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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
82/146

82.速水塾長。

 

 君が言うのであれば。きっとそれが真実なのだろう……。


 お、俺の目の前に座っているのは、いったい誰だ?

 俺は今、きっと締りのない顔をしているだろう。

 目を見開いて、顎を前に突き出して大口を開けているかもしれない。

 ……かもしれないというのは、そんな事はどうでもいいからだ。

 俺はまるで天地が逆さになったかと思えるぐらいに驚いていた。


 目の前にいる人物が俺の知っている人物だとは信じられなかった。

 いつも眼鏡の奥から人を見透かすような眼差しで俺を見据えて、まるで俺が何か失敗をしでかすのを待っているかのように……。

 もし何かしでかしでもしたら『そら見たことか!』なんて頭ごなしに渇を入れたくてウズウズしているように見えてた(少なくとも俺はそう思っていた)……あの塾長さんですか?


「どうしたんだね? かなり驚いているように見受けるが……」

「え……? あ、あぁ。はい、驚いています」

「ふむ。私に対する君の解釈は……頑固、分からず屋、独裁者、独りよがり、無神経、意地悪、執念深い、まだまだあるが……どれが当てはまるかな? もしくは、全部かもしれないが」


 俺は自分の心を在りのまま覗かれたような気分になった。

 冷や汗が出そうだ。手に汗握るような思い……気持ちが焦った時にでも『手に汗握る』は使えるぞ。などと訳の分からない事を考える。


 それよりも何よりも、塾長の言葉に己の心を見透かされていると確信した。

 俺は忽ち恥ずかしくなってしまい、身の置き所がなくなったかのように急にソワソワしだした。

 うわぁ、かっこ悪ぅ……。


 だって塾長が意地悪そうな表情を浮かべながら、冷やかすように言うんだもん。

 まるで俺の塾長に対する嫌悪感を煽るような口調だ。

 それもこれも、すべて俺の考えなどを見透かしている所為なのかも知れないが……。

 だが、ここで『そんな事なんて思ってもいませんよ』などと言うと、きっと嘲笑的な笑みを浮かべるだろう。

 それは、余りにも屈辱だ。

 心の中を覗かれたような気分にさせられて……尚、嗤われるなんて嫌だ。

 だから、俺はあえて答える。


「当たらずも遠からずです」

「アーッハハハハハハハハハ……」


 塾長は一瞬、地響きか? と思うほど低い声だが豪快に笑い出した。

 思えば塾長が笑ったとこなんか見たことがない。

 さっき、目を細めながら微笑んだ塾長は優しげな老人のようだった。

 まぁ老人と言うほど歳はいってないが。

 そして、今の豪快な笑い……俺の中に山賊がビールジョッキを片手に大笑いをしているイメージがポンと浮かんだ。


「君と私はいったい何を話しているのかな? まるでお互いの腹を探り合っているようじゃないか? 禅問答とまでは行かないにしても、この状態をいつまで続けるんだね?」


 言われてみればその通りだ。

 俺はまるで塾長に果し合いを申し込みに来たような勢いでここに来ている。

 は……気負い過ぎだ。


「ハハハ……。そうですよね、俺……ぼ、僕が気負い過ぎてますね」


 俺はそう言いながら、気恥ずかしさを誤魔化す為に頭を掻いた。


「とにかく……君が言いたいことは解った。が、私も人間だ……こう見えてもな?」

「ふ……、そんな言い方。意地が悪いですよ、塾長」

「アッハハハハハハ……」


 何だよぉ、このギャップはぁ……。

 いつも、こんなんでいいんじゃないのぉ?

 ったくぅ。

 でも後日会ったら、きっと手の平を返したような態度をとるんだろうなぁ……。

 この狸親父め……。


「れっきとした人間ですよ。ったくぅ、僕を苛めているんですか?」

「そうだ。案外楽しいものだ」

「趣味が悪いですってば……」

「ハハハ……そうだな。……こう見えても人間。君が明日からまるっきりの女性の姿……まぁ今は服装だけのようだが。女性になった君を見た私は多分、目を逸らしてしまうだろう。過去の君が私の記憶に残っているから……そう、易々と受け入れられる私ではない」


 かぁ~! 気持ちいいくらい言い切るねぇ。

 潔いって言うか……。逆に『カッケ~!!』って拍手してしまいそうだぜぇ。


「まぁ、君の精神状態など深くは解らないが……、性別を超えてまで生きるということは並大抵の決心ではないようだ。しかし、だからこそ周りの影響がどれほど大きいものかを考慮に入れなければならない。ましてや相手が年端も行かない子供達であるという事を肝に銘じて貰いたい」

「はい……。解っているつもりです」


 全く、仰るとおりでございます。塾長……。


「ところで、質問があるんだが。いいかな?」

「はい? かまいませんが?」

「私はその“性同一性障害”というのを深く知っているわけではないのだが……。それは、一種の病気なのか?」

「……一応、病院……精神科に通っています」

「ふむ……。だが、私には君が何らかの病を患っているようには見えないのだがね……」


 そうなんだ……。

 実は俺も、そこんところに引っ掛かってたんだ。

 『俺は変態なのか?』と思っていた頃は精神異常を疑った。

 しかし今で言う病名“性同一性障害”と言われて納得した部分もあった。

 が、それはあくまで症状に見合う名前をつけて貰ったような感覚だったんだ。

 ただ、それが病院で与えられた名前……。イコール、病名だ。


 性転換手術をするにしても二名以上の医師の診断がなければできない。

 要は、病気という事にしなければ治療や手術を受けることができないんだな。


「君はその事を納得しているのかね?」

「納得……? 病院へ通う事になった経緯が自分への違和感……。だったので……そんなものかと……。でも、本当には納得していないのかも知れません」

「知れません? 自分自身の事だろう?」

「確かに自分の事なんですが……。今思えば、訳が解らなかった自分の気持ちの動きや行動に対して答えを貰ったような気がして安心していただけなのかも……」

「なるほど……。心と身体が一致していないというような分野を扱うのは……今の時点では精神科になる訳だな。故に病気だと言われ……患者と呼ばれる…か」


 俺は塾長が“性同一性障害”に対して疑問に思った事をこれほど深く探求してくるとは思わなかった。

 しかも俺が心の奥底で思い続けてはいたが、何故か口に出して言えなかったことをいともあっさり疑問という形にして口にしてしまっている。


 俺はまるで、難解な数学の問題を解いている気分になっていた。

 あっ、塾長は数学の先生だったわぁ。

 だから考え方や、導き方も数学っぽいのね?


「まぁ、病気だと君が納得した由縁は理解した。だか……君が言うホルモン治療というのは全ての人が受けるものなのか? そうする事で病気が改善されるのか? 風邪を引いたときに処方される薬のような役目を果たすのか? 改善されると言うのはどういった方向に向かった場合改善されていると診断されるのだ? それに性転換手術は君達のような人にとって最善の方法なのか?」


 塾長のこの課題に対する疑問は尽きないんじゃないかと思えるぐらい、俺に向かって次々に質問が飛んで来る。

 おいおい。ちょっと待ってくれよぉ、俺が着いていけてないじゃんかぁ~。


「そういった治療は自身の選択です。受ける人もいるし受けない人もいる。でも……これはあくまで僕の意見ですが、皆治療を受けたいと思っていると思います。ただ、周りが……」

「うん、選択ならそうなのだろう。もし私が強制的に一日中女性の格好をさせられ、こんな恥辱に塗れるくらいなら死んでしまいたいと思うかも知れない……。言い過ぎたかな?」

「いいえ……そのとおりです。僕は……自分の姿を……男性の部分が鏡に映ったら……時々そう思う時があります……」


 何てことだ……。

 俺は何でこんな事まで塾長に話しているんだ。

 ここは……告白部屋か?


「ふむ……。この事に対して知識の浅い私の意見を言ってもいいかね? あくまで、君の話を聞いていて思ったことだが……」

「はい、大丈夫です。何を言われても僕の決心は変わりませんから」

「そうか……。なら、言わせて貰おう。その病気に……今は病気と言わせて貰うがいいかね?」

「はい、大丈夫です」

「うん。その病気に治療を施すのは選択だと言ったな?」

「はい、選択です」

「そのことによって性別を変える……もしくは超えるという事は『生き方の選択』なのではないかね? 私としては治療という言い方は何だかしっくりこないんだがな」

「塾長……」


 塾長の言葉に俺の胸が一杯になってくる。

 今まで俺が抱えてきた事を今日一日にしてこんなにも……。

 俺は、こんなふうに胸がスッキリした事がなかった。

 塾長は俺が思っていた事を全て代弁してくれた。


「性別を変えたいということを欲望としても……その欲望を公然と認めて生きることは傍目に見ていても気持ちがいいと思えるときがあるものだ」





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