもないくらい」

「俺だってそうだよ。晴華、愛してる」

「嬉しい。離さないでね」

「離すもんか!」


 俺達はやっと一つになった。

 身体を重ねながら何度も何度も『愛してる』と言い合いお互いを確かめ合った。

 晴華は瞳を潤ませながら俺にしがみつき、俺は晴華を抱き締め心も身体も高い高い頂に登りつめていた。


 だが、それと同時に暗い暗い谷底に……落ちていくもう一人の俺がいるのを……俺は知っていた。



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