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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
80/146

80.挑戦。

 

「酷い! そんなの虐待じゃないの」

「ま……、そうなるかな」


 朔也が引越してから数日が経った。

 俺は晴華に朔也の話をしたんだ。

 晴華は身体を震わせながら涙ぐんでいた。


「今は……そうかも知れないが。多分大丈夫だと思うよ。アイツはただ母親を不憫に思っているだけなんだ。これから中学生になって、そのうちに母親も現実を知っていくだろうし……。アイツは俺達が思っているほど子供じゃないよ」


 あの晩、柚湯の湯船に浸かりながら色んな話をした。

 本当はサッカーが好きだったり、好きな女の子がいたり……。

 朔也は、極普通の男の子だったんだな。

 風呂から上がった俺達は、俺のベッドで一緒に寝た。

 母親の話になると、どうしてもテンションが下ってしまうようだったが……。

 それでも朔也は自分なりに母親の事を思っていることが伝わって来る。


『僕は、僕のやり方でママを守っていくよ』

 次の日の朝、朔也を送り出す際アイツが言った言葉だ。

 何とも頼もしいじゃないか。


『“朔”って言うのは新月の事だ。昔の人は新月に願いごとすると満月に叶うって信じていたんだ。お前の願いは必ず叶うよ』


 それまで可愛い女の子のように見えていたアイツの顔が、初めて男の子の顔に見えた。

 俺はその瞬間確信したよ。アイツなら大丈夫だって。


『何か、あったら連絡してこいよ』

『うん! パパよりも先に連絡するよ』

『ハハ、順番はどうでもいいけどさ。絶対、連絡してくるんだぞ』

『うん!』


 元気に頷いた朔也は、礼儀正しく俺の母ちゃんに礼を言って帰っていった。


『アンタの子供の頃とよく似てるよ』って言う母ちゃんに、

『アイツはちゃんとした男の子だけどな』……と心の中で呟いた。



 そんなこんなで、いつの間にか年が明けた。

 晴華と一緒に初詣♡

 晴華の振袖姿は艶やかだった。俺も着た~い。

 そして、望みは叶った。

 まぁ。バイトで着物を着せて貰えたんだけどな。

 初めて着る着物は感激だった。

 彩の家で母親たちにおふざけで着せられたのとは違うぞ。

 髪を結い上げて貰って……。きゃん♡


 確かに身動きするのにはちょっとキツイかもしれないが、背筋がピンと伸びて自然と胸が前へ出てくる。

 “凛として” って、きっとこんな感じなんだと思う。

 身体の中に一本芯が通ったみたいな感じだ。

 だから着物を着ている女性は皆堂々としているように見えるんだなと思った。


「あけましておめでとうございますぅ♡」

「おお! まひる、いい感じじゃないかぁ。着物も似合うんだなぁ」

「いや~ん。ホントですかぁ? でも、まだまだママには及びませんけどねぇ」

「そりゃ、当たり前だろ。純子に比べたらまひるは、七五三詣りだ。ハハッハハアア」

「ちっ!」


 ママだけじゃない、お姉さん達は本当に綺麗だった。

 皆、堂々として“凛々しい”って言葉がピッタリ♡

 店中がピシッとひきしまって……。

 何かもの凄くやる気が出てくるっていうか、何かやらないと勿体無いって思えた。

 よぉ~し! 女磨き続行だぁ! 磨いて磨いて磨き捲くるぞぉ!!!



 2月某日。


「ねぇ、芙柚。もう一度塾のバイトする気ない?」


 “Rhymi‘n” でコーヒーを飲んでいたら、晴華が急にそう言ってきた。


「なんで? 急に」

「う……ん。そろそろ、大学院へ行く準備とか……。もうすぐ4回生じゃない?」

「そうだなぁ……」


 だけど…だけど…果たしてあの塾長が賛成するかねぇ? どうも俺にはそうは思えないけど。


「塾長にも相談してあるの。芙柚にやる気があるならって言って下さってるのよ」

「え~!!! マジっ?」

「マジよ。言ったでしょ? ああ見えて人はいいんだって」

「人が良いとか悪いとかの問題じゃないだろ? 俺が先生に向いてるかどうかじゃん。俺はあの鋭い眼光を向けられたら身体が竦んでしまう。正直、苦手だねぇ」

「そんなふうに言うもんじゃないわ。塾長の人を見る目は確かよ。その塾長が芙柚にやる気があるのならって、機会を与えてくれてるんじゃない。私にすれば凄いことだと思うわ」

「そうかねぇ。だけど、また髪の毛の長さ云々嫌味タラタラ言われるんじゃさぁ……」


 そうだよ。絶対髪の毛は切らないんだから! 髪は女の命なのよ! ふん!

 俺は晴華が一生懸命塾のバイトを薦めてくるのを、のらりくらりと交していた。

 それにしても、何で俺を自分の穴埋めって思いついたんだ?

 ま、確かにあのバイトは嫌いではなかった。

 ってか、結構ハマッてたかも? 

 子供達が正解を出した時のあの嬉しそうな顔。

 俺の質問に「絶対自分が答えるんだ」って、必死に手を上げて答えようとする意欲は見ていて気持ちがよかった。

 中学受験に対する不安が、ちょっと問題が解けないとすぐに自信喪失してしまうような弱いところもあるんだよな。

 それでも一生懸命に取り組み続ける姿は感動もんだった。

『先生! 解った!』ってうれしそうな声……。

 俺も自分の事のように思う場面が一杯あった。

 子供の成長の手応えっていうか……達成感を掴みながらできた仕事だった。


 けど今はいいわ、遠慮しとく。

 どうも、あの塾長とは馬が合わないんだよなぁ。

 俺はしつこく食い下がる晴華に生返事を返しながらピコピコと携帯ゲームをしていた。


「もう! 芙柚! いい加減にしてよ! 私の話ちゃんと聞いてる?」


 ヒッ! は、晴華が……ど、怒鳴った?

 俺は咄嗟に半身を引いた。

 ビ、ビックリしたぁ!


「き、聞いてるよ。ちゃんと聞いてるって……」

「聞いてないじゃない、ゲームばっかして……。全然聞いてくれない!」

「そ、そんな事ないって。ごめん晴華」

「芙柚は私達の事どう考えてるの?」

「へ? どう考えてるって?」

「将来の事よ! 私達の将来!」

「え? あ……そ、それは……」

「なぁんにも考えてないでしょ?」

「いや、だけど……それは……」


 晴華は本気なんだ。自分達にも家族を作ることができるんだって以前嬉しそうに話していた。

 確かに晴華と結婚できたら……って考えた事もあった。

 が、現実はそう簡単にはいかない。

 こんな俺に晴華の両親が『娘をよろしく』なんて言う筈がない。


「ハハハハ。芙柚くん女の子にここまで言わせていいのかな?」


 マスターがカウンター越しに冷やかした。


「はぁ……」

「もっと言ってやってください。ホント腹がたつ」

「だけど……晴華。俺達の場合もっと……さ。違うじゃないか……」

「何が違うのよ。芙柚は私の事なんかどうでもいいの?」

「そんなこと言ってるんじゃない。俺達には俺達の問題があるじゃないか」

「解ってるわ。だから……私達がちゃんと意志の疎通を図って、誰に何を言われてもブレないようにしていなくちゃいけないんじゃないの。私達がしようとしてる事は簡単なことじゃないのよ」


 うっ……。

 晴華はちゃんと考えていたんだ。

 真剣に俺と俺の事と向き合って、自分の人生を重ね合わせて考えてくれてたんだ。

 嬉しいよ晴華……。

 だけど……。


「解った。一度塾長に会ってみるよ」

「ほんと? よかった。私、連絡しておくわね」


 晴華はホッとした顔をしてカバンから手帳を取り出した。

 予定表のページを俺に見せながら


「いつ頃がいい?」


 って嬉しそうに訊いてくる。


「でもな晴華。お前の期待通りにならないかもしれないぞ」

「何で? 塾長に会うってことはバイトするってことでしょ?」

「塾長がOKしたらな」

「するに決まってるじゃない。心配ないって」


 それは解らないぞ晴華……。

 そして俺は再び塾長と顔を合わすことになった。


「お久しぶりです……塾長」

「ああ、河合くんから聞いているよ。まぁ、君にやる気があるのなら来ればいいとも伝えたがね」

「はい、やる気はあります。ただ……」

「ただ? 何か条件があると言うのか?」


 さすがだな塾長。キレる人は話が早い。


「はい。僕……、私を“女性”として雇って貰えますか?」



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