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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
64/146

64.審判の時。

 

 2週間後__。


 学校から帰って来ると母ちゃんに一枚の封筒を手渡された。

 家庭裁判所からの手紙だ。


「うわぁ! 来たぁ~!!!」


 俺は母ちゃんから手渡された封筒を見た途端、バンザイして目の前の母ちゃんに抱きついた。


「な、なんなの? どうしたのよ。ちょっと! 加州雄! いったい何なの?」


 母ちゃんは俺に抱き締められて身動きできない状態だ。

 俺の腕の中でもがきながら、しきりに訊いてくる。


「裁判所からの通知だ。母ちゃん! 俺、名前変わったんだよ!」

「ああ、その通知だったんだねぇ。良かったねぇ」

「うん、うん、うん、うん……」

「もう、この子ったら……。いつからそんなに泣き虫になったのかしらねぇ?」


 本当だ……最近、よく泣いている気がする。

 すぐに目頭が熱くなって……。

 でもこんな時はいいだろ? 泣いてって……。

 だって、本当に本当に嬉しいんだからぁ!!


 その夜、俺は送られてきた許可証を家族に見せた。



        名の変更許可申立事件


           審判


   本籍 ○○○○○○○○○○○○○

   住所 ○○○○○○○○○○○


             申立人 吉村 加州雄

              生年月日 平成1年9月14日


   上記事件について、当裁判所は申立人の本件申立てを

   理由があるものと認め、次のとおり審判する。


    申立人の名「芙柚」と変更する事を許可する。


                    平成 22年 ○月○日


                     ○○家庭裁判所

                     家事裁判官 ○○ ○○



「なんでぇ。麻由の『由』、使わなかったのぉ? そしたら、お揃いにになったのにぃ~」

「ば~か、名前でお揃いってなんだよ」

「もう、まぁくんは黙っててぇ」


 麻由がそう言いながら俺の顔を上目遣いで見ている。


「大丈夫だよ、麻由。カズ兄でいいよ」


 俺がそう言うと麻由の顔がパッと明るくなった。


「ふゆ……兄、でもいいよ」

「ハハハ。麻由の好きに呼べばいいさ」


 そうだ。家族はそう簡単には変わらないだろう。

 そんなことは俺だって百も承知している。仕方ないさ。

 俺が『芙柚』として生きるのは外の世界なんだから。


「だけど、よく考えたわねぇ。何か根拠があるの?」

「春夏秋冬で考えたのさ。大分と前に聞いたことがあるんだ。人の人生を春夏秋冬に例えたらって話をね。70才を過ぎた人はどの季節だと思う?」

「そうねぇ。どの季節かしら?」

「秋じゃね?」


 首を傾げている母ちゃんの横で兄貴が答えた。


「そう、秋なんだ」

「だよな。枯れていくってイメージだもんな」

「私の事を言ってるのかい?」


 婆ちゃんが面白そうに突っ込んだきた。

 兄貴が慌てて、


「ち、違うよぉ。世間一般のイメージだよぉ。俺の婆ちゃんはまだまだ熱いぜ!」


 と言い訳をしながら、婆ちゃんに向かって親指を立てた。


「じゃ、冬は?」

「え~? 青春っていつなのぉ? 青春って『春』でしょ? 春の前が冬だしぃ」

「春は……20歳くらいかしら?」

「バカヤロウ! 高校三年生ぐらいに決まってんだろう」


 今まで沈黙を通してきた父ちゃんがいきなり話に割り込んできた。

 家族全員が父ちゃんに注目する。


「テレビでやってるドラマを見てないのかぁ? 『走れ! 青春』とか『ブッ飛ばせ! 青春』とか、み~んな高校生だろがぁ」


 はいはい、期待通りのコメント、あざ~っす。

 ってか、いつの時代の話してんだよ。

 でもって、青春ブッ飛ばしてどうすんだよ。

 それに、高校三年生ぐらいって……どんなけアバウトなんだぁ?


 だけど、その意見に瞳を輝かせてるのが、我が愛する妹なんだよなぁ。

 我が妹君にはもう少し人を疑うって事を教えなければならないかも知れない。

 人……じゃないな。父ちゃんだな。


「そうだよね。歌にもたくさんあるもんね。そうでしょ? カズ兄?」

「だよな。でも、俺が聞いた話では19歳くらいまでは『冬』なんだ。で、その後『春』になるらしいんだ。『夏』の季節のことを、今一覚えてないんだけど『冬』に関しては覚えてる。子供の頃っていうのは嫌なことが多いんだって」

「ええ~、そんな事ないよぉ。今の方がやなこと多いよぉ」

「何言ってんの? 加州雄の話だと麻由は今『冬』じゃん。なぁ、加州雄」

「そうなんだ。麻由は何が嫌なんだ?」

「ええ~。勉強とかぁ、遊ぶにしても結構制約があるじゃない? あれもダメ、これもダメって……」

「多分、そこなんだと思う。でもその時期は、そういうことなんか弾き飛ばすくらいのエネルギーを持っている時期でもあるんだ。つくしは雪の下でもちゃんと育っているだろ? 雪に頭を押さえられても大きくなって、春を迎えるんだ」

「その雪の下で育ってきたのが加州雄なんだね? 辛い思いをしながらも……ここまで大きくなった……」


 母ちゃん……。そうだよ。

 そして、育ててくれたのはあなただ。


「俺はそれを忘れない為にも『冬』を選んだのさ」

「じゃあ、字はどうやって?」

「字は、実を言うとあんまりこだわってないんだ。春なら花だなって連想して花に因んだ字を探しただけ」


 だけど、晴華に言ったことも嘘ではない。

 俺の『春』は、晴華だ。


「だけど、ホントよく思いついたもんだねぇ。大事にしなさいよぉ」

「ありがとう。婆ちゃん」


 俺の話で存在感を失ってしまった青春男の父ちゃんは、少し拗ねたように新聞を読むフリをしていた。

 まぁ、今回は『親父節』が炸裂しなかっただけでも良しとしよう。



 翌日、俺は晴華に裁判所から結果を見せる為にいつもの喫茶店で待ち合わせた。

 晴華はどうしても自分の目で見たいって言ったからだ。


「へぇ~、これが送られてきたのねぇ」

「ああ、後は区役所へ行って戸籍を変えてもらうんだ」

「え? 自動的に変わらないの?」

「ああ、自分で手続きするんだそうだ。免許を持っていたら警察に行って裏書をしてもらうんだと」

「そうなんだぁ。でも、これってさぁ『事件』なのね?」

「うん、俺もそう思った。事件なんだって」


 奥さん、事件です。ってか?


「名の変更許可申立てる事の件について、みたいな感じかなぁ?」

「案外、決まり文句的なもんかもな」

「証文とか、公用文書などの末尾にはそういったきまり文句を使う事が多いんだよ」


 俺達の話を聞いていた喫茶店のマスターが、教えてくれた。


「あ。やっぱり~」


 この喫茶店は晴華と再会してから、ちょくちょく待ち合わせに使っている店なんだ。

 店の名前は『Rhymin’』(ライミン)

 たまに、一人でボ~っとしている時もある。

 ここのマスターはとても気さくな人で、一時俺はマスターと話をする為に通った。


 マスターは車が好きで、今はBMWに乗っているらしい。

 俺は車の事には疎い方なので、ただ頷いているだけなんだけど。

 マスターと話し込んでいると時間が経つのを忘れてしまうぐらい楽しいんだ。

 とにかく色んなことを知っている。

 通い始めの頃、俺は『へぇ~、そうなんだ』を連発していたのを覚えている。

 だから楽しいんだよな。

 知らないことが知ってることに変わっていく時ってワクワクしないか?

 そういう瞬間って、子供も大人も関係ないんだと思う。


 それに、マスターは意外と子供っぽいところがあって……。

 俺が話しをしている時に片眉をスッと上げたのを見て、


『あ~! それ! どうやってんの? 俺、練習してるんだけど……コツなんかある?』


 って言い出すんだ。

 俺、一瞬何の事かわかんなくて首を傾げたら


『眉、眉。今、ピッて上がったろ?』


 なんて真剣に言うから爆笑してしまったよ。

 マスターは、他にインド舞踊の首を横に動かす動作とか、ボールペンをクルクル回すのとかを練習しているらしい。でも、最後に言ったんだ。


『何の役にも立たんけどな』


 って、そんな人だけどお客さんが色んな相談を持ちかけてきているみたいだ。

 マスターがいつも親身になって答えているのをよく見かけるんだ。

 あの、人生の春夏秋冬の話も実はマスターから聞いたんだ。


 いつか俺の事を話せる人の一人かもしれないと、ちょっぴり心の中で感じている。


「加州雄、区役所にはいつ行くの? 手続きをしてからの方がいい?」

「何が?」

「塾のバイトよぉ。塾長は来週からって言ってたけど」


 ああ! 忘れてたぁ。

 あの、眼鏡の奥に光る陰険な眼差し……。


 晴華の嬉しそうな笑顔が、残酷な天使の笑みに見えてくる……。


 神様ぁ!


 吉村芙柚。人生の門出にして最大、最悪の試練ですぅ。





いつも読んでくださりありがとうございます。

小説家になろう 勝手にランキングというのを見つけました。

さっそく参加してみました。

目次の下部に、チョロっと顔だししてます。

クリックしてみてくださいませ<(__)>

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