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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
78/146

78.理想の女性。

「……」


 俺は帰りの電車の中で空っぽになっていた。

 葵の顔を思い浮かべる……。綺麗だ。

 それ以上、何も考えられない。

 言葉が浮かんでこないんだ。


 ただ、ただ流れていく夜景を眺めているだけ……。

 自分の存在が薄れていくような感覚。

 夜の闇に紛れて……俺が俺でなくなる。

 自分で自分を見つけられないくらい、薄い存在。

 自分で自分を感じられないくらい、暗い闇に紛れて目を閉じる……。

 俺の存在そのものが闇になる。


 アナウンスの声で目が覚めた。乗換えだ。

 電車から降りると……せかせかと家路を急ぐ人達で駅が溢れ返っている。

 さっきまでの静寂とは、まるで世界が違った。

 その雑踏の中を、空っぽのままで進んで行く……。

 乗り継ぎの電車は既にホームに停車していた。

 電車に織り込むと、遊びつかれた恋人達が肩を寄せ合って眠っている。

 少し離れた座席には酔っ払ってしまったサラリーマンが眠りこけていた。

 本を読んでいる女性、スマホでしきりにゲームをしている学生?

 イアホンから漏れ聞こえる音がシャカシャカと、もはや音楽ではない何かの効果音にしか聞こえない音に身体を揺らしている男性。


 俺は二人がけのシートの窓際に座り、電車が発車するのを待った。

 まだ、頭の中は空っぽのまま……。目に映るものだけが、俺の世界。

 発車のベルが聞こえる……。

 電車が動き出し駅から離れ、また暗闇の中を走り出す。


 暫らくすると見知った町並みが視界に入ってきた。

 その時、やっと俺の思考が動き出した。

 『ただいま……』

 そう心の中で呟くと、なぜか胸が熱くなった。

 ふ……。何、感傷的になってんだろうねぇ? 俺は。

 たった何時間か離れていただけなのに何年も何十年も離れていたかのように懐かしく思える。


 葵が俺を……俺の何かを変えた? 何を?

 インパクトはあった。あり過ぎるほど……だ。

 性転換したから? それもある。

 自分の殻を破り、自分に価値を見出しそれを高めていくと語る葵の力強さに圧倒された。


 俺だって、自分の名前を手に入れた。

 だが、そのことを小さいと思った……。

 しかし、その名前を廻って長尾が俺の名誉を守るために奔走してくれた事、俺に価値があることを見出してくれたんだと……。

 長尾が俺にしてくれたこと、俺への理解、その他諸々を考えた時、一瞬でも自分が得たものを小さいと思った自分を恥じた。

 小さいんじゃないんだ。まだ俺は途中なんだと思い直した。

 そこで、思考が止まった。


 思考は止まったが、俺の中に何かフツフツと……静かに……静かに……燃えているのを感じる。

 葵……会えて良かった。


 家に帰って、自分の部屋でベッドに寝転んでぼんやりと天井を見上げる。

 視界の中には天井と天井に張られたグラビア・アイドルのポスター。

 部屋の電気はいつも一段階落としているので俺の部屋は他の部屋より少し暗い。

 グラビア・アイドルの顔がはっきり見えない。

 なのに、視界の片隅に葵がいる。

 ずっと、俺の視界の中に……正しくは、頭の中に葵がいるんだな。

 楽しげに微笑む顔、夢を語るキリッとした瞳、シュンの痛みを自分の事のように受けそれでも尚祈るように語り掛ける寂しげな葵……。


 そして、どれを取っても葵は本物だった。

 何の誤魔化しもなく、誰にも媚ず、自分に本物で生きていると思った。

 そんな葵に俺は憧憬と畏怖が合わさったような感情を覚えた。

 他人事にすると憧憬、だが自分に当て嵌めて見ると畏怖……。

 俺が俺に対して本物でないことがよく解る。

 俺に何が出来るんだろう? 俺は何がしたいんだろう?


 ああ。今日は疲れた……。眠ろう……。

 そう考えた途端、俺の意識は白濁に呑まれていった……。



 葵と再会した日から三日が過ぎた。

 俺は相変わらず、ゲイバーのバイトに励んでいる。

 でも、今までの俺と少し違うんだ。

 何が違うかって? 

 今俺にできる事を一生懸命やろうって決めたんだ。

 何にも手を抜かない、本当に一生懸命だ。

 こんなに難しくて、パワーが必要で、しんどくって……楽しい事だとは思わなかった。

 人の目を見て話すと、『この人こんな顔だったんだぁ』って今更ながらに気づいたりする。

 失礼な話だよなぁ。曲りなりにもお客様だよん。ごめんなさ~い。


 大学も真面目に行ってる。サボったりしない。

 講義も真剣に聞いている。勉強も今までのような、単位の為とかじゃなくて。

 今、俺ができることの一つとして取り組んでいる。

 正直、息切れしそうだ。

 今まで生きてきて、俺は俺の周りの風景の半分も自分の物にしていなかった事に気づいた。

 俺に話しかけてくれている友達がこんなにいたなんて知らなかった。

 学内のあちこちに咲いてる花の種類がこんなに豊富だったなんて知らなかった。

 学食のテーブル一つ一つに置いてあるオシボリが決められた時間に必ず交換されていて、いつも真っ白だったなんて気づかなかった。

 もっとあるぞ、近所の商店街は夜になると商店の人達全員で道に水を流しているんだとか。

 そう思ってみると、道路がいつも綺麗なんだ。

 そんなふうに道を歩いている時でも色んな物や風景が目に入ってくる。

『え~!! いまさら~?』って、麻由や、長尾や、周りの人に言われっぱなしだ。

 一番恥ずかしかったのが店の前に置いてある守塩。


『こんなとこに神様祭るんですか?』


 なんて言ってしまった。

 あの時のママとお姉さん達の顔ったら……、余りの俺の常識の無さに歪んでたな。

 だけど負けるもんか! 誰に? 俺にだ。

 知らない事を知らないと言う勇気と知らない事を知ってる事に変える楽しみに、俺はこれにはまってしまった。

 これこそ今更なんだけどな……幼稚園児かよ。ハハハ


 とにかく煤けたような俺の世界が色鮮やかな世界に変わった。

 何万画素かな? ってくらいに。

 そして、何でもいいからとにかく知識が欲しくなった。

 何でもいいんだ。

 これだ! ってのを特に決めてないもんだから何から手をつけていいのかも分からない。

 で、英会話だ! なんて思いついて、聞いているだけで話せるようになれるっていうCDを購入した。

 だが……、雑音にしか聞こえない……。

 それでも、我慢して頑張って聞いていると。


「吉村、それ英語の?」

「ああ、雑音にしか聞こえないよ。俺、無理かな?」

「二倍速で聞いてる?」

「は? 二倍速?」

「ああ、最初は二倍速で聞いて、慣れたら三倍速で聞くんだ。そうすれば、外国人の言葉がちゃんと聞こえて来るよ」

「そ、そうなのか?」


 俺は早速二倍速で取り直して聞いている。やっぱり、雑音だけどな……。

 だけどこの事を教えてくれた友達が言ったんだ。


「吉村って面白いよな。もっと話しづらいっていうか……暗い奴だと思ってたよ」


 だってさ。そりゃ、俺はワザとそうしてたんだからな。

 俺って、ホントおバカさん。


 葵とはあれから電話とかメールとか頻繁に連絡を取り合っている。

 葵の仕事の話とか俺のバイトの話とか大学の事、晴華の事なんか全部話した。

 俺が一番聞きたいのは、ヤッパり性転換の事。

 自分なりに調べてたりはしていたが、実際の話は……現実を感じさせた。

 女性の身体になったら……。

 こんな女性になりたい! なんて具体的に思うようになった。

 英語が話せる女性になりたい、花を生けられる女性になりたい、スーツを着てヒールを履きこなしている女性、背筋をピンと伸ばして自分の意見を言える女性。

 その時の為に今から自分を創るんだ。女性の身体になってからでは遅いんだ。

 身体を手に入れた時が完成なんだ。

 なんて事をいつも葵と話している。楽しいぞぉ。

 なんか……生き生きしてるって感じるんだ。

 俺は、そんな鼻歌混じりの日々を送っていた。


 ある日、バイトの夜。

 お客さんを送って店を出ると、歩道のガードレールに子供が一人座っていた。


「朔也! 何してんだ!」


 朔也は俺を見つけるとガードレールから飛び降り走り寄ってきて俺に抱きついた。


「おい! 朔也。どうしたんだ?」

「おっとぉ。まひるちゃん、隠し子がいたのかぁ?」

「いやだ~、なんでこんな大きな子がいるんですかぁ。前の塾のバイトの時の生徒ですよぉ」

「ああ、まひるちゃん先生だったよねぇ」

「おい、坊主。こんな先生当てになんないぞぉ」

「ちょっとぉ。私結構人気あったんですよ~。失礼ねぇ」

「ホントかよぉ。じゃ、帰るわ。ありがとなぁ」

「ありがとうございましたぁ。また来てねぇ」


 冗談を言いながらお客を送っている間中、朔也は俺の足元にしがみついていた。

 お姉さん達も心配そうにしている。


「まひるぅ。この子、大丈夫?」

「はぁ……。おい、朔也? どうしたんだ? 家は? お母さんは?」


 何を言っても朔也は答えようとせずにドレスに顔を埋めている。

 困ったなぁ……。


「もう、お店終わりだから送って行けば?」

「そうっすねぇ。一人で帰せないですよねぇ」


 という訳で俺は朔也を家まで送り届ける事になった。


「おい! 朔! 走れ! 終電だぞ! 走れ!」


 俺と朔也は全速で走った。

 駅のホームに鳴り響くベルが鳴り止まないうちに電車に乗り込まなければ!

 プシュー。

 間に合った……。く、苦しい。はぁはぁ……。

 俺は朔也の頭を小突き、シートに座るように促した。

 はぁはぁはぁ……。

 二人共、息が上がって会話が出来ない。


「はぁはぁ……。どうしたんだ? はぁはぁ……」

「先生に会いに来たの。はぁはぁ……」

「はぁはぁ……、こんな時間に……」

「僕、引越しするんだ」

「そうなのか? えらく中途半端な時期だな。何でまた急に?」

「パパとママ……離婚するんだ」


 寂しそうに俯く朔也を見て、俺は息が止まりそうになった。



ぼちぼちと書き始めていきます。

よろしくお願いします。

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