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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
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66.外の世界。

「チキショー!! 勝手な事言いやがって」

「……」

「俺はあんな奴、絶対に許さない。許せるか? 理由は何であれ人の事をキモイだと? てめぇの顔、鏡でみたことあんのかよ! それこそキモイだ! ヘン!!」


 いやいや。それを言ったら同類だぞ、長尾。

 仕方ないけどな。

 コイツは俺の為に怒ってくれてるんだ。

 お陰で俺は出遅れてしまったがな。

 でも、きっとその方が良かったんだと思う。

 だって、俺の方があの事務員に詰め寄ったら長尾は絶対に加勢して来るに決まっている。

 そうなると大事になっていただろう。

 想像してみろ。二人してカウンター越しに喚き散らしている光景を……。

 もしかすると、あの事務員は泣き出したかも知れない。

 そうすると事務局長が出てくるかも知れない……。

 当然、騒ぎは大きくなる。

 そんなことになったら、外にいる誰かが聞きつけるかも知れない……。

 人が集まって来る。どんどん騒ぎが大きくなって……。

 いったい何があったんだ? 原因はなんだ? あの二人出来てたんだって? 

 あらぬ憶測と飛び交う噂……。

 俺はコンテスト以来、再び学内の新聞に載ることになるだろう。

 ぎゃーー! 恐ろしい~!!!


 長尾がキレて俺が抑える事で騒ぎを起こさなくて済んだんだ。

 勿論、長尾の気持ちは嬉しいよ。持つべきものは友だ。

 しかし、長尾の正義感というか……。

 正直、驚いたよ。警察官になって家族を守るって言ってたけど。

 長尾……お前は俺までも守ってくれようってのか?

 くぅ~! 俺は感激だぜ~!


「何、笑ってんだよカズオ。腹立たねぇのか? あんな事言われて」

「そりゃムカついてるさ。だけど俺の出る幕を奪ったのはお前だ」

「なんでだよ。お前も出てくりゃ良かったじゃんか」

「行けるかよ。どんなけ騒ぎが大きくなると思ってんの? これで済んで良かったんだって」

「何、言ってんだよ。俺はおさまらねぇぞ! ったく~、あの女ぁ。夜道に気をつけろよぉ」

「おいおい。警察官になる前に犯罪者になるなよ」

「分かってるよ! おう、飯食いに行こうぜ。学食はやめだ、外の店に行こうぜ」

「ああ、そうだな。どっかよそへ行こう」


 俺達は学校から離れ近くのファミレスへ行く事にした。

 それぞれ食べ物を注文すると長尾が水の入ったグラスを徐ろに持ち上げた。


「改名、おめでとう。水だけど乾杯だ」

「なんだよ、お前。いいよぉ」

「何、言ってんだ。俺を除け者にする気かぁ?」

「除け者? そんなことする訳ないじゃん」

「だって……俺、聞いてないもん。改名の事……」

「そうだっけ? まぁ、確かに急だったからなぁ」

「ほら、乾杯だ」


 俺はこっぱずかしかったが、長尾の気持ちを邪険にする訳にはいかない。

 俺達は笑いながらグラスを合わせた。


「ママやお姉さん達には?」

「まだだ、今日のバイトで言うつもりでいる。他にも言わなきゃなんないからな」

「なんだ? 他に言わなきゃなんない事って」

「俺、バイトの掛け持ちするんだ。晴華の紹介で」

「晴華ちゃんって……、塾だろ? 塾で何するんだ? お前」

「先生……」

「はぁ? 塾の先生? できんの?」

「わかんね。晴華ができるって言ってきかないんだ。だから、仕方なく……な」

「へぇ~、塾の先生かぁ。なんかカッケーな」

「そうかぁ? 俺は憂鬱だよぉ……。はぁ~」


 俺達は運ばれてきた食事をとりながら、改名に至った経路や手続きのことなどを話していた。

 そして、さっきの事務局での事を考えていた。

 あれで収まるはずはない……。嫌な予感がする。

 あの事務員の目つきがそれを物語っていたように思うんだ。


 子供の頃から何やかんやと言われていたから大丈夫、なんて楽観はしていない。

 こういった事を受け入れない人はどこにでもいるもんなんだ。

 俺はまだ体験していないだけだ。

 親でさえあんなだったんだから、他人はもっとえげつないだろうと思う。

 今まで読んだ本にも書いてあった。赤フチも言ってたよな。

 命を粗末にする結果になってしまう事だってあると。

 はぁ~。どっちにしろ前途多難だよなぁ。



 その夜のバイトでママたちに改名の報告をした。

 ママもお姉さん達も皆喜んでくれた。


「おめでとう、まひる。よかったわねぇ。うれしい?」

「はい。凄く嬉しいです。生まれ変わったみたい」

「わかるわ~。新しい道を歩き始めたって感じなんでしょう?」


 茜さんがうっとりとした表情を浮かべなから言った。

 すると、凜さんが


「アンタがいつ新しい道を歩いたのよ」

「アタシ? 私はね、この道に入った時よぉ。何もかも捨てて……何も考えずにこの店に飛び込んできたの。ね? ママ」

「そうね。茜は今はこんなに堂々としてるけど……捨てられた猫みたいに震えてたわねぇ」

「アンタがぁ? 震えてたぁ? しんじらんな~い!」

「本当よぉ! ねぇ、ママ。私、田舎から出てきて……右も左も分からなかったの。怖かった……でもね、田舎で他人から白い目で見られるのは耐えられなかったの。もう死んでもいいわって思ってたくらいなんだから」

「へぇ~。アンタにもそんな時代があったんだぁ」

「何、言ってんの凛。アンタだって茜とそうも変わらないわよ。昔は、まだまだ私達が生きていくには厳しかったのよぉ」


 ママとお姉さん達は遠い目をしながら昔話をしていた。


「で? 他に話があるって? なあに?」

「はい。二週間ほど休ませて貰いたいんです」

「あら、どうして?」

「来週から別のバイトをすることになりまして……。あっ。この店は辞めませんよ。研修があるんです」


 俺は塾のバイトの話をした。

 塾の先生になるからと言ってすぐに教壇に立つ訳ではない。

 二週間というのは、他の先生の授業を見学するのだ。

 そうして、その塾の方針とか授業の進め方を学んでいくのだそうだ。

 教壇に立っても付き添いの先生がいて、授業の運び方なんかを教室後ろで見ているらしい。

 その後、一人でクラスを受け持つという寸法だ。

 だからそれまでは、ほぼ毎日塾へ通うことになる。

 当然、塾は夕方から夜にかけてのバイトだからここへは来れない。


「あら~。困ったわねぇ、まひるがいなければ……。でも、あなただってこの仕事をずっとしている訳にはいかないものねぇ」

「いいわねぇ。勉強ができるって羨ましいわぁ」

「私なんか全然ダメぇ」

「アンタはねぇ」

「うるさい!」


 ママは暫く考えていたが、顔を上げると微笑んで。


「頑張りなさい」


 と言ってくれた。

 竜子さんが、新ちゃんが書いた俺の似顔絵を持ってきてくれた。

 髪の長い女の子の絵だ。女の子の頬っぺたがクレヨンで赤く塗られている。

 潤子さんに教わったのだろう、幼い字で『まひるちゃん』って書いてある。

 竜子さんは、『また遊びに来てやってくれ』と言ってくれた。

 俺は『是非』と答え、塾のバイトの予定が決まったら空いてる日を知らせると約束したんだ。


 お姉さん達はまるで我が子を、どこかへ送り出すかのような顔をしている。

 たった二週間休むだけなのに……、俺って愛されてるよな。

 ほんと、ここは居心地がいい場所だ。



 そして、いよいよ塾のバイト初出勤の日がやって来た。

 俺は緊張の余り、昨日は一日お腹の中で雷が鳴っていた。

 何度となくトイレに駆け込む始末……。

 トホホ……俺ってこんなに気の小さい人間だったのぉ?


 塾に到着して、事務所に入っていくと晴華が生徒と話をしていた。

 多分、何かの質問に答えているんだろう。

 俺の顔を見て、目で合図をしただけで生徒の方に向き直った。

 俺は塾長の前まで行き挨拶した。


「おはようございます」


 ハキハキとした声が事務所に響き渡る。

 すると、事務所の中にいる人達が不思議そうに俺の方を見た。

 な、なんだ? 声がデカ過ぎたのか? いいじゃないかぁ、挨拶は元気よくだ。

 なぁ、母ちゃん。


 塾長が眼鏡を外しながら、静かに言った。


「君は今まで、どんな教育を受けてきたんだ? 今を何時だと思っている?」

「は? 17時ですが……」

「ならば……こんばんは、ではないのか?」

「あ……」


 そう言われて初めて、俺はあっちのバイトのクセが出てしまったことがやっと分かったんだ。

 あちゃ~、世間ではこんばんはだよなぁ。ヤバ~。


「ハハハ。いいじゃないですか。挨拶の仕方は色々ありますからね」

「は、はぁ」

「吉村君だね? 今日から君のサポートをする神田だ。よろしく」

「はい! 宜しくお願いします」

「じゃ、さっそく行こうか。君には小学4年生のクラスを持ってもらう、僕の授業の流れをしっかり掴んでくれよ」

「はい。頑張ります」


 俺は、意気揚々と神田先生の後について行った。


 だが、世間はそんなに甘くはなかった。

 この塾のバイトを通して……。

 いや、正確には塾のクソガキ共……、いやいや生徒達を通して。


 ゲイバーのバイトが俺にとって如何に温室だったかを知ることになったのである。


 ママ……。俺、心が折れそうですぅ。



今日は更新できました。

諸用は明日でした。色々すみませんが明日お休みさせて戴きます。

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