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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
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57.何故、俺はここにいる?

 ゲッ! 父ちゃん。

 あちゃ~、ま~た一番ややこしいのに聞かれちゃったなぁ。

 父ちゃんは風呂上りの頭をバスタオルで拭きながら、台所へ入ってきた。


「彼女だぁ?」


 片眉を上げて、人を疑うような目つき……。

 おいおい。なんか文句でもあるのかぁ?


「うん、彼女」


 俺はシレっと、半ば無視気味に答えた。


「へっ、何考えてんだ? お前は病気なんだぞ。分かってるのかぁ? 何のん気なこと言ってんだぁ」

「のん気ってなんだよ」


 どういう意味だ? 病気で彼女作ったら、のん気?

 その発想はどこからくるんだ? 

 昔から、今ひとつ解らん人だったが……、残念だよ。


「じゃ、相手は……お、男か?」

「ううん、女だよ」

「女ぁ? そりゃあ、おかしいんじゃないかぁ? 何で心が女のお前が女を好きになるんだ? 話にならないじゃねえか」


 ったくぅ、これだから素人は困るんだよなぁ。


「そういうもんなんだって。俺だって最初はおかしいと思ったよ。でも先生が、普通だって言ったんだ」

「ホントかよぉ。その医者ヤブじゃないのか? そんな事が理屈に合わないってぐらい俺にだって解るぞ」

「そんなことないよ。いい先生だよ」


 ったくぅ。失礼なヤツだぜ。何にも知らないくせに……。

 赤フチは最高の女医だぞ。……と、俺は思ってる。


「まったく……、例えそうだとしてもだ。自分の家族だけじゃなく、他所さんにまで迷惑かけようってのかぁ? ダメだ、ダメだ。他所さんの大切にお嬢さんを巻き込んじゃダメだ。さっさと別れるんだな」

「パパ!」

「迷惑? 何だよ、迷惑ってなんだよ」


 迷惑? おい! それはちょっと聞き捨てならねぇなぁ。

 俺はカレーを食べていた手を止めて父ちゃんを見た。


 俺の腹の底にドス黒いものが生まれたような気がする。

 何だ? この嫌な感じは……今の今まで感じた事のない、絶望感にも似た……嫌悪。

 そして、ふつふつと湧き上がる……怒り。

 ドス黒いモノが体の中に少しずつ広がっていくような感覚……。

 その感覚が……、何だか気持ち悪い。

 吐きそうなくらい。


「い、いや。男になったり、女になったり……。ほら、その子も困っちまうだろ? お前がそんなんじゃ」

「パパ! 何が言いたいのよ! カズ兄が何したって言うのよ!」


 俺たちのやり取りを聞いていた麻由が、凄い剣幕でいきなり父ちゃんに向かって言い放った。

 麻由……。俺のせいであんなに苦しんで泣いたのに、俺の味方をしてくれるのか?

 麻由に対して申し訳ないという気持ちになる。


 しかし、この父親に対しては全く違う感情が湧いてくる。

 憎しみだ。

 これは、紛れもなく憎しみだ。


「なんだよ。俺が迷惑なのか? こんな俺が家族なのが迷惑なのかって聞いてんだよ!」

「そ、そんな事は言ってないだろうが!」

「言ったじゃねぇか! 自分の家族だけじゃなく他所さんにまで迷惑かけるのかって! って言うことは、俺は家族に迷惑かけてるってことじゃないかぁ! 違うのかよ!」

「ば、馬鹿! そんなふうにとるヤツがあるか」

「じゃあ、どんなふうに受けて取るってんだよ! アンタだったらどう受け取るんだよ!」

「親に向かって何が“アンタ”だ! 口の利き方に気をつけろ!」

「やかましい!! 何が親だ! 俺が何したってんだよぉ。俺はただ生まれてきただけじゃないか。今まででも俺はアンタに何か迷惑かけたのか? この病気が迷惑なのか? 俺は好きでこの病気やってのか? じゃ、なんで生んだんだよ! こんな病気の俺を何で育てたんだよ!」

「そ、それは……」

「父ちゃん! 答えてくえよぉ! 何で俺はここにいるんだよぉ……。答えろよぉ……」


 大声を張り上げて言い合ってたら、母ちゃんと兄貴がドヤドヤと集まってきた。


「何やってんのよ! アンタ! さっきからきいてると、加州雄になんてこと言ってんの! この子は何も悪くないじゃないか、アンタの頭の中はどうなってるんだい? この子が何をしたって言うんだ。それ以上この子を侮辱するのは私が許さないよ!」


 母ちゃん……。


「父ちゃん。頼むからもう少し頭使って喋ってくれよ」

「なんだと! 俺が何も考えずにいるってのかぁ?」

「ああ、そうだよ! コイツの病気は最近になって解ったことだって家族会議までしたじゃないか。俺達だって、まだまだ自分の中に理解を作り出す時間が必要なんだ。そんな大変なことをコイツは何年も抱えてきたんだぜ。解ってやりなよ。そっとしておいてやりなよ」


 兄貴……。

 俺は感動した。

 兄貴がこんなふうに考えてくれているなんて……、正直驚いた。

 いやいや、麻由にしたってそうだ。こんな現実、そう簡単に受け入れられるはずがない。


 俺は兄貴の言葉で、一瞬溜飲が下る思いがした。

 だが、一瞬だ。

 俺の中に渦巻き始めた絶望感は、どんどん俺の中で膨らみ続けている。


 父ちゃんと母ちゃんが言い合ってる。

 兄貴が母ちゃんに加勢して……。

 そんな光景が遠くに感じる。

 父ちゃんたちが言い合う声がただの雑音に聞こえる。

 俺の頭の中でワンワンと響くだけの、ただの雑音。


 アァ……。うるさい。煩い煩い煩い煩い煩い!!!

 

 その雑音が今まで俺の中に持ち続けていた悲しみや辛さや、寂しさ、そして何よりも俺の中に留まって動く事のない感情……壮絶なる孤独を刺激した。

 それは、言葉になって俺の口から一気に噴出した。


「俺は……俺は、生きてちゃいけないのかよぉ!!!」

「「加州雄!」」

「カズ兄!!」


 もういい! 何もかも、もういらない!  

 何でこんな目に会わなきゃいけないんだ。家族ってなんだよ!

 俺は俺を生きてきた。しかも本当の俺を知らずに……。

 知ってからも隠しながら……。


 何の為に? 

 そうさ、俺がビビッてたからだ。

 人にどんなふうに見られるのか? どんなふうに言われるのかが怖かったんだ。

 除け者になりたくない、はみ出したくない、皆と同じように……。

 普通に……普通に……。


 だけど、普通じゃない人間が普通を装うっていうのがどれだけ大変なことか解るか?

 世間で言われる普通の境界線に気づいた時は既に俺は、俺の心は遠く遠く離れているとこにいたんだよ!

 その焦りがどんなものか解るか?


 だけど……、その境界線を引き寄せることなんてできやしない。

 だから、自分で近づいて行くしかないんだ。

 だが、走っても走っても全然近づかないんだ。

 どれだけ装っても、自分を誤魔化しても、その線は近づいてくれやしないんだ。


 その道のりがどれだけ苦しいか……。

 俺じゃない俺を演じながら、ただその線を追いかける事がどれだけ辛かったか……。


 俺は一言だって解ってくれなんて言ってないぞ。

 慰めてくれって一言だって言ってやしない。

 今までの頑張りを褒めてくれなんて言ってない。


 俺はただ、今の俺を受け入れてくれって言っただけじゃないか!


 今、ここにいる。


 この俺を、見てくれって言ってるだけじゃないかぁ


 そんなことも、俺には許されない……のか?


 じゃあ、どうすればいいんだよぉ!


 誰か……教えてくれよぉ!





潤子様。

誤字指摘ありがとうございます。

最も→尤も

修正いたします。

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