76.姉妹ごっこ。
「はぁ~、ヤッパリこっちは“ほっこり”するわねぇ」
塾のバイトは終了した。
ゲイバーのバイトオンリーに戻ったんだ。
確かに故郷にでも帰ってきたような安堵感はあるが……。
塾のバイト最後の日……燃え尽きた感が半端なかった。
ふ……。俺、結構あのバイトに気合い入ってたんだってその時気づいた。
やりがい……あったよなぁ。
「なあに、まひるぅ哀愁漂わせてぇ」
「凜さん。また、ガンガン入りますからねぇ」
「頼むわよぉ。お客さん寂しがってたんだからぁ。腹立つけどさ。アハハハ」
「ご迷惑おかけしました」
「どうだった? 塾の先生は」
「あっという間でしたよ。結構楽しかったですよ」
「そう? 私らは勉強なんて願い下げ……他のことなら手取り足取り教えてあげるけどねぇ」
「ハハハ、それメッチャ興味ありますぅ」
「任せなさい。さ、行くわよ」
「「「いらっしゃいませ~!!」」」
ドレスを着て、バッチリメイクで、扉の前に並んでお客様をお迎えする。
あぁ~ん。久々の快感よぉ。
「やったぁ、まひるがいるぅ」
「いらっしゃいませぇ。リコちゃん久しぶりぃ」
俺がそう言いながら両手を広げると、リコちゃんは転がるように懐に入ってきて抱きつく。
「あ~ん。まひるぅ、ギュっとしてぇ」
俺はリコちゃんを抱き締めてギュっと力を入れた。
一緒に来ている友達が『次、私ぃ』なんて言って順番待ちしてる。
はぁ、“ほっこり”するなぁ。
いいなぁ。
この店はいい。楽しい。
煌びやかな世界が好きって訳じゃない。
ただ“ほっこり”する。
ここに来ると分かる。
ここでない場所で私が……私でないことが……分かる。
ここは、私が私でいられるから……。
子供の前では男? 長尾の前では? 晴華の前では? 彩の前では?
皆、私を受け入れてくれてる? ホント?
本当? 私が本当?
私は“俺”って言いたくないの。それが本当。
だけど……。俺って言わなくっちゃ……。
合わせてくれてる人に合わせなくっちゃ……。
って、思うの……。当然よね。
はぁ……。今日は楽しかった。
お酒も一杯飲んじゃった。
今日はイアホンなしで歩こうかな?
こうやって街中を歩いていると時々聞こえてくる……。
擦れ違いざまに……『オカマ?』って言葉。
ふ……。私ってオカマなんだ。
女なんだけどね……。
そんな言葉が聞きたくなくて、一人で歩く時はイヤホンが手離せない。
臆病?
最近。思う事……。
一人ぼっちの時の方が良かったって……。
晴華にも会わなくても良かったって……。
カミングアウトしなくたって良かったって。
何か……よけい、しんどくなった。
毎分毎秒、文句を言ってるのが疲れる……。
そうじゃないの、違うの。女なんだって……。私なんだって……。
毎分毎秒……。ボタンの掛け違いを見つけてしまう自分がイヤなの。
何時になったら女になれるの? 女に戻れるの?
いっそ、どっか遠い所へ行ってしまおうか。
誰にも知られず女になって今までの自分を忘れて……。
家族も、晴華も、長尾も忘れて……。
新しい自分を生きるの……。
ダメダメ、私の為に頑張ってくれている人を置き去りなんてできない。
自分だけを優先するなんてできない。
少しずつでいい、少しずつ私を取り戻していこう……。
はぁ、でも今日は楽しかった。
「ただいまぁ~」
「あ、芙柚兄お帰りぃ」
「なんだ、まだ起きてたのか?」
「明日、日曜だよ。いいじゃん」
「そっか……」
「なんか、届いてるよ」
「ん?」
麻由が一通の封筒を見せた。
封筒の裏を見ると、“○○○研究会”
ああ、あの時の……。
中には一枚のチラシと、高橋さんからのメッセージが入っていた。
お久しぶりです。お元気ですか?
今回の会場は吉村さんの住まいに幾分近いかもしれないと思い、お誘いの手紙を出させて頂きました。ご都合がつきましたら、是非来てください。私が親しくしているメンバーを紹介したいと思っています。
インパクトあったよなぁ、高橋さん。
アレってギャグだったのか?
高橋さんの最後の言葉を思い出すと笑いが込み上げてきた。
行こうっかな? うん、行こう。
俺は手帳を取り出して、研究会の日程と自分の予定を照らし合わせた。
やった、オフだ。よし! 行けるぞ。
「麻由~! クローゼットの整理してやろうか?」
「いらない……この間整理したばっか」
「ほんとかぁ? お前整理整頓ヘタだから見てやるよ」
「いらないってぇ! 私の服が目当てなんでしょ? ダメだよ。貸さないよ」
ちっ。お見通しってか? いいじゃないかぁ、ちょっとくらいさぁ。
あ~、しゃーねーなぁ。
「う~ん。じゃ、明日一緒に買い物に行かないか?」
「ホント? 何か買ってくれるの?」
「ああ、買って上げるよん。但し、俺と共有できる服な」
「ええ~。芙柚兄と私、趣味が違うじゃん」
「そんな事ないよ~、麻由の服好きだもん。いいだろ?」
「う~ん。ねぇ、芙柚兄ぃどんな格好して行くの?」
「へ? どんなって?」
急に何言い出すのかと思ったら……。
何考えてんだ?
「女……の格好してく?」
は? そんな訳ないだろ?
だいたい、お前がイヤがるんじゃないのか?
「麻由はどっちがいいんだ?」
「女ぁ! 一回でいいからお姉ちゃんと買い物したかったんだ」
おっとぉ! 予想もしなかった答えが返ってきましたよぉ!
う、嬉しい……。ヤバ……泣きそう。
「お姉ちゃんって……」
「ヘヘヘ……実はね。ジャ~ン!!」
麻由が一枚の写真を俺に見せた。
わっ!
「こ、これ……どうしたんだよ」
「フフ、彩ちゃんに貰ったの」
それは“美無麗”での俺が写っている写真だった。
「芙柚兄……すっごく綺麗♡ こんな芙柚兄見たの初めて……」
「ああ、あ、ありがとう」
ぎゃーーー!! ハズイぞ~! 彩のヤツ何て事してくれたんだぁ~。
後で文句言ってやる! 絶対、言ってやる!!
「こんなお姉ちゃんと腕組んで買い物行けたらいいなぁって……思った」
「麻由……ホントか?」
何て嬉しいこと言ってくれるんだよぉ。
「ホントだよ。だって麻由にはお兄ちゃんしかいなかったんだから。お姉ちゃんって結構憧れなんだよ」
「そんなもんか?」
「うん。そんなもんだよ。だから私は彩ちゃんに懐くんだよ」
そうか……。そんなもんなのか……。
しゃ~ねぇなぁ。彩、許してやるよ。ハハハ。
麻由に感謝しろよぉ。
っていうか……。マジ、ヤバ……泣きそう。
で、俺と麻由は翌日買い物へ出かけた。
もちろん、父ちゃんの目に触れないように出掛けたさ。
べ、別にコソコソしてるってわけじゃないぞ。
バランスだ。そう、あくまでもバランスだ。
駅に着くまではキャップを目深に被って俯きながら……。
でも、電車に乗ってしまえばこっちのもんさ。
俺と麻由は電車に乗り込んだ途端、顔を合わせてニッっと笑った。
子供の頃、イタズラが成功した時みたいにな。
街に着くと何軒もショップを覗いた。
あーでもない、こーでもないって……麻由の言う通りだ。
俺達って、全然趣味が違う……。年の差か?
まぁ、とリあえず何とか折り合いをつけてチュニックとパンツを一枚ずつ買った。
パンツのサイズは違うから、麻由にも一枚買ってやった。
「わ~! お姉ちゃんありがとう!」
だってよぉ。上手い事言っちゃてぇ。
いつの間にこんな処世術なんか身につけたのかしらねぇ?
俺も人の事言えないけどね。
でも姉妹ごっこは結構楽しかった。
ごっこだよね? 今は、ごっこでいいよ。
今日、何回「お姉ちゃん」って呼んでくれたかな?
俺はその度に何でも買ってやりそうになってしまったよ。
アブナイ、アブナイ……。
ずっと手を繋いでさ……フフ。
でも、俺的には兄の時も姉になっても妹に対しては気持ちは同じ……。
そんなもんですよね。
で、俺は麻由と共有の服を着て研究会に向かった。
もちろん、薄っすらとメイクもした。
「久しぶり~。吉村ちゃ~ん」
「お久しぶりです」
このノリは店のお姉さんと似てるなぁ……。
「よかったぁ。来てくれたのね。嬉しいわ」
「はい。私も嬉しいです。私……改名したんですよ。今は芙柚っていいます」
「芙柚さんね。芙柚ちゃんって呼んでも?」
「はい、是非」
「じゃ、芙柚ちゃん。皆を紹介します」
「はい、お願いします」
俺は高橋さんに連れられて部屋に入った。
あ! 宝塚。
ボーイッシュの彼? がいる。
こっちを向いて軽く会釈した。俺も同じく少し首を傾げて微笑んだ。
すると、宝塚と話をしていた女性がニコニコしながら近づいて来る。
「初めまして、斉藤です。ようこそ」
「吉村です。この度は……」
「もう、そんな堅っ苦しい挨拶じゃなくてぇ。みなさ~ん! 新しい仲間を紹介しますぅ! 吉村さんですぅ」
高橋さんは部屋中の人達に声を掛けた。
俺は部屋にいる人達に向かって挨拶した。
「吉村です。はじめまして」
「はじめまして」
「よろしくぅ!」
「こんにちはぁ!」
10人くらいの人達が全員俺を見て挨拶する。
すっごいウェルカム状態。
歓迎されてるって肌で感じるんだ。
ちょっとした感動もんだよ。
「じゃあ、全員揃ったわね~!」
「葵ちゃんがまだだ」
宝塚が言った。
カッケ~声。ホント宝塚だぁ。
「え~!! 何でぇ、葵ちゃんが一番芙柚ちゃんに会いたがってたのにぃ」
「はい? 私に?」
「そうよ。この前の参加名簿を見てね。『この人私の知ってる人かも』って……」
「え? 私この辺に知ってる人なんていませんよ」
「そうよねぇ。人違いかも知れないとも言ってたけどぉ。あ! 来た来た。葵ちゃ~ん、こっちこっちぃ。吉村さんよぉ」
高橋さんが部屋の入り口に向かって手を振った。
俺は同じように入り口の方を見ると……。
髪の長い女の人? がこっちを向いて手を振っている。
俺に? じゃないよな高橋さんにだよな。
彼女は満面の笑みを浮かべながらこちらに歩いてきた。
「久しぶり! 覚えてる? 私……じゃないか。僕……」
「え? 誰? 人違い……。あっ!」
「わかった? 思い出した?」
俺は、彼女を顔を見て激しく首を上下させ頷いた。
覚えてるよ……。
白砂隼人。
昨日はすみませんでした。
途中まで書いていたものを何とか書き上げて更新しました。
活動報告をご覧になっていない読者様にお知らせします。
私事ですが……。この度、家族が増えました。
暫らくバタバタします。2~3日更新が難しくなりました。
こんな時、ストックを持っていたら……と、つくづく思います。
頑張って、平常にもどしますので暫らくお待ち下さいませ。
どうか……忘れないでくださいね<(__)>
潤子様。お祝いありがとうございました。




