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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
70/146

70.あっちもこっちも……。

 


 今、俺は生まれて初めて教壇に立っている。

 後ろで神田先生が見守る中授業を進めようとしているんだ。

 教壇上には授業を進行する為のマニュアルというかフローチャートが置いてある。

 テスト→採点→ポイント説明→テスト……。

 それぞれの項目に細かくタイムラインが打ってある。そして、その横には時計。


「え~、昨日の宿題を集めます。後ろから送って来てください」


 そう言うと、子供たちは慣れた手つきで宿題のプリントを運んで来る。

 俺がその様子を見ていると一番前の生徒が俺を見上げて手を差し出した。


「先生、早くください」

「ん? 何を?」

「今からのテスト。時間もったいないじゃん」

「ああ……、ごめん」


 俺は慌ててテストを前の列の生徒に配った。

 クスクスと嗤う声が聞こえる。

 あちゃ~、時短忘れてたぁ。

 子供たちは神田先生にテストに掛かる時間など細かく刷り込まれているのだ。

 プリントを配り終えるとすぐに問題に取り組む……。たいしたもんだ。

 おおっと、採点採点。

 時間が1~2分超過しただけで子供たちは騒ぎ出す。

 お前らの体内時計はどうなってんだ? ストップウォッチか?


 その後の授業はグダグダで、途中神田先生が割って入って収まったって感じだった。


「はぁ~、難しいっすね」

「ハハッハハ。こんなもんさ、慣れだよ慣れ」

「慣れた頃に期限切れですよ」

「そう言わずに頑張ってくれ」


 それから一週間、神田先生の監視の下授業を続けた。

 その後、俺は一人でクラスをひとつ受け持つことになる。

 神田先生がいなくなった途端、子供たちは箍が緩んだ煩いガキ共に変身した。


「は~い! 静かに! 宿題を集めてください!」

「「「は~い」」」


 ったく、生きのいいのは返事だけだ。


「早く送れよぉ」

「お前、忘れたのか?」

「先生! 健介、宿題忘れたってぇ」

「先生! テスト配ってよぉ」

「俺、あのゲームレベル50までいったぜ」

「マジ~!」

「ねぇ、聞いた? さっちゃん電動自転車買って貰ったんだってぇ」

「静かに!! テスト配ってるから集中してぇ!!」


 クスクス……、『しゅうちゅうしてぇ……』

 クスクス……。


 ったくぅ、神田先生の時の水を打ったような静けさはどこへいったんだ。

 テスト中なのにガヤガヤと煩いガキ共め……。


「は~い。時間だから集めて~」

「集めて~」

「集めてぇ」


 男子の何人かが、いちいち真似しやがる。子憎たらしい奴らめ……。

 俺は完全にガキ共に舐められていた。

 相手は小学4年生だぞ。しかし……団体になると手に負えない。

 やり辛れぇ~。

 俺がガキ共に舐められたまま授業を進めていると時々後ろの扉が、バーンと開いた。

 神田先生が、他の授業を受け持っていない時間に俺のクラスに“渇”を入れに来るんだ。

 生徒達はピタっと静まりテストに視線を落とす。

 俺も……教壇に視線を落とす。トホホ、めんぼくねぇ……。


 授業が終わる度に塾長には嫌味を言われるし……。


「まったく……。いつまで生徒に舐められているんだ? 集中させないと勉強が捗らんだろ。余計な事を考えさせる材料を与えてはいけないんだ。君は解ってるのかね?」

「はぁ……」


 髪の毛のことだろ? 解ってるよ。べぇ~だ。

 たかだか三ヶ月のことで、これまでの努力の結晶を切るもんか。

 俺自体がこんな反骨精神を持っているのだから生徒達が俺の言うことなど聞くはずもなく……そんなこんなで約1ヶ月半が経った。


 最近は生徒達と話しをする機会も増えた。

特に、女子がやたらと懐いてくるんだ。


「フユちゃ~ん。今日のシャンプーなあに?」

「今日も昨日もサンライズだ」

「え~。サンライズって家族シャンじゃないのぉ」

「そうだよぉ、自分だけのシャンプーって使ってないのぉ?」

「俺はそこまでシャンプーにこだわりはない」

「ふ~ん。見かけによらずダサいのねぇ」


 悪かったな! 

 ってな感じでやっている。

 俺としては悪くない関係を築きつつあると思っているんだが。

 時々塾長が、


「生徒に『フユちゃん』などと呼ばれて……、情けない。君は指導者である自覚があるのか?先生と生徒はある程度距離をおかなければなならい。友達のような付き合いをするのではなく威厳をもって、言動に注意してもらいたい」


 などと突っ込みを入れてくる。

 へいへい、わっかりやしたぁ~。

 さすがに一ヶ月以上も同じ事を言われ続けると俺も慣れたもので、軽く聞き流しているんだけどね。


 そんなふうに安穏と生活をしている俺に転機とも言うべき事が起きたんだ。

 まさに、腹を括る時が来たって感じだった。

 長尾から、例のおばさんの話を聞いた人物が見つかったと連絡が入った。


「直接聞いた訳じゃないわよぉ。隣の席で話してたの」

「でも、ワザとよ。私達、目が合ったもの。ね?」

「うん。ワザとよ。あんな話学食でする? 普通……、そう思わない?」

「オバハンはなんて言ってた?」

「吉村君、改名したんでしょ? カズオから……フユ?」

「女の名前になったって言ってたわ」

「そうそう、そこに長尾君が来て二人が肩組んで嬉しそうにしてたって」


 組んでねぇよ。


「『もう、今にも抱き合うんじゃないかって思った』って言ってたわ。あれって、絶対私達に聞こえるように言ってたわよね」

「それ……いつ頃のこと?」

「う~ん。二ヶ月ぐらい前かな?」


 ドンピシャだ。


「カズオ。改名の事……公にしていいか?」

「ふ……。何、言ってんだよ。いいに決まってんじゃんか」

「すまん……」

「ば~か。俺のことだぜ。誰が腹括るんだ? 俺だろ? 俺にはお前がいるんだろ?」


 だろ? 長尾。


 長尾は柳と一緒に事務局に乗り込んだ。

 個人情報保護法……を適用できるまではいかなかったが、学生達が自分のプライベートを軽んじられる可能性があることに不安があると訴える署名が成されたのだ。

 俺は現場にはいなかったが、柳の話では長尾が事務局長に詰め寄る様は圧巻だったと。

 そして、事務のオバハンが長尾に完膚無きまでに論破される様は哀れにも思えたと言っていた。

 結果、彼女は『吉村さんに謝罪します』と言った。


 長尾が悩んだのがココなんだな。

 長尾はきっとこんな筈じゃなかったって思ったんだ。

 改名してからも俺の事を“カズオ”って呼び続ける長尾……。

 俺は長尾の思いやりが分かる。


 事務の「おばさん」は俺に謝罪した。

 そして、事務局長の判断で解雇となった。

 ってか、いられるはずないよな。


「なぁ、長尾。オトナ編の短編ってさぁ……」

「あっ、スマン。あれは俺の情報。被害は大きいほどインパクトがあるからな。こんなものは煽ってナンボだ。ハハハッハ」


 ヤッパリ……。お前だったか。

 これも、ドンピシャだった。



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