7.危機一髪!
「ふぇ~。たまんねぇな……この暑さ。35℃超えてるじゃないのかぁ~」
「お前、髪切れよ。ちょっとはマシになるんじゃないか?」
「ば~か。これは俺の商売道具だ。ここまでするのに大変だったんだから、簡単に切れるか」
「だよな~! 去年の大学祭。驚いたもんな~! いや~。参った参った。俺はお前に惚れちまうかと思ったよ」
「はっ! 言っとけ。俺は男に興味はない。それに純愛なんだ」
「晴華ちゃ~ん!! ってか?」
「うるせーよ!」
俺は二回生になった。
で、友達ができた。今、話しているコイツだ。
去年の学祭前くらいから、俺について回るようになったんだ。
元々、顔は知っていた。 高2の時、同じクラスだったからな。
長尾敏文。明るくていい奴だったと思う、お調子者って感じだったかな?
コイツも俺と同じくエスカレート狙いだ。因って、俺と同じ運命を課せられている。
バイト三昧だ。
ある日、コイツが突然声を掛けてきた。
『おい! 吉村。今、帰りか?』
『……ああ。……珍しいな長尾。お前が声かけてくるなんて』
『嫌味を言うんじゃないよ。別に知らんふりしてる訳じゃないんだから。お前だって同じようなもんじゃないか』
『……まぁな』
『……』
『何だよ。何か用か?』
『あ、ああぁ……。あっ! お前、麻雀ゲームにハマってるだろ』
『……ああ。何で知ってるんだ?』
『俺、見たんだよ。お前が1人でゲーセン入ってくとこ。でさ、覗いたらゲーム機の前に座ったとこでさ』
『ふ~ん。……で?』
『え? ああ……で、こいつハマってやがんなって思ってさ』
『…………たんだ?』
『え? 何だって?』
『何回、見かけたんだ?』
『い、い……二回だ。に、二回見かけた』
『ふ~ん……。お前の洞察力は素晴らしいな。たった二回、俺がゲーセンにいるのを見ただけでハマってるって見破ったんだものな。それとも俺とお前とでは、人が何かにハマっているという基準そのものが、違うのかも知れないな。少なくとも俺は五回以上見かけなければ、ハマっていると判断はしないな。しかも、その事を話題に普段素通りする奴に対して声は掛けないが……』
そこまで一気に言い切って奴の顔を見ると、目ん玉見開いてやがった。
が、すぐに自我を取り戻すと、
『ま、また~。お前って、そんな嫌味な奴だった?』
『さぁ。それは受け取る方の問題だろ』
『……』
なんだぁ? コイツは、一体何が目的なんだ?
その後、俺は態と言葉少なで会話をしながら相手の反応を待った。
こういった何か目的がある奴は、黙っていれば勝手に話し出すもんだ。
そして、例に洩れずコイツは喋り出し……俺は背中に寒いものが走った。
早い話が、俺たちは同じ界隈で働いているというのだ。
俺が店に入って行くのを見たらしい。
せめてもの救いが、私服で入っていくのを見たのとゴミ出しの時の私服だ。
ひゃ~。ヤバーイ!! コワーーイ!
肝を冷やすって……きっと、この事だな。覚えておこう。
とにかく客の見送りは控えなければ……純子ママに相談だな。
長尾は流行のバーで働いていた。あの界隈じゃ結構な人気店だ。俺も知っている。
だが、長尾が言うには働く者にとっては、そう良くもないらしい。
人気店というのは客も多いが、働きたいという者も多いのだ。
バイトの殆どが大学生……。
ふむ、考えていることが手に取るように分る。
『え~。あの店でバイトしてるの~。ステキ~』
まぁ、こんな所だろう。
で、シフトが削られるのが半端ないらしい。 そうだろうな。
そしてイケメン達が残っていくんだよな……長尾。
ん……キツイな。
『でさぁ、お前の店バイト募集してない?』
『えっ?』
『お前も、ウェイターとかやってんだろ? 俺……ダメかな? 1人ぐらい余裕ないかな? 実は毎月キツくってよ』
な……ば、馬鹿、言ってんじゃねぇよ!
『吉村、どうしたんだよ。そんなに驚くことか?』
不覚にも俺は目を丸くして大口を開けて、長尾を見ていた。
『え? あ、いや……驚いてなんかないさ』
いや、驚いたさ。
『あ……。い、いや……その辺の事は、俺は分らないよ。結構、人いるからな……足りてるんじゃないのかな。ほら、足りてなかったら聞かれたりするじゃん『友達いないかって』。お、俺そんなこと聞かれたことねぇし……』
『そこを何とか……聞くだけでも。頼めないかな?』
いや、いや、いや、いや、いや、いや、無理です。
『……聞くだけ聞いてダメだったら、どうすんだ?』
『そりゃあ。諦めるわなぁ』
『そっか。じゃ聞いといてやる。じゃあな!』
俺は無表情で片手を挙げながら答え、さっさとその場を離れた。
へっ、ば~か。聞く訳ないだろ。誰が態々自分で自分の首絞める真似するんだぁ?
2~3日して、シレっと断わりゃいいさ。すまんな長尾。他当たってくれ。
で、次に長尾に会ったのは10日程後だった。
俺は、2~3日でシレっと断ろうと学内で奴を探した。が、こんな時ほど会わないもんなんだよな。結局、10日という時間が経っていた。
しかも、奴の口からとんでもない事実が飛び出した。
『あ~。俺、待てなくてよ。直接行ったんだ。そしたら、スグに雇って貰えたんだ。お前の名前……勝手に出しちまったけど。すまんなぁ。けど、お前いつ入ってるんだ? 全然会わないじゃん』
な、な、な、な、な、ぬぁんだとぉーーーーーーーーー!!!!!
ど、ど、ど、どういうことだーーーーーーーー????? 純子さーーーーん!!
うっ、うぐっ!
俺は、急に吐き気を催し……長尾の前から走り去った。
うげぇ! げぇ……。ふぅ……。うっ、げぇ。ぇえぇぇーーーー。はぁはぁはぁ……。
うぅ。……ガチで吐いた。
もう…もう…働いてるだと? どういうことだ? しかも、もう二回も入ってるって?
いつだ? いつだったんだ? 俺は、いつ入っていた? 被ってなかったのか?
俺は居ても立ってもいられなくなって、純子ママに電話した。
『どうしたの~? カズオちゃん、珍しい時間に電話かけてくるのね。今日は学校お休みだったの~?』
『ママ! ママ! ど、どういう事なんだよ! な、なんで長尾が! 働いてんだよ!』
『あら。どうして? カズオちゃん友達じゃなかったの? あなたの事知ってるって言ってたわよぉ』
『ば! な、何を知ってるって? 俺の何を! 知ってやがるんだ! アイツは!!!』
『どうしたの?……カズオちゃん。落ち着きなさいって。…………落ち着いて』
『知らねぇよ! アイツのことなんか! アイツも俺のことなんか、何も知らねぇよ!』
『………カズオちゃん』
『俺は、誰のことも知らねぇよ! 誰も俺のことなんて、知らないんだよ!!』
『…… ……』
『何で! ママは聞いてくれなかったんだ! 俺に! こんな奴が来たって一言、何で言ってくれなかったんだよぉ!!』
『カズオちゃん。…………落ち着いて……』
『何で……だよぉぉ』
ハァハァハァ……。
『大丈夫? 落ち着いた?』
『……』
『カズオちゃん?』
『……うっ、う、うぅ……。マァマァ。何でだよぉ~……ううぅぅ…』
『……泣かないで。カズオちゃん。……今から、こっちに来れる?』
俺は身体を震わせながら地下鉄の座席に座った。
行くさ。行かずにおれるか……。
寒い……。何でこんなに寒いんだ……。
身体がガタガタ震える。
両手で自分の身体を抱き、頭をさげ……胎児のような格好で蹲る。
寒い……。寒い……。 ………………………………………………恐い。
知られるのが……恐い。踏み込まれるのが……恐い。
嫌だ……。守ってきた。ずっと、ずっと守ってきた。俺の……俺の領域。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、絶対! 嫌だ!
絶対、絶対、絶対、絶対、絶対、絶対、絶対、絶対、絶対、絶対、絶対!! 嫌だ!!
入れない! 踏み込ませない! 近寄らせない! 絶対、近づけない!! 俺の世界に!!
気が変になりそうだった。恐ろしかった……。
恐怖とは、こんなものなのか? こんな思いをしたのは始めてだ。
誰かに自分の世界を抉じ開けられ、領域を侵される恐怖……。
恐いよぉ……。嫌だよぉ……。
やめろ!! やめてくれ!! 触らないでくれ!
俺に……俺に触るなぁ!!
やめろぉ…………。
助けて……。
ぁぁぁ……気が……狂いそうだ……。




