表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
8/146

8.生きるって大変じゃ!

 

 

 今まで俺は、自分の秘密を他人に知られる事を恐れ人を近づけなかった。

 当然だろ? ちょっとした仕草や、言葉使いで……変に突っ込まれるのは嫌だからな。

 

『君子危うきに近寄らず』だ。

 

 俺は電車から飛び降り、階段を駆け上がり、止まることなく改札を抜けた。

 危うきに近寄らずぅ? くっそー! 向こうから近づいて来やがったぁ。

 

 ひたすら走る。走らずにはいられない__。

 何かに突き動かされるかのように__。

 何かから逃げるかのように__。

 

 言い表わしようのない、恐怖、危機感……俺の後ろからドス黒い何かが追いかけてくるような……そんな気がして、俺は走り続けた。

 改札口から駅の出口へ、人を掻き分けながら走る。

 何度も人にぶつかりそうになりながら、時にはぶつかってしまい何度か頭を下げた。

 それでも走り続ける俺を、訝しく睨みつける視線を幾つも感じる。

 しかし、そんな事は何でもない。

 今、俺の中に起きている事が最優先事項なんだ。

 人にぶつかろうが、ヨロめこうが、睨まれようが俺は走る事を止めない。

 もし、誰か……例えば、危なげ人にぶつかって『こぉらぁ! 兄ちゃん待てやぁ!!』って、怒鳴られてもガン無視だ。多分、虫の羽音ぐらいにしか聞こえないだろう。 

 たとえ、追いかけられて胸座を掴まれたとしても、俺は振り切って見せる。

 

 ハァハァハァ……着いた。

 俺はビルを見上げた。純子ママの店が入っている雑居ビルだ。

 エレベータの前に立ち、ランプを確認するとエレベータは7Fに止まっていた。

 俺の店は5F……。

 

 カチカチカチカチカチ……。

 ちっ! おっせ~なぁ!

 

 何度も何度もボタンを押す__。

 カチカチカチカチカチカチカチ……。

 

 そんな事をしても、エレベータの速度は変らない。変えることなんて、できる筈がない。

 

 プシューー。

 ドアが開いた。すぐに飛び乗り、5Fのボタンと『閉』ボタンを同時に押す。

 ドアが閉まると、上を見る。2F通過……。3F通過……。4F通過……。

 5F。チン!

 ドアがゆっくり静かに開いていく。開き切る前に身体を横にしてすり抜けるようにして、エレベータから飛び出した。

 

 店の前に立って、扉のノブに手を掛けると鍵は開いていた。

 扉を強く押し、中へ入ると足元の尾灯だけが点いている。

 ひっそりとした店内。真っ暗なホール__。

 営業中とは、全く違った世界だ。

 正しく光と闇__。

 

 俺が早足で控え室に向かうと、純子ママは鏡に向かって化粧をしていた。

 鏡越しで俺に気がつくと、ニコッと笑って振り返る。

 俺はママの顔を見た途端、また泣き出した。

 ママはため息をつき、微笑むと椅子から立ち上がり俺の方へ近づいてきた。

 彼女は俺の前に立ち止まると、俺を優しく抱きしめ。

 

『馬鹿な子ね……』

 

 そう囁くと、俺の頭を優しく撫でた。何度も何度も、優しく優しく……。

 

 

 

『え? 営業方針?』

『そうよ。カズオちゃん、ダメよ。勝手に面接ぶっ壊しちゃぁ。どこにダイヤの原石が転がってるか分らないんだから~。まぁ彼はウェイター向きだったから、そっちに入って貰らったけど。頼むわよ~。カズオちゃん~。詰まないでね~』

『で、でも。俺の時は、仕事選ばせてくれなかったじゃないか』

『馬鹿ね。当たり前じゃない。私は同類には鼻が利くのよ。ふふ。悔しがってたわよ、彼。女装したかったみたいね』

 

 俺は面食らっていた。この店のお姉さんには、全然、ノーマルの人もいるんだそうだ。

 ゲイバーだからって、こちら側の人間ばかりが来る訳ではないと言って、純子さんは笑った。

 仕事を選ばない人間は山ほどいるんだと。

 

『生きるって大変なのよ~。親に感謝しなさ~い』

 

 全くもって、耳が痛い。

 因みに、この店の営業方針は。

 接客(女装〔ノーマルの方歓迎〕)、ホール係(女装あり、なし。どちらでもOK)

 で、時給がそれぞれ違うんだな。接客はもちろん1番時給がいい。2番はホール係の女装あり。で、ホール係の女装なしだ。

 面接時に希望を聞いて振り分けていく。希望通りにいかない場合も多々あるが、それは仕方が無いことだ。

 長尾は金が欲しかったので接客を希望したらしいが、アウト。

 悪くはないんだが……そこは純子ママの目利きだな。

 せめて、ホールで女装ってのを希望……これもアウト。

 まぁ、バイトに在りつけただけでも良かったと言ってたらしい。

 で、俺の事を訊いたと。

 

『あら~。カズオちゃんの友達なの~。あの子は接客よ。ああ見えて化けるのよぉ~。私の腕がいいんだけどね。大衆演劇の女形タイプね、あの子は』

 

 そっかぁ。アイツ俺の名前出したって言ってたけど、コネに使ったんじゃないのか。

 ほ~。何だか気が抜けた。安心したのかも知れない。

 それに、長尾が以外だった。もっと、がっついた奴かと思っていたが……。

 

 それと自分だな。自分の恐れが、あんなに大きかったなんて思わなかった。

 自分を見ないようにしてきたことに自覚はあるが、気が狂うって思うほど恐かったなんて知らなかったな。

 自分で在り続けるには、あの恐れから目を背けちゃいけないんだと思った。

 せめて隣において上手く付き合っていければ、俺が選択するこれからの事も上手く超えていけるのかも知れない。

 

『よし!』

『何が、よし! なの?』

『う~ん。全てよし! だ』

『ふん。ベソ掻いてたくせに~』

『言うなよぉ~。それ~』

 

 

 

 翌日、学内で肩を叩かれた。

 振り返ると、思った通り……長尾だ。

 

『いよ! 昨日はどうしたんだよ。急に走っていくからビックリしたぜ。大丈夫か?』

『あぁ。何か、食べ合わせが悪かったのかな? 吐き気がして……』

『食べ合わせって、何だ?』

『いや……、気にしなくていい』

 

 ……何で、通じないんだ。

 な、何か緊張するなぁ。気にし過ぎだな。うん。そうだ……。気にし過ぎだ。

 うっ、何か喋れよ。ぅぁ、緊張しすぎて、手足がバラバラに動き出しそうだ。

 

『お前いいなぁ~!!』

『へっ? 何が?』

『バイトだよ。バイト、接客で取って貰ったんだろ? 時給、俺の3倍近くあるじゃん。羨ましいぜ』

『偶々だよ。俺だって接客に引っ張られるなんて、夢にも思わなかったんだから。お陰で、人に言えない秘密を持った気分だ』

『そうか? 俺なら言い振らすぞ。俺、女装のバイトしてんだって』

『やってないから、言えるんだよ。実際、やってみ? 学祭とかの1回限りじゃないんだから、人って分んないじゃん』

『へぇ~、意外だなぁ。お前って、そんな細かいこと気にするタイプ?』

『な、なんだよ。悪いか!』

『いや。俺はね、お前って「はっ! 言っとけ!」て、蹴散らしてしまうかと思ってたのさ』

『わ、悪いか……その時々で反応も違うし、対応も変ってくるだろ……』

『そんなもんかねぇ?』

『そんなもんだ』

『で、今度いつ入るんだバイト。早く可愛いカズオちゃんに会いたいんだなぁ~』

『はっ! 言っとけ!』

 

 

 まっ、そんなこんなで友達ができた。といっても、ただ長尾が懐いてきてるだけ感が拭えないが。

 

 長尾は……なんて言うか。素直なヤツだった。

 思った事をすぐ口にするが、悪気はないんだと暫くしてから分るようになった。

 まっ、俺も人を寄せ付けなかった分、人の事をしのごの言う気は更々無いが。

 自分の近くに人がチョロチョロしているのが、変な感じだ。

 俺が女装してるのは生活の為と信じてるコイツは、その事に関して何も突っ込んではこないし。

 俺も平然と女装姿でコイツの前にいる事が、何ていうかな……楽だ。

 多少、後ろめたい部分はあるぜ。一応、騙してるんだからな。っていうか隠してるだけ、だけどな。

 

 俺は今のところ、カミングアウトする気はない。家族にもコイツにも。

 この先はどうなるか分らないけど、今はない。

 まだ、自分自身どうしたいのか、どうなりたいのか掴めていないからだ。

 それに、純子ママが言う『周りの人への配慮』っていうのも考えなければならないと思うからだ。

 そうだよな、いきなり『俺は女になりたい! 男でいたくないんだ!』なんて言ったら、母ちゃん泡吹いてぶっ倒れかねないもんな。アブナイ、アブナイ。

 

 それに、仕事だ。バイトじゃなく就職の事ね。

 このまま、ずっとバイトって訳には行かなくなるだろうし……家もいつかは出ないとな。

 独り立ちってやつね。最近そんな事を考えている。

 長尾も独り立ちについては考えているらしく、卒業したらって言っていた。

 お互い授業料稼ぐのに四苦八苦してるから、家賃とか色々考えたら……まぁ、その辺の時期が妥当だな。

 取り敢えず、今は金だ。いや、これから先も金だとは思うけどな。

 

 で、去年の秋のことだ。俺はまんまと長尾にハメられた。

 

『お~い! カズオぉ~。金だ~! 金が入るぞ~!』


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ