77.憧れ。
「しら……すな、だよ……な?」
「そうだよ。白砂だよ」
「な、なんで……」
「前回の参加名簿……私、講演時間には来れなかったんだけど、親睦会には間に合うようにって。で、ちょうどエレベータを降りた時高橋さんが隣のエレベータの前に立ってて誰かに手を振ってたの。聞いたら新しい参加者が来たって、名簿見てビックリよ。“加州雄”って、私の周りでな吉村だけだもの。その名前がフルで書いてあるんだから、もしかして……って」
懐かしそうに話しかけてくる白砂の顔をマジマジと見る。
そこには、100%普通の女子がにこやかに佇んでいた。
「う……ん。え……」
上手く言葉が出てこない。
目の前に置かれた状況が余りにもショッキングで……。
「て、転校してから……?」
「ん? ああ、性転換ね。う~ん、正確には高校を卒業してから。大学進学希望じゃなかったし……、高校だって……あまり行けてないの」
白砂の顔に翳りができた。
“イジメ”か……。変わらなかったんだな……新しい場所でも。
それってかなりキツイよな。
苛めるヤツって、まるで匂いを嗅ぎ分けられるのかってくらいピンポイントで寄ってきやがるんだ。
だからこっちは、色んなことをして匂いを消そうとする。
特に、新しい場所に移った時なんか、別人になろうと必死で努力する。
自分を知ってる人間がいなければそれができるって思うんだ。
前の学校ではあまり喋らなかったから、頑張って人と話そうとする。
明るく振舞おうとする。元気なフりをする……。
だけど……、一番奥に染み付いた匂いは消せないんだ。
結局、奴らは見破ってしまうんだ。
なぁ、白砂……。
だけど……、綺麗だよ。
白砂は一瞬で俺の憧れの存在になった。
正直言うと、妬んだ。
当然だろ? 俺が未だに超えられない壁をヒョイって乗り越えたんだから。
と言っても、そう簡単に乗り越えた訳じゃない事は解っている。
でも、結果乗り越える事ができたって事は賞賛に価する。
白砂。おめでとう!! 心から祝福するよ。
「さぁさ、感動のご対面はもういいかしら? 講習会が始まるわよ。芙柚ちゃんは親睦会の方は参加できるの?」
「はい。今日はそのつもりで来ました」
「そう! よかったぁ。葵ちゃん、良かったわね」
「うん!」
その後の講習会は上の空で、ずっと白砂……、葵と隣同士に座ってメモのやり取りをしていた。
まるで女学生だ。ハハハハ……。塾のガキを叱れたもんじゃない。
おっと、もう先生じゃないか。
葵は今花屋に勤めているらしい。
『見た目は綺麗だし、夢があるように思われがちだけど……あれは肉体労働なんだよ』
って、爪の先が真っ黒に染まっている手を見せてくれた。
花屋の基本は水替え、折れてるのや枯れたりしてるのは取り除いて茎の足下2~3センチを切り落として、新しい水の中に花をどんどん入れていく。
花と水が入ったバケツを運ぶのはとっても重い。まさしく肉体労働というわけさ。
朝早い、仕入れの事や……。
虫が付きやすい観葉植物に手を焼いているとも言っていた。
一度、有名人のお葬式の花の注文を受けた時は倒れそうだったと……夜なか中鳴り止まない注文の電話が長い間耳についていたと笑っていた。
毎日仏花を縛ってるのは辛いと言ったり、最近やっとフラワーアレンジをさせて貰っていると嬉しそうに話す葵は、面白い程コロコロと表情が変わって……キラキラしていた。
ここにも、目標を持って前を見て……前だけを見て生きている奴がいる。
『小さな花屋なんて言わない。あの花屋に行けば必ず思い通りにアレンジしてくれる。贈った人が喜ぶ花を作ってくれるって言われる花屋を開くのが夢なの』
そして、もう一つ……戸籍を女性に変更する為、申請中なんだと……。
くぅ~! 羨ましい!!!
俺の1000歩前を行ってるよぉーーーー!!!
「確かに羨ましいわよ。でもその人それぞれ事情ってあるじゃない?」
高橋さんがチビリチビリとビールを飲みながら俺に向かって言った。
やっぱ、顔に出てるのか? 羨ましいのが……あ、ヨダレが……。
俺達は親睦会と称して、居酒屋に移動した。
いつもこんな感じなのかと高橋さんに聞くと『いろいろ……その時々の幹事による』
という答えが返ってきた。
「そうだ。手続きだけだと単純な事だけど、そんなに簡単になれるもんじゃない。俺達は一人で生きてるわけじゃないんだ」
宝塚が突き放すように言う。なんて……寂しそうなんだ。
余程、嫌な思いをしてきたのだろう。
「そうよ。一度目を付けられるといつまででも嫌な思いをさせられる」
「そんなの……いつか解ってくれる人だっているわ」
「そんな人もいるし、ずっと変わらない人だっている」
「理解者を見つけるなんて奇跡だ」
皆が、口々に言う。何だか雰囲気が悪くなってきたような気がするなぁ。
こういう話はお酒が入ると……抉れるんだよなぁ。
経験上、良く知っている。
ちょっと、ヤバくないか?
「家族は? 家族がいるじゃないか」
「家族? 変な格好して歩くんじゃないってアドバイスしてくれる家族の事?」
「シュン……」
葵が宝塚を悲しげに見た。
空気がどんっと重くなる。
だが、その空気を吹き飛ばすように高橋さんがおどけながら割り込んできた。
「あら~。私が苛められた話も聞いてよぉ。学生の頃、学校に行ったら机の上にナプキンが置いてあったの。ご丁寧に赤いマジックで印までしてあったわぁ。恥じらいがないと思わない? せっかく女に生まれたのに……もったいないわ」
「ホント、もったいないわね。ハハハ」
ふぅ、一時はどうなるかと思ったよぉ。
高橋さんはムードメーカーだ。
必要だよなぁ、でもってこういう人って結構苦労してるんだよなぁ。
「高橋さんのその話を聞くの何回目かしら?」
「俺は三回目」
「私は……二回目」
え? そうなの?
「「ははっはは」」
「「ホホ……」」
その後もそれぞれが、思っている事を吐き出すかの様に意見交換がなされた。
宝塚のように、世間に対して拗ねているって感じの意見も多い。
高橋さん曰く、いつもの事だと。その上で、
「芙柚ちゃんも、何か言いたい事ないの?」
「え? 私? う……ん、私の知っている人がいつも言うんです。私達は被害者じゃないって、だから周りの人達にも配慮が必要だって」
「そうでもないんじゃないの? 解ってくれる人がいたとしても極少数よ」
「そんな事関係ないわ。人数じゃないよ」
しまったぁ! せっかく和んだ雰囲気が俺の一言で、またおかしくなってしまった。
しかし、俺はそう思っている。
俺は、このママの言葉に力づけられたんだ!
「普通の人達だって、本当に分かり合えてる人って少数じゃないの? 全てに解ってもらえるなんてその方が奇跡よ」
「そうよ。私達と何ら変わりはないと思うわ」
皆が、バラバラに話し出す。
すると葵が、
「私は……私が大切に思っている人は、必ず私を大切に思ってくれるって信じるわ。今はそうでなくても……」
「お前が信じるのは勝手だけどね。そんな保障何処にもないじゃん。ないない」
宝塚……。
葵が何を言おうと、シュンは頑なだった。
しかし葵は皆を真っ直ぐに見ながら言ったんだ。
「私は自分から逃げない、自分には価値があるんだと……その価値を高める事をやめない。皆もそうよ、誰にでも価値はあるわ。自分の価値を知る必要があるのよ……」
そして、シュンに向かって祈るように言った。
「お願い、だからそんな事言わないで……シュン」
その儚げな佇まいに俺は胸を締めつけられた。
不謹慎だとは思ったが……。
葵の美しさに、心がときめいた。
お休みさせていただきました。ありがとうございます。
少しの間、毎日とは行きませんができるだけ詰めて更新していこうと思います。




