71.長尾、ピンチ?
BL本事件は終結した。
大人編に関しては、俺にとって余り嬉しくないドンピシャであったが、
「ああ、知り合いの物書きに頼んだんだ。いい感じに仕上がってたろ?」
「まぁ……。あの……ネタだけどさ」
「ああ、ヒロさんの事さ。いや~、あん時はヒヤヒヤしたぜ~。お前が遂に向こう側へ行ってしまうんじゃないかってなぁ。だ~いじょうぶだよ、晴華ちゃんには黙っといてやるから安心しろって墓場まで持ってってやるよ」
持って行って無いじゃんか!
あまりにもアッケラカンと笑っている長尾の顔を見ているうちに、それ以上突っ込む気も失せてしまった。
ふっ、腹も立たないや。
しかし、ホモ疑惑は消えたものの改名に関しては色んな憶測が飛び交っていた。
まぁ、こうなるわなぁ。
俺は自分でも意外なくらい気にならなかった。
それというのも、塾の方でホモ疑惑が勃発したのだ。
どこから情報が入ったのかサッパリ解らないまま俺は塾長に呼び出された。
「ある保護者から君が同性愛者だということを聞いたのだが?」
「はっ? ち、違いますよ。僕はノーマルです」
「大学の方で何か問題が起きていたという話だったんだが?」
「だから、誤解だったんです。ある人の悪意で……そんな事になってしまって……」
「君は人に悪意を持たれるような何かをしたのか?」
「いや、そんな事はないです。僕は……学生証の再発行をですね……」
「学生証? 紛失した学生証を何かに悪用されたのかね?」
「え? いや、そうじゃなくて……」
「何をモゴモゴと言ってるんだ?」
「え? ああ、お言葉を返すようですが……。人が人に悪意をもつのはどの時か分らないと思います。自分は真面目にしていても他人が勝手に妬むってものあるんじゃないでしょうか? 僕は他人に恨みを買うようなことは決してしていないつもりですが、他人の気持ちまではわかりません。それに僕には彼女がいますし……同性愛ではないです」
まぁ、そこんとこ微妙なんだけどなぁ。
う~ん。ここは嘘吐いこっと。
「フン、尤もらしい事を……。とにかく生徒達に要らぬ影響が与えないように」
変な影響なんて与える気は全くない。
あんなガキ共にこんな話したら、否応なく飛びついてくるに決まってるじゃないか。
逆に俺がアンタに緘口令を敷いて貰いたいぐらいだよ。
だが……。時、既に遅し……。
ってか、電話してきた保護者が子供に喋ってるんだろなぁ。
生徒達は全員知っていた。
お陰で、俺の授業風景がどうなったか……想像つくだろ?
うんざりだったよ。
ま、その話は後回しにしといてだな……。
少し前に、ちょっと気になる子が入塾して来た。
最初に見た時はご両親と一緒で……。
俺は、たかが入塾説明を聞くのに両親が来るのか?
と思っていたぐらいだったんだが……。
その子は線の細い子で……。
髪の毛を後ろでお団子にしていた。
前髪も横の髪も一本の髪も乱さないぞってくらいにヘアピンだらけだ。
神経質か? 潔癖症か? 色白で……、別に顔色が悪いわけではないが……とても大人しいという印象の子だ。
俺が廊下を歩いていたら、キョロキョロしながら何かを探しているようだったんで声を掛けたんだ。
『どうした? 何か探しもんか?』
『あっ、すいません。トイレ……どこですか?』
『ああ、こっちだ』
俺が女子トイレの前で
『ここだよ』
って言うとお母さんが走ってきて……。
『この子は男の子です』
って言ったんだ。
『ああ、それなら……こっちだ』
って、俺は男子トイレを指した。
植原朔也。その子は俺のクラスに入ってきた。
朔也の髪型は女の子の髪型だ。
お団子だったり、ツインテールにして三つ編み……それも輪っかになってる。
リボンまではいかなかったが色のついたヘアピンを何本も使っていた。
1つ三つ編みの時は俺の子供版のようだとからかわれてたな。
「なぁ、晴華ぁ。植原朔也どう思う?」
「どう思うって?」
「男の子なのに……さ」
「芙柚と一緒かもって?」
「ああ、子供の噂じゃあの髪の毛、母親が毎日やってるんだと」
「そうらしいわね。いいんじゃない? 私は何とも思わないわ。それにあの子可愛いし……芙柚の小っちゃい版みたい」
「お前まで言うのかぁ」
俺と晴華が「Ryhmin‘」で話していたら長尾と柳がやってきた。
柳はあれ以来俺達と共に行動している。ってか、長尾といつもツルんでる。
「やっぱここだった。カズオ……っと、芙柚か」
「どっちでもいいよ。どうした?」
「へへぇ。彩ちゃんと待ち合わせ」
「はぁ? 彩が来るのか? 俺、帰る」
「どうしてぇ? 芙柚はすぐにそういう事言うんだからぁ」
「わりぃ……」
もう……条件反射だ。
やっぱ俺は何かアイツが苦手だ。
長尾はよくアイツと話せるな。完全なMだ。
「あっ。彩ちゃ~ん。こっちこっち」
程なくして彩がやって来た。
「なんだ、芙柚もいたんだ」
ホラ、聞いたか晴華。コイツだって俺とそう変わりゃしないだろ? フン。
彩は長尾の隣の席、柳の前に座った。
「初めまして……」
「え? あ、初めまして……」
え? 俺は今、凄くイヤな感じがした。
柳と彩の目が合った瞬間……見てはいけないものを見たような……。
今、あの二人スパークしなかったか?
「この子は彩ちゃん。俺の彼女」
「え? 彼女なの?」
「いつからアンタの彼女になったって? 長尾」
「……になる予定の彩ちゃん」
彩に睨まれて言い直した長尾の前で柳がホッとしたように見える。
それから5人で会話をするが、明らかに彩が変だ。
いつもの高飛車な態度が見受けられない。
妙にクネクネして……。キモイぞ。
しかも、時々柳と視線を合わせてはお互いニコ♡ なんてしている。
おい! 長尾! 気づけよ! ヤバイぞ!
しかし、大好きな彩を横に座らせて舞い上がっている長尾は、そんな事に気づく筈もなく……。
話は今度5人で遊びにいく事に決定してしまった。
おい~、いいのかよぉ。
俺、長尾の寂しそうな背中を見るのは嫌だぞ~。
この雰囲気だと……そうなりそうな予感がして俺は怖い。
俺……当日、腹壊そうかな……。セコイか?
塾に行くと塾長と神田先生が困った様子で話込んでいた。
神田先生は俺に気づくと、
「吉村君。ちょっといいかな」
と、歩み寄ってきた。
「何でしょう?」
「いや、ちょっと困ったことになってしまって……。吉村君はあと……2週間だね?」
「ええ、そうですが。何か?」
「契約社員になる予定の先生が入院してしまってね。あと一ヶ月……頼めないだろうか?」
「ぼ、僕ですか?」
「ああ、どうだろうか?」
俺は神田先生の後ろでこちらを見ている塾長に目をやった。
アンタの考えなのか? もしそうなら俺でいいのか?
いつも目の仇のようにしてる俺がいていいのか?
そんな事はどうでもいいが、俺は植原朔也に事が気になっていたんだ。
それにこの仕事も面白くなってきたとこだった。
「いいですよ。こんな僕でいいのなら頑張りますよ」
「そうか、引き受けてくれるか」
神田先生は俺の返事を聞くなり塾長の所へ報告にいった。
神田先生の話に頷くと俺の方をチラっと見る。
相変わらず、意地悪そうな目をしている。
いいさ、もう少しここにいよう。
塾長なんて関係ないさ。
俺は子供たちに弄られながらも、結構この世界が気に入ってた。




