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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
72/146

72.我の儘に……。

「センセー、さようなら~」

「サヨナラ~」

「バイバ~イ」

「ああ、気をつけてなぁ」


 俺はあと一ヶ月塾のバイトを続けることにした。

 話は戻るが、塾での同性愛疑惑なんだが……。

 塾長や職員の誤解は解けた。……と思う。


 が、生徒達には吉村は“ホモ”だと位置付けされてしまった。

 それによって、俺は男子に敬遠されてしまった。

 気持ちは解る。

 奴らは俺の事を、まるで汚い物でも見るような目で見やがるんだ。

 廊下で擦れ違い様にワザと飛んで離れたり……殺すぞ!

 いやいや……。

 今一度言うぞ。俺は男に興味はない! ましてやガキなんて以ての外だ。


 授業でテストを配る時でもプリントを渡そうとすると、


「先生、机に置いてよ」


 って、シャアシャアと言いやがるんだ。ムカつくだろ?

 ハッハハハハハ、よく言った。

 だけど、そんな時俺はプリントを放り投げてやるんだ。バサバサっとね。


「わっ、何すんだよ!」

「何だぁ? さっさと拾って後ろに回せ」


 やられたら、やり返す。

 俺はガキ共とガチで喧嘩していた。


 本田和樹。俺のクラスのガキ大将だ。

 宿題忘れ、No.1。

 おまけにコイツ俺が子供の頃の苛めっ子に良く似ている。

 俺はコイツが何か言う度、身体の奥が熱くなるのを感じるんだ。

 つい最近、例のごとく宿題を忘れてきやがった。


「先生! 俺の宿題盗まれたんです!」

「何? 大変じゃないか。どこで気がついたんだ?」

「駅で……、俺トイレがしたくてカバンを地べたに置いたまんまで、急いで行ったんだ」

「ほう、大変だったな。トイレは間に合ったのか?」

「トイレは間に合った」

「で、カバンは?」

「カバンはあるんだ」

「それは良かった。財布は?」

「ある」

「一番大事だからな良かった。携帯は?」

「ある」

「ゲーム機は?」

「ある」

「宿題は?」

「それだけが無いんだ、先生! 盗まれたんだぁ!」

「バッカヤローー!!!」


 てな奴だ。

 その前の言い訳は、部屋の窓を開けて宿題してるといきなり突風が吹いてプリントを巻き上げて持って行ってしまったと言っていた。


 和樹……。お前は、頭は良いんだ。ただ、努力が足りないだけで……。

 その頭の回転の速さはあらゆる方面で将来きっと役に立つ筈だ。

 だから、努力を惜しむな。


 女子は女子で……。俺がトイレに入ったら時間を計りやがる。

 少しでも時間が長いと……。


「ねぇ。芙柚ちゃんは羽付派? 羽なし派?」


 なんて聞いてくる。


「男にはそんな物は必要ない!」


 ったく……。

 授業中にちょっとでも大声で怒鳴ったりすると、


「やぁだ。今日はあの日なの~? 芙柚ちゃ~ん」


 何どと臆面も無く……。


「男に生理がある筈がないだろ! 女子が軽々しく生理の話題を口にするんじゃない! もっと恥じらいを持て!」


 今時ってやつか?


 こんな事もあったぞ。

 生徒達が帰った後、教室の掃除をしていた時だ。

 机の中を覗くと小さなメモが何枚も入っていて……。

 あれだ、授業中に回す手紙の類だな。

 

 “今日の帰りどこ行く?”

 “アイスクリームがいい”

 

 そんな事、休憩時間に決めとけってんだ。

 

 “芙柚は男? 女?”

 “芙柚は女から男になったんだよ“

 

 はぁ? アイツらにはそう見えるのか?

 

 “男から女だよ”

 

 うん。そっちが正解だ。

 

 “私、その証拠持ってるよ”

 

 証拠? はっ! 俺が見せて貰いたいねぇ。

 

 “晴華先生の為に男になったって聞いたよ”

 “やっぱ、同性愛じゃん”

 “ホモじゃなかった?”

 “レズの間違いよ”


 そんな事はどっちでもいい。真面目に勉強しろ!!


 しかし、子供は直接攻撃してくるから解り易い。

 内容も今の俺には痛くも痒くもない事だ。

 あの頃も同じような嫌がらせに散々遭って来たんだから……、反対に懐かし過ぎて笑えてくる。

 その点、大人は陰険だ。

 親にも仲良しグループってのがあるんだろう。

 未だに、俺を辞めさせなければ子供を辞めさせると言っては、揺さぶりを掛けて来る親が何人かいる。


 勝手にすればぁ~。って思うんだが、俺が経営してる訳でもないしな。

 実際、辞めた子はいない。何日か休んだのは何人かいたが……。

 子供を自分の感情や考えを通す為の道具に使うんじゃないよ。

 自分がやってる事わかってんのかねぇ?

 誰よりも勉強を進めようとして塾に通わせてるクセに、自分で足止めしてやんの。

 本末転倒ってこの事じゃん? バッカじゃねぇの?

 そう考えると、解らないのは塾長だ。

 あの人のことだから、ここぞとばかりに解雇になるって思ってたんだが……延長とはねぇ。

 全く以って、お偉い人の考えてる事はわかりましぇ~ん。


 まぁ、何だかんだで最近は機嫌良くやってる。

 子供達の“ホモ”に対する興味も薄れてきたように感じるんだ。

 例えば、授業で……。


「季語とは、連歌、俳諧、俳句において用いられる特定の季節を表す言葉を言う。俳句で使われる季語で、桜が使われる季節は?」

「「「ふゆ~!」」」

「ふむ。春だな」

「じゃ、葵が使われる季節は?」

「「「ふゆ~!!!」」」

「うん。夏だ」


 まともに相手をしていたら授業が進まない時もあるが、俺的には良い感じだと思っているんだ。

 ……勘違いか?

 授業と授業の間の休憩時間でも女子は俺から離れない。

 やたら、髪の毛を触ったり、編んだり……女子特有の遊びだな。


「芙柚ちゃん、枝毛があるよぉ」

「見て見て、これ冬限定なんだよ。引き出しから出てきたからもって来た。芙柚ちゃんにあげる」


 って……お茶に付いてるおまけ貰ってもな……。

 ってな感じで楽しくやってる。俺も随分慣れたもんだわ。

 最初の頃はゲイバーのバイトが俺の避難所みたいになっていたけどね。


 そんなある日、ゲイバーのバイトでお客さんの見送りに出た時の事だ。


「ありがとうございましたぁ。また来てくださいねぇ」


 いつものように客が見えなくなるまで手を振っていると、俺のすぐ傍を子供が通り過ぎていったんだ。

 こんな時間に……? ハハ、俺も塾の先生が板についてきたな。

 なんて思ってよく見ると。


「朔也?」

「……?」


 アラいやだ~。私ったら~、ドレス着てるの忘れてたわ~。

 こんな姿見せる訳にはいかないわよねぇ。

 だけど、声掛けといてシカトするわけに行かないよな。

 しかたない……。


「俺だよ、俺。吉村」


 俺は朔也に顔を近づけてニコっと笑った。

 朔也は胡散臭そうな顔をしながら、じっくり時間を掛けて俺の顔を覗き込んでいる。


「……わ! ほんとだ。先生だ!」


 朔也は目を大きく見開いて俺を上から下まで眺てはアウアウしていた。

 うん。いい反応だ。好きだぞ、その反応。


「お前、こんな時間に何してんだ? 塾なんかとっくに終わってるだろ」

「うん……」

「どうした? 何かあったのか?」


 俺がそう言うと俯いてモジモジしている。

 俺はお姉さんに先に店に戻って貰い、もう一度朔也に訊ねてみた。

 朔也はまだモジモジしているが、ポツポツと話始めた。


「今度……学校で一泊二日の行事があるんだ。僕は行かないけど……、僕は、いつもそういう行事は参加しないんだ。周りも皆知ってて……今度もまた……特別扱いだって……苛められるんだ」

「何で行かないんだ?」

「ぼ、僕……お風呂が……嫌いなんだ」


 朔也は口籠りながらそう言うと俺から視線を外し俯いた。

 その様子からウソをついているか、もしくは何か隠し事をしているのがありありと伺える。


「風呂? 家でも入らないのか?」

「え? あ……はい……る」

「皆と入るのが嫌なのか?」

「う……ん」

「そっか……。じゃ、仕方ないな。行かなくてもいいさ」

「ホント?」


 俺がそう言うと朔也は弾けるような笑顔で、嬉しそうに顔を上げた。


「ああ。俺だって人と風呂に入るのは嫌いだ。風呂ってもんは一人でおっきな湯船を占領して、ゆっくり浸かるのが一番気持ちが良いんだ。そう思わないか?」

「うん!」

「だけどその為に学校の行事に参加しないんだったら、それなりの覚悟も必要だぞ。朔也にはその根性があるか?」

「う……ん。だけど皆、わがままだって……」

「俺は我がままでいいと思うぞ。お前は我がままの意味を知っているか?」

「自分勝手……」

「ハハハ。それは使い方を間違っているな。“我がまま”は、我が道を行くだ。我の儘に……」

「我の儘に?」

「朔也は、朔也の儘でいいんだ。何も悪くない」


 朔也に言い聞かせている俺の言葉が、俺自身の心に響いた。

 我の儘に……。


 俺は、俺の儘でいいんだ。

 何も悪くない……。 



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